〇 修整なしの「映えない」自撮りが流行する不思議、じわりと広がる無加工写真。
韓国で流行した「自撮り」が日本の若者に広がり始めているのをご存じだろうか。インスタ映えのように「映(ば)える」を意識した自撮りだけではなく、デジタル加工から距離を置いた「映(ば)えない」自撮りも広がりをみせている。
映える自撮りと映えない自撮り――。正反対の流行を不思議に思う人も多いだろう。今回は最近の若者の自撮りを紹介し、なぜ支持されているのかを考察する。
リラックスした空間で写真を撮りたい。
映える自撮りの例として、「セルフ写真館」を挙げる。セルフ写真館は、プロカメラマンがいないスタジオを借りて、ユーザーが一眼レフカメラや撮影用の照明器具などの用意された機材を用いて自ら撮影する。
セルフ写真館は、2021年11月にパスチャー(現・ライスカレー)が実施した「2021年インスタ流行語大賞」で5位を獲得した。同事業に参入する企業は増え、その数をじわじわと増やしている。
例えばキタムラ・ホールディングスグループでフォトスタジオサービス事業などを担うピックハイブは、セルフ写真館「PICmii(ピックミー)」を展開している。PICmiiのスタジオには、カメラや照明器具などの他、サングラスやカチューシャ、風船などの小物もある。それらを利用してユーザーが高品質な写真を自由に撮影できる。利用料金はプランごとに異なるが、2人までの15分間の撮り放題プランなら税込み3800円である。
PICmiiの利用方法は簡単だ。ユーザーがポーズを取ってリモート型のシャッターボタンを自分で押す。すると、撮影データがピックハイブのサーバーにアップロードされる。ユーザーは撮影終了後に受け取るQRコードを用いて、データをダウンロードする。PICmiiはQRコードを用いるが、ワイヤレス通信でスマートフォンに撮影データを転送するセルフ写真館もある。
セルフ写真館のメリットは、プロカメラマンに頼らず、自分たちで本格的な撮影ができることだ。プロカメラマンに依頼すると、それだけ撮影料は高くなる。ユーザーの中には、対面の撮影で緊張したり、再撮影をお願いしづらかったりする人がいるかもしれない。セルフ写真館ならば顔見知りだけがいる空間で撮影できるので、リラックスした状態で臨めるだろう。
しかもスマホカメラを使いこなす若者は写真撮影に慣れており、どう演出すればいいのかを心得ている。現在の若者は、ただ映えるだけでなく、撮影する空間や写真画質までもこだわれる自撮りを支持しているようだ。
映えないのに人気の「レシート写真機」。
セルフ写真館のように映える自撮りが注目される一方、昔ながらの映えない自撮りも若者の支持を得ているようだ。韓国では「レシート写真機」が人気だという。専用機器で撮影し、モノクロ写真をレシート用紙にプリントする。2024年4月、日本に初出店した韓国のハンバーガーチェーン「マムズタッチ」が設置した。実際に店舗を訪れてみると、撮影した人はモノクロ写真を壁に貼るなどして、撮影体験を楽しんでいるように見えた。
一般にレシート写真機は目を大きくするなどの加工はできない。無加工でありのままの様子を撮影する。
映えない自撮りは局所的な流行と感じる人もいるだろう。しかし無加工でありのままを表現するという価値観は、デジタル世界にじわりと広がっている。例えば2020年に公開し、フランスや米国の大学生を中心に人気が高まった画像投稿SNS(交流サイト)の「BeReal.」である。
BeReal.は、アプリで撮影した無加工の写真しか投稿できない。加工アプリで修整を加えた画像は共有できないのだ。しかも投稿する時刻を選べない。アプリから通知が届いたら、基本的に2分以内に投稿しなければならない。投稿しないと友人の投稿すら見られず、1日たつと過去の投稿も見られなくなる。まさにBeReal.ユーザーの今をそのまま伝える仕様である。
デジタル加工ができないからこそ、撮影者は自然光の当たる場所を探したり、撮影する角度や表情を工夫したりする非デジタルな環境を楽しむ側面がある。今の若者はレトロな表現や無加工な写真に感情が揺さぶられるのだろう。
現在はスマホやカメラ、写真機など、撮影機材が多様化し、加工技術も手軽に利用できるようになった。映える自撮りを追求する若者もいれば、昔ながらのレトロな面倒さに魅力を感じる若者もいる。こうした自撮りに対する価値観の違いが、映える自撮りと映えない自撮りという正反対の流行を生み出したのではないだろうか。