天路歴程

日々、思うこと、感じたことを詩に表現していきたいと思っています。
なにか感じていただけるとうれしいです。

無風地帯

2013-06-02 21:51:25 | 小説
まだ早朝の光が残っていた。優しい光。私は居間の卓袱台で朝ごはんを食べている。炊きたてのご飯、あげと茄子の味噌汁、きゅうりとみょうがとしらすの三杯酢和え。自分なりに心を込めた朝ごはん。ささやかなごちそうだ。一人で暮らしていると、食事がおざなりになってしまう。一日に一回は心を入れて食事を作る。これは自分が生き延びるために自分に課しているルールのひとつだ。「心を入れる」というのは、凝ったものを作るという意味ではなくて、作るということを意識するということだ。例えば、お味噌汁の出汁を煮干しからとるとか、もやしを炒める時はひげ根をとるとか、とんかつを作る時に豚肉の筋切りをするとか、そういうことだ。料理をする気力がなくて、納豆だけを食べることがあってもいい。ただそういう場合、きちんと納豆を小鉢に入れて、小口切りにした青ネギを添えること。小さなことだが、人間らしい食事をするには大切なことだ。そして、人間らしい食事の積み重ねが、私にとっては「生き抜くこと」に不可欠だった。自堕落に、自暴自棄にならないためのお守りのようなものなのだ。
「ごちそうさまでした。」
口の中でつぶやき、手を合わせる。今日も一日が始まる。ちゃんとした食事をしたおかげで、静かに力がみなぎっている。今日もなんとかのりきれそうだ。