つらつら日暮らし

『迦葉赴仏般涅槃経』について

釈尊が般涅槃された後、残された者たちは釈尊の遺骸を供養するべく、遺言に従って準備を進めていた。しかし、涅槃部系の経典を見てみると、釈尊の遺骸を火葬にしようとしたけれども、火が点かなかったという。その状況が変わったのは、実質的に釈尊の後継者となった摩訶迦葉尊者が、クシナガラに到着したためであった。

そこで、色々と調べてみると、『迦葉赴仏般涅槃経』が『大正蔵』巻12「涅槃部」に収録されている。この経典はまさに、釈尊の涅槃に際して、摩訶迦葉尊者が赴いた話を掲載している。よって、今年の釈尊涅槃会を前に、同経典を読んでみたいと思った。まず、迦葉尊者の位置付けについて、同経典では始まる。

昔、仏、在世時、摩訶迦葉、諸比丘中に於いて最長年高なり、才明智慧もて、其の身、亦た金色の相好有り。仏、説法する毎に、常に其れに対坐を与う。人民、之を見て、之いは仏の師と為ると呼ぶ。
    『迦葉赴仏般涅槃経』


以上である。このように、ほぼ釈尊と同列の扱いを受けるほどに、評価されていた様子が分かる。そこで、迦葉尊者は釈尊の下を辞して、舎衛国から遠く離れた伊篩梨山中を歩いていた。しかも、非常な奇観というべき場所に来て、夜に寝たところ、迦葉尊者の弟子7人が霊夢を見たという。そして、それぞれにかなり不吉な内容であった。そのことを迦葉尊者に話すと、尊者は「我れ曾て前に光明を見、地、時に大動し、卿等、復た是の夢を得る、仏、将に般泥洹す」といい、すぐに倶夷那竭国(クシナガラ)に移動を開始したのだが、その際、以下の出来事が置きた。

 道に、一りの婆羅門を見るに、文陀羅華を持つ。
 迦葉、即ち問うて言わく、「卿、何こより来たる。欲何れの所に至らんと欲す。那ぞ是の天華を得たるや」
 答えて言わく、「我れ、倶夷那竭国より来たる、時に仏、般泥洹して已に七日を経る。諸天往赴して、悉く天華・天香を持ち仏身を供養す、此の華、即ち是れなり」。
    同上


ここで、迦葉尊者一行は、釈尊が般涅槃され、しかも既に7日も経っていることを聞かされたのである。そのため、急いでクシナガラに向かったのだが、道中、釈尊を供養しようとする多くの人天の衆を見ながら、ついに現地に到着した。

阿那律、出迎えて相見して言わく、「仏、般泥洹して已に七日なり、耶維火すも然らず、但だ賢者の到るを待つのみ」。
    同上


阿那律(アヌルッダ)尊者は、目が見えない仏弟子として知られているが、十大弟子の天眼第一として知られている。そして、釈尊の葬儀の際には、うろたえる阿難尊者とともに執行していたが、耶維(舎利のこと)を取ろうと、釈尊の御遺体を火葬しようとしたが、出来なかったため、賢者(これは迦葉尊者のことだろう)を待っていたという。その中での迦葉尊者の登場だったのだが、一方で、現地は混乱もしていた。本経典には、以下の一節が見られる。

 阿難、迦葉を見るに、便ち自ら投地啼哭して自ら勝れず。一りの老比丘有り、波或と名づく。即ち、阿難を止めて言わく、「止めよ、止めよ。仏、在りし時、常に我等を禁制して、自由を得ず。仏、今、般泥洹す、吾等、自在を得る。復た啼哭すること莫れ」。
 時に、天の、波或の語を聞くこと有り、即ち手を挙げて之を搏し、迦葉、便ち前に接持す。天、之を止め、波或に謂いて言わく、「仏、今、般泥洹す、一切の恃む所を失す、汝、独り、愚痴にして而も反って喜快す」。
 波或、是の語を聞きて意解し、即ち阿羅漢道を得る。
    同上


このようjに、或る比丘が悲しむ阿難尊者を止めて、「仏陀が生きていた頃は、我々を禁制していたが、仏陀が死んだ今、自由になったのだ」などと述べたという。結果、この者はその発言の問題を窘められて、物事の真実に気付き阿羅漢果を得たという。また、他の文献も見てみると、この一節を聞いた迦葉尊者は、「迦葉聞き已りて、悵然として悦ばず」とあるので、不快に思ったという。更に、律蔵では以下のようにも伝える。

 闍維し已りて、迦葉、憶えるに、聚落中の摩訶羅比丘語りて、乃至、「行わんと欲するを便ち行じ、行ぜざれば則ち止む」と。
 即ち、諸もろの比丘に語りて言わく、「長老、世尊の舎利、我等の事に非ず、国王、長者、婆羅門、居士衆、福を求むるの人、自ら当に供養すべし。我等の事は、宜しく応に先ず法蔵を結集して、仏法をして速やかに滅すること勿らしむるべし」。
    『摩訶僧儀律』巻32


以上のように、釈尊の死をもって、何をやっても良いという考えを述べた比丘がいたので、迦葉尊者はこのままでは仏法が滅すると考え、いわゆる「仏典結集」に進んだとされている。

以上の経典を読んだ結果だが、話の流れとしては『仏般泥洹経』巻下(『大正蔵』巻1)と少し似ているようだが、中身は全然違っている。特に、迦葉尊者が詠まれた偈頌は、経典によってかなり異なる。今回採り上げるには長すぎたため、また、何かの機会に見ていきたい。そして、偈頌などが異なる理由にまで、当方の見解は及ばないが、少なくとも仏陀の般涅槃をめぐる仏弟子達の対応に、色々な様子があったことだけは理解しておきたい。

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