天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

ピンキーリング

2012-08-15 21:11:00 | 小説
翔太は今、夢の中にいる。辺り一面、野草が咲き乱れた場所に立っていた。濃い草と甘い花のにおいが漂っている。蜜蜂が後脚に黄色い花粉をつけて飛び回っている。様々な草花が混じり合っていた。鮮やかな緑と極彩色。翔太はうんと伸びをした後、ぴょんと跳びはねた。下半身の感触がいつもと違う。翔太は自分を見下ろす。彼はレモンイエローのチュニックワンピースを身につけていた。袖口と裾はふんわりと広がり、二重のフリルがついている。夢の中での翔太はそれを当然のように受け止めていた。ためらいも戸惑いもなく、ワンピースのふわふわした感触を楽しんでいた。
その時、高らかにファンファーレが鳴り響いた。それに合わせて、どこからともなく明日香が現れた。彼女は淡いピンクのギャザーのたくさん入ったシフォンワンピースを着ていた。明日香の頭には、翔太が昼間に渡した花束と同じ花で作られた冠があった。彼女は冠を軽く手で触り、にこりと笑う。愛らしい歯がちらりと見える。
「花束を頂いたおかげで、すばらしい冠ができたよ。」
「それ、俺があげたやつなんや。」
「もちろん。それで、ささやかなんだけど、お礼がしたくて。」
明日香がそう言った途端、大きなみみずが2匹、頭にあたる部分に緑色の冠を捧げ持ち、しずしずとやってきた。そのみみずたちは、体長が1m20cm、直径が30cmぐらいで、明日香の腰のあたりまで体を持ち上げていた。彼女はみみずから冠を受け取る。四葉のクローバーでできた冠だった。明日香はそっと四葉の冠を翔太の頭に載せる。
「ありがとう。」
翔太は少し照れ臭い。明日香はおっとりと微笑む。みみず達は拍手をするように、体を持ち上げたまま、左右に揺らす。花の甘い香りが強くなる。ファンファーレがまた響き渡る。この地では、明日香は女王なのだ。彼女は翔太にささやく。
「踊ろう。」
音楽が始まった。少し物悲しいオーボエとハープの音。それにホルンやフルート、ティンパニ、様々な音色が混じり合って、聞き覚えのあるメロディーを奏でる。明日香はワンピースの裾をつまみ、おじぎをする。そして、爪先立ちになりくるくると回り始めた。ピンクのシフォンはふわりと広がり、彼女の真っ直ぐな足が見える。曲のテンポが少しづつあがるごとに、明日香の回転のスピードもあがる。翔太はその柔らかくも、硬質な美しさにあっけにとられる。悲しみと強さが交差する音楽。明日香は憂いを秘めながらも、何か解放されたように踊り続ける。翔太はただ目をみはって、立ちつくしていた。音楽が終わる。彼女も踊るのを止める。少し息が上がっている。腕を伸ばし、足を折り、優雅におじぎをする。翔太は思わず拍手をする。
「山川、すごい。」
明日香は微笑む。翔太は言葉を続ける。
「本当はバレエを踊りたかったんやな。」
彼女は微笑んだままそれには答えず、翔太に手を差し伸べる。
「踊ろう。」
彼は躊躇する。
「俺、バレエなんか踊られへんし。」
「音楽に合わせて踊ればいいし。ここでは、好きなように踊ればいいよ。」

ピンキーリング

2012-08-15 19:13:28 | 小説
その夜。翔太はベッドの中にいた。彼はへとへとだった。家に帰りついた時、翔太は腹が減りすぎて死にそうだった。それまでは、いろんなことが起こりすぎて、空腹を感じる暇がなかった。家に帰ってほっとした途端、猛烈な空腹に襲われた。手当り次第、食べることの出来るものは食い尽くし、母親を呆れさせた。お腹がいっぱいになったらなったで、今日一日の疲れがどっと出て、眠くてたまらない。まぶたが勝手に閉じてしまって、目を開けていられない。翔太は母親とほとんど言葉を交わすことなく、父親とも姉とも出会うことなく、早々にベッドに潜り込んだ。目を閉じたら、あっという間に眠りの世界に落ちていった。





ピンキーリング

2012-08-15 12:10:01 | 小説
帰り道。翔太と母親は並んで歩く。母親は自転車を押している。翔太は真っ先に謝る。
「心配かけて、ごめんなさい。」
「見つかって、ほっとしたわ。でも、心配してたのはお母さんだけやないで。学校の先生も、翔太の友達もあんたのこと、心配してると思うで。だから、ちゃんと謝らないと。」
翔太はうなずいた。母親は続ける。
「それに、山川さんのお母さんも心配なさってたと思うよ。」
翔太は明日香の母親が自分の娘を心配してたようには見えなかった。彼には、明日香の母親は明日香に振り回されることに腹を立ててるように思えた。翔太は明日香の母親に、心からの謝罪はできないと思っていた。翔太の母親は、息子の様子をじっと見守っていた。静かに翔太に質問する。
「で、どうして今日は学校に行かなかったの。」
「遅刻しそうになったから、俺が山川を無理矢理道づれにして、学校をさぼったんや。」
翔太は嘘を繰り返す。両親にはひどく叱られるかもしれないが、翔太はここで本当のことを話す気にはなれなかった。本当のことを話すことは、明日香を裏切ることのように思えたからだ。
自分の両親には、悪い印象を明日香に対して持って欲しくなかった。翔太は明日香の母親から明日香をかばうことはできなかった。それを悔やんでいた。自分の両親には、彼女のことを弁護したかった。明日香は悪い人間ではないことを知って欲しかった。翔太の母親はまだ彼を見ている。翔太の目の奥、心の底まで見通すような目。
「そう。山川さんは、学校をいかなかったのは、自分が勧めたみたいなこと言ってたけど。」
「それは、山川が俺をかばうために言っただけやって。」
翔太の母親はじっと彼の顔を見ている。翔太は後ろめたくなる。でも、この嘘はつき通したい。翔太は必死だった。嘘をついているのがばれないように、心苦しかったが、翔太は母親から目をそむけなかった。母親は軽い調子で言う。
「ふうん。熱があっても学校に行きたがる翔太が、自分から学校を休むなんて、珍しいこともあるもんや。」
厳しいところを突かれる。翔太は、びくびくしながらも、黙っていた。翔太の母親はそれ以上は追及しなかった。学校を休んだことも何も言わなかった。ただ母親は翔太に諭すように言った。
「翔太、覚えておきなさい。人生これから、自分で判断して決めなければならないことがたくさん出てくる。自分が正しいと思った決断でも、それが1番いいとは限らない。その時の決断が、悪く自分にはね返ってくるかもしれない。でも、何かのせいにも誰のせいにもできない。厳しいけど、そんな覚悟を持たないといけない時がある。翔太には、少し早いかな。でも、お母さんはとても大事なことだと思ってる。」
翔太は全部見透かされていることを悟った。その上で、母親は翔太が嘘をついたことによって生じた責任の重さを話しているのだ。母親は真剣に自分を1人の人間として、扱っている。翔太はそれだけ自分が取った行為が重いことに気が付いた。彼は誇らしいと同時に、責任を背負ったと感じていた。翔太は母親の言葉にうなずいた。肯定した瞬間、翔太は母親との間にあった何かを失った。それは彼を悲しませたが、もう戻ることはできない。その後、彼らは言葉を交わすことはなかった。黙々と家路を急ぐ。太陽はだいぶ傾いていた。2人の影法師が長くくっきりと地面に伸びていた。