昨日,所属する研究室の送別会があった.
先週の日曜日から進めていた秘密の作業の成果物(手作りのマグカップ)を卒業するメンバーに渡す.
それぞれ形や出来上がり具合は異なるし,飲むのに使いづらいようだったら,鑑賞用にでもして欲しい.
ただ,いずれのカップも溢れんばかりの気持ちを込めたことは伝わるといいな.
この先の人生,良いことだけが起こることに越したことはない.
しかし,時々理不尽なことやつらいことも起こると思う.
そのとき,所属する会社や上司,その人の置かれている環境の悪い面に着目してしまう人は多い.
(少なからず自分はそうだった)
もしそのような境遇になった時,飲み会等で会社の同期と愚痴をこぼす時間ももちろん大事だ.
しかし,ある程度溜まっていた愚痴を吐き出した後には,「どのようにしたら,会社をより良くできるか?」,「抱えている問題をどのようにしたら解決できるか?」と考える時間を確保して欲しいと思う.
よく「社会に出ると学校で得た知識は使い物にならない」と言われる.
確かに,多くの知識はそうかもしれない.
しかし,あることを学ぶ上で根幹をなすものは,どのような職に就いても,さらには家族という小さなコミュニティーでも活かすことができると思う.
その根幹をなすものはいくつかあると思うが,そのうちのひとつは,社会に出る前の学生の最終段階で,なぜ研究に取り組むのか,その意義にあるのではないのか.
なんてことを考えながら,今日は黙々と作業したいと思う.
自分のマグカップ作りたい...