SCENE 2
筆が転がり、白い紙にを落としている。
「…てめえ。」
そのまま切り返さないだけ冷静だった。仕掛けたのは二木で土方は防いだだけ。さすがの反射能力である。刀は受け止めたものの二木はまだ錯乱中だ。
「このっこのっ。あんたのせいで!!」
「え?何、なんだ?」
二木はひたすら土方の刀に打ち込んでくる。最初の一撃と違い、ふてくされた子供の素振りのような打ち込みで、キンキンと鉄の当たる音だけがする。
それがぴたりと動きを止めたかと思うと蒼白になって立ち尽くす。土方は相手の戦意喪失を確認し自分にも戦う意思はないとの表明に村麻紗を鞘に納める。
「副長…おれ…。」
ため息をつき、そっと刀を握りしめた二木の腕ごとつかむと彼の刀も鞘に納めた。
「…これ。」
鍔も、柄頭の装飾も見覚えがある。
「ええ、副長のだと研ぎ師は言ってました。副長がしばらく前に預けてそのままになった刀があるからと勧められて今日、受け取ったんです。その報告もあって残ってたんですが、どうも、なんか。」
「呪われてっか。」
どう考えても、身に覚えのある土方にはそうとしか思えない。二木は目立たないだけのまじめな男で逆心があるはずもない。いくら存在感がないといっても真選組副長は隊員皆をよく見ていた。
「俺の刀だったとすれば呪いの対象が俺なのも分る。」
手のひらを上に差し出せば意図が分かったようで鞘ごと剣帯から抜くとその手に刀を握らせる。さやも元のままで土方を守るためにいくつもの刀傷がついている。そっと、それに指を這わす。そこに刀への嫌悪感はかけらもなくその視線はむしろ柔らかく穏やかだ。
「ですが、副長を切りつけてただで済ますわけにはいきません。俺の処分は…。」
「んぁ?上官へ危害を加えようとした隊士は切腹なんて法度はねえよ。そんなこといってたら総悟は何遍切腹しても足りねえや。」
「そうですか。で、この刀はお返ししましょうか?」
土方のもとに戻ること、それこそこの刀の本懐とも思える。
「いや、悪いがこれはすでにお前のもんだ。俺にはすでにこいつがあるし、相性が悪そうだから二本差すこともできねえだろうし、この刀は飾りもんになることを望んじゃいないだろう。」
差し出された刀を受け取ると再び腰に佩く。一瞬チリッと鍔がなったように感じた。
「とりあえず、時間を見つけてお払いに行ってくれ。」
返却しろ、でもなく捨てろでもなく、使ってくれということらしい。
呪いの出現が自分への殺意(というよりむしろ村麻紗への恨み)であるならば問題ないということだろう。
「俺程度では叶わない、ということだな。」
書類整理が残っているからと部屋を追い出された。
呪いは土方への執着、だけでもないようだがあまり忙しくない二木はとりあえず明日にでも神社へ行くことにした。
SCENE 3
そうは決めたものの、お祓いをしてくれる神社に見当もなく、普段の仕事をいつも以上に全力でこなしていた。直属の隊士たちは体調の異変に気付いたようだが土方との確執は近藤にも報告していないようで、“何かおかしい、やたらしゃしゃり出てくるようになった”くらいに思われているようだ。その点、自分が前に立たなければ問題ないとの土方の判断は正しい。しかし、その実、二木にはかなりのストレスがたまっていた。
平気を装い、仕事にのめりこんでいるふりをしても、実のところ、彼は、土方のそばにいたいのである。かつてその腰に佩かれていた刀の影響で、本来の主への執着心は抑えがたくなっていた。
だからスマイルへの局長を迎えに行ってほしいとの要請は渡りに船だった。報告書から二木がまだ神社に行っていないと知った土方がスマイルに本業は巫女をしているホステスが務めていると迎えを依頼させた隊士を通じて伝えてきたのだ。
そして二木は慣れないスナックに隊士2名と向かった。
結論から言えば、しかし、近藤を迎えに行くという目的以上の成果はなかった。
阿音は、「確かに、おぬしの言うようにこの刀は呪われている。というか、女の霊に取りつかれておるな。」(あねちゃんの口調ってこんなだったっけ?)と言った。
「じゃが、いくら私が優秀な巫女だとてキーアイテムがわからなければ祓いようがない。」
「キーアイテム?」
「そう、幽霊が成仏する際には強く執着していた夢や物が必要になる。これを祓うにもなんらかのきっかけが必要なのじゃが…分らなければ祓うことはできぬ。」
