(↑プライベート・ライアンな…)
削り尽くして
持ち処すら失くなった
M2Bを手に
男は舌打ちをし
グリップの感触を確かめるように
右手で握り直す。
日出ずる国
日本が誇る老舗M社が開発した
【M(ミツビシ)2B】
が彼の相棒である。
木製フレーム鉛筆界の
精鋭である淑女は
その出番を待っていた。
彼の眼前には…
アスミック社製
電動シャープナーがあった!
『どうする…?』
彼の額には…
じっとりと汗が滲んでいた。
ここは繁華街の末端にある
まるで廃虚のような
友人宅である。
彼の真正面
1メートル先には
その友人の死体が転がっていた。
いや…
正しくは…
徹夜で計算のドリルをやりきり
力尽き…
死んだように
眠っているのか…
眠るように
死んでいるのかは不明だった。
ただ…
友の亡き骸は
片目を開けていた。
死体と目があった!
それはまるで…
「お前も…こちらの世界に来い!」
そう言っているようだった。
事実…
彼も抗いきれぬ睡魔に襲われていた。
しかし…眠る訳にはいかなかった。
なぜなら彼は
与えられた宿題をほぼこなし
残されたのは…
【絵日記】
ただひとつだったからだ!
あとは8月の終わり…
最後の日記をかき終えれば
全ての仕事が終了する!
その矢先…
彼の相棒【M2B】の
芯がへし折れてしまったのだ。
眼前にある
電動シャープナーで
鉛筆を削れば良い…
ただそれだけの
単純な仕事だった!
しかし…長年愛用してきた
彼の愛妻【M2B】は
限界まで擦り減っていた!
呼吸を整えようと
大きく息を吐き…
少しずつ吸った。
辺りは既に
夜食で食べた
カップラーメンと
鉛筆の削りカスの
瘴煙の臭いで
充満している。
一秒毎に戦場の濃度が増していく
埃っぽい室内で
己の心臓だけが
唯一の自己証明になっている。
早鐘を打つ
この鼓動が聞こえなくなれば
自分が生きているのか
死んでいるのさえ
分からなくなる。
それはある意味…カケだった…!
親指と人差し指の爪で
【M2B】の
トリガー部分を摘み
アスミック電動シャープナーの
銃口に
恐る恐る突っ込む…
ギュイ〜ン!
ガリガリ…ギャリ…
沈黙…
【M2B】
は
電動シャープナーに
飲み込まれ…
生命の営みに
終止符を打った!
『バニア〜〜〜!』
男は叫んだ!
両膝から崩れ落ち…
天を仰ぎ…
両手を広げて…
神を呪った!
【バニア】とは…
長年愛用してきた
相棒の名前であり…
ペンシル
⇩
ペンシルバニア
⇩
バニア
から来ている。
全長193ミリ
重量75グラム
芯硬度はバルブシステムの2B
木製フレームゆえに軽い
それでいて
最新科学によって製造させた
合成樹脂が
九ミリ…パラベラム弾の反動を
驚くほど吸収してくれる。
彼が最も信頼している
鉛筆銃器の一つだった。
まさか…
友人宅で妻の最期を看取るとは
思ってもみなかった!
男は…
掛けに負けたのだ!
替えの鉛筆など
持ってはいなかった!
ふと…
友人の屍に目をやると…
その右手には…
STAEDTLER
92515-05WH
限定モデル
0.5mmオートマグナムが
握られていた!
彼は無意識のうちに
そのシャーペンの肢体に
手を伸ばしていた…
『はっ…!いかん!
私は…何を…
しようとしているのだ?
妻以外のペンシルと…
そんなフシダラな事は…
ありえない…』
彼には理性があった!
しかし…
見てしまったのだ!
シャーペンの突先から
チラッと覗く…
【パイロット
PILOT
P-HRF5G-20-HB
ネオックスグラファイト】
の…
狂おしいほどの替え芯
0.5mmフルメタルジャケット!
折れにくい高純度の
グラファイト(黒鉛)を
使用しているのが特徴で
折れにくさだけでなく
スルスルと書ける
使いやすさも魅力!
『うわあぁあぁあぁ…』
許してくれ…
許してくれ…
バニア!
彼は…何度も何度も
心の中で
亡き妻に謝りながら…
友人の手から
ステッドラーをもぎ取り…
スピードローダーに
グラファイトを
リロードすると…
ガンスピンさせ
【なつやすみの友】
の
絵日記の最後のページに
荒々しい筆圧で
こう書きなぐった…
『8月31日晴れ…』
.
.
.
特に…何もしませんでした。
阿呆〓たまこ〓学生
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