「お母さんが、あなたに変わって欲しいそうよ。」
「よかった。見つかって。」
ほっとしたような声が翔太の耳に届く。
「ごめんなさい。」
「ま、話は後で聞くとして、そこの公園にいて。10分ぐらいで着くと思うから。」
電話が切れる。翔太は明日香の母親に携帯を返した。
「ありがとうございました。」
明日香の母親は黙ってそれを受け取った。それから、明日香の腕をつかむ。
「帰るわよ。」
明日香はバケツを取りにベンチに向かう。彼女の母親の声が覆いかぶさる。
「その中の汚い土は捨てていきなさい。」
翔太はどきっとして、硬直する。明日香はそういうことに慣れているようだ。表情も変えずに、公園の木の根元に土を捨てる。空になったバケツにスコップを投げ入れる。その後、翔太からもらった花束を大事に、宝物のようにそっと入れる。そして、彼女の母親の元に戻る。明日香の母親はその草花が気に入らない。
「その雑草も捨てなさい。」
「嫌。」
明日香はきっぱり拒否する。彼女の母親は声を強くする。
「そんな汚いものは捨ててしまいなさい。」
「嫌や。」
明日香の頑な態度に、彼女の母親は腹を立てる。無理矢理バケツから、花束を引きずり出す。
「やめて。」
明日香は必死にそれを取り返そうとする。翔太は心の中で叫ぶ。やめろ。そんなもん、俺がいくらでも作るから。何回でも、何回でも、作るから。そんな風に、お母さんと争うのはやめるんだ。だけど、声に出すことはできなかった。明日香の母親は花束を地面に叩きつけた。茎は折れ、葉はちぎれ、花びらは散った。明日香は叫ぶ。
「あああ。」
翔太は今までそんな苦痛に満ちた叫び声を聞いたことがなかった。明日香は自分の母親を両手で押す。憤りのこもった目で母親をにらむ。
「何、その目は。」
明日香の母親は真っ赤になった。手を上げる。翔太は止めようとするが、体が動かない。翔太が目をつぶり、明日香が体を固くした瞬間、場違いなのんびりとした声が響いた。
「遅くなりました。」
翔太の母親の登場だった。自転車で探していたらしい。ハンカチで額の汗をふきながら、自転車をおしていた。
「今日はほんと、暑いですね。自転車に乗っていたら、汗まみれになってしまって。…どうかなさったんですか。」
緊迫した空気に翔太の母親も気が付いた。明日香の母親は怒りの矛先を翔太の母親に転じる。
「おたくの教育はどうなっているんですか。おたくの息子さんが言うには、息子さんがうちの子をずる休みするように、強要したそうですよ。」
「違います。」
明日香は叫ぶ。
「それは田中くんがあたしをかばう為に言った嘘です。あたしが田中くんを誘ったんです。田中くんは学校に行こうとしたんです。本当です。」
自分の面目が丸潰れになった明日香の母親は、真っ赤を通り越して蒼白になっていた。翔太の母親が、とりなすように、穏やかな口調で言う。
「はっきりしたことがわからない以上、ここで、どちらが悪いかを取り沙汰することは無理があると思います。それよりも、これから子供たちが勝手に休まないように、各々の家庭で子供と話し合ったほうが有益ではありませんか。ただ、」
翔太の母親は深々と頭を下げる。
「私の息子が山川さんにご迷惑をおかけしたことは事実です。申し訳ありませんでした。」
翔太の母親の言葉に明日香の母親は反論できない。怒りの表情のまま、無言で娘の腕を引っ張るようにして、帰っていく。明日香は引っ張られながらも、振り返りおじぎをした。彼女たちが公園から出て行く。そして、翔太と彼の母親がその場に残された。翔太の母親は何事もなかったかのように、のんびりと彼に言う。
「さて、帰りますか。」
翔太はうなずいた。
「よかった。見つかって。」
ほっとしたような声が翔太の耳に届く。
「ごめんなさい。」
「ま、話は後で聞くとして、そこの公園にいて。10分ぐらいで着くと思うから。」
電話が切れる。翔太は明日香の母親に携帯を返した。
「ありがとうございました。」
明日香の母親は黙ってそれを受け取った。それから、明日香の腕をつかむ。
「帰るわよ。」
明日香はバケツを取りにベンチに向かう。彼女の母親の声が覆いかぶさる。
「その中の汚い土は捨てていきなさい。」
翔太はどきっとして、硬直する。明日香はそういうことに慣れているようだ。表情も変えずに、公園の木の根元に土を捨てる。空になったバケツにスコップを投げ入れる。その後、翔太からもらった花束を大事に、宝物のようにそっと入れる。そして、彼女の母親の元に戻る。明日香の母親はその草花が気に入らない。
「その雑草も捨てなさい。」
「嫌。」
明日香はきっぱり拒否する。彼女の母親は声を強くする。
「そんな汚いものは捨ててしまいなさい。」
「嫌や。」
明日香の頑な態度に、彼女の母親は腹を立てる。無理矢理バケツから、花束を引きずり出す。
「やめて。」
明日香は必死にそれを取り返そうとする。翔太は心の中で叫ぶ。やめろ。そんなもん、俺がいくらでも作るから。何回でも、何回でも、作るから。そんな風に、お母さんと争うのはやめるんだ。だけど、声に出すことはできなかった。明日香の母親は花束を地面に叩きつけた。茎は折れ、葉はちぎれ、花びらは散った。明日香は叫ぶ。
「あああ。」
翔太は今までそんな苦痛に満ちた叫び声を聞いたことがなかった。明日香は自分の母親を両手で押す。憤りのこもった目で母親をにらむ。
「何、その目は。」
明日香の母親は真っ赤になった。手を上げる。翔太は止めようとするが、体が動かない。翔太が目をつぶり、明日香が体を固くした瞬間、場違いなのんびりとした声が響いた。
「遅くなりました。」
翔太の母親の登場だった。自転車で探していたらしい。ハンカチで額の汗をふきながら、自転車をおしていた。
「今日はほんと、暑いですね。自転車に乗っていたら、汗まみれになってしまって。…どうかなさったんですか。」
緊迫した空気に翔太の母親も気が付いた。明日香の母親は怒りの矛先を翔太の母親に転じる。
「おたくの教育はどうなっているんですか。おたくの息子さんが言うには、息子さんがうちの子をずる休みするように、強要したそうですよ。」
「違います。」
明日香は叫ぶ。
「それは田中くんがあたしをかばう為に言った嘘です。あたしが田中くんを誘ったんです。田中くんは学校に行こうとしたんです。本当です。」
自分の面目が丸潰れになった明日香の母親は、真っ赤を通り越して蒼白になっていた。翔太の母親が、とりなすように、穏やかな口調で言う。
「はっきりしたことがわからない以上、ここで、どちらが悪いかを取り沙汰することは無理があると思います。それよりも、これから子供たちが勝手に休まないように、各々の家庭で子供と話し合ったほうが有益ではありませんか。ただ、」
翔太の母親は深々と頭を下げる。
「私の息子が山川さんにご迷惑をおかけしたことは事実です。申し訳ありませんでした。」
翔太の母親の言葉に明日香の母親は反論できない。怒りの表情のまま、無言で娘の腕を引っ張るようにして、帰っていく。明日香は引っ張られながらも、振り返りおじぎをした。彼女たちが公園から出て行く。そして、翔太と彼の母親がその場に残された。翔太の母親は何事もなかったかのように、のんびりと彼に言う。
「さて、帰りますか。」
翔太はうなずいた。