結果を出さないにもかかわらず見立て代として阿音は二木の名前でドンペリをキープした。
執着しているもの、は分る。しかし、それをどうするというのだ。
「これを売ってやろう。」
一度ロッカールームに戻った阿音は、その手に小さな鈴のついたストラップを持っていた。
「由緒正しいわが寺の護符じゃ。つけている限りは呪いの出現が抑えられるだろう。」
むろん、ただではなかった。
以後、朝議の際など見かけた土方に切からみそうになる衝動は抑えられるようになった。護符で呪いが抑えられていると判断した土方は、呪い自体を解くために必要とのキーアイテムは自分にかかわるものだろうと考えその探りを入れる目的もあって巡回を隊長である二木と組むようになった。二木は剣の腕はたいして優れていない。だが、人の表情から考えていること、うそを見抜く才には長けていた。もっぱら平隊士には扱いにくい沖田と組むことが多かったが、二木本人とは相性はいいはずだ。
二木も土方と並んでいれば何もしなくても人目を集め、気分がいい。
本願寺周辺は武家と町屋が混在していて攘夷派も隠れていると口コミの多い地域である。
新橋から南八丁堀をぬけ昼を取ろうかと車を降りたところで二木が土方の胸の前に腕を伸ばす。
「副長、あの二人。」
目線で前を歩く2人組の男に注意を促す。
町人と浪人風の2人組。浪人のほうは腰に木刀を佩いているがおそらく仕込みだ。
手配書の人相書きを頭の中でめくれば「町人風のほうが西湖党の奴だ。もう一人は今んとこ知らねえが、もとは侍だろうな。」
「俺が行きます。アジトか立ち寄っているところがわかれば連絡します。副長は車で待機しておいてください」
後をつけるには一人のほうがいい。目立たないように意識して人ごみに紛れれば、尾行も気づかれないだろう。
「わかった。だが、離れるようなら近くまで追っておく。連絡は密に入れろ。」
鍔に着けた鈴がリンと鳴った。
車に戻ると電話室に連絡を入れる。今日の電話番は1番隊だった。電話口の隊士に待機している隊の確認をし、出動と指示があってから動くようにと要請する。
少しして二木から十軒町に入ったとの連絡があった。川沿いの商家の倉庫が多いあたりだ。支援者の空き倉庫をアジトとして利用しているのかもしれない。目的地は近いと判断し、いったん組に連絡を入れ地図を開く。そろそろ土方自身も近くまで行っておいたほうがいいだろうが、公用車で乗り付けるわけにいかない。徒歩での最短ルートを確認し車から降りる。
背後から複数の人間の近づく気配を感じ、刀に手をかける。
「副長さん。おとなしくついてきてもらわねえと相棒が死ぬことになりますよ。」
4人。その中ではリーダー格と思われる男が、土方の右手を抑えながら耳元でささやく。
無関係の通行人もいる。ここで刀を振り回せば町人が人質に取られる恐れもある。
嫌悪感とともに舌打ちをし、目線で諾と伝えれば男は村麻紗を引き抜く。そのまま胸ポケットの携帯も奪われた。
実のところ二木は人質として役には立っていない。土方が大人しくついてこいとの指示に従っているのは彼が殺されることを恐れたからではなくこのままついていけば詳細までわかっていないアジトにたどり着けると考えたからだ。
案の定彼らは土方を十軒町まで案内する。川を荷運びの船が行き来しているが、荷卸しは終わっているようで人気はあまりない。
「大橋。」
友人を装っているつもりか親しげに肩に腕を回していたリーダー格の男を呼べばぎょっとして腕を引く。
「手配書で覚えがある。大橋だろう?」
「さすがだな、手配の奴らの人相をすべて覚えてるわけか。」
「そうか?で、てめえ等の支援者は大野屋か?」
丸に大の字の屋号が入った扉の前で見張りらしい男が大橋らのほうに手を振っていた。
「ご苦労様だったな。」
次の瞬間には大橋の右手から鞘だけを残し刀が引き抜かれていた。
走りながら4人のうち2人を切る見張りの男を袈裟懸けに払い、追ってきた大橋に対峙すると残りの一人は、蒼白な顔で数歩後ずさり、くるりと背を向けると一目散に逃げ出した。
建物内の仲間に連絡をなどと考えてのことではないだろう。大橋の緯線が逃げた男に向かっているうちに首筋に刀の峰を叩き込む。
最新の画像[もっと見る]
- 2014年5月18日 11年前
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます