つらつら日暮らし

出家得度の際に『血脈』を授けるのはいつ頃始まったのか?

最近・・・というのは省略。それで、『血脈』の機能について色々と調べていたのだが、出家得度の際に『血脈』を授けだしたのはいつ頃始まったのだろうか?参考までに、現行の軌範の場合は、「出家得度式」における「授菩薩戒法」を見て貰えば分かる。

・懺悔
・三帰戒
・三聚浄戒
・十重禁戒
・血脈授与
・回向
・処世界梵


このようにあって、「血脈授与」が見える。だが、古来から同様だったといえるのだろうか?参考までに、禅門に於ける出家の作法について、現存最古のものは、中国で12世紀初めに編集された『禅苑清規』巻9「沙弥受戒文」になると思うのだが、その場合出家する者に対して行われることを流れで見てみると、まずは「剃髪」、そして「授袈裟」、この後「懺悔」して、「三帰五戒・沙弥十戒」の授与となり、その後は新戒沙弥に対しての簡単な訓誡が見えるのみで、「血脈授与」は行われないのである。

これに関連して、宗門で最初期に成立した得度作法である道元禅師『出家略作法』・瑩山禅師『出家授戒略作法』については、「沙弥十戒」までの流れは『禅苑清規』とほぼ一緒だが、両祖の場合、「沙弥十戒」授与の後で、「三聚浄戒・十重禁戒」を授け、いきなり大乗菩薩僧にしてしまうのである。だが「血脈授与」は行われない。

そうなると、いつ頃から?という話が残るのである。そこで、以前に紹介した【「安名」の語について】の記事同様に見ていきたいのが、江戸時代の学僧・逆水洞流禅師の『剃度直授菩薩戒儀軌』(『続曹洞宗全書』「禅戒」巻所収)である。それで、宝暦2年(1752)に校訂された同文献には、準備物に『血脈』の語が見え、その授与も作法として行われている。また、やや後代に成立した黄泉無著禅師『永平小清規翼』「沙弥得度」項(『曹洞宗全書』「清規」巻所収)にも、『戒脈』という名称ではあるが、やはり「血脈授与」に相当する作法は行われている。

よって、これらを総合すると、江戸時代の一部の作法では、「血脈授与」が行われていたという話になるかと思われ、しかもそれが現状の作法に導入されたことになる。

ここで、逆水洞流禅師と論争したもう一方の当事者である面山瑞方禅師の見解はどうだったのかを見ておきたい。面山禅師には出家得度時に於ける諸問題について論じた『得度或問』(宝暦13年[1763]序)(『曹洞宗全書』「禅戒」巻所収)があるのだが、その文献を見ても、『血脈』のことは出てこない。ほとんどは、出家時の「沙弥十戒」の解釈(要するに、声聞戒か?菩薩戒か?)に力点が置かれ、併せて「御袈裟の意義」(こちらは象鼻衣批判)について論じられている。同じく面山禅師『仏祖正伝大戒訣或問』(延享4年[1747]自叙)(同上所収)を見てみたけれども、こちらも『血脈』とは「祖図(祖師方の系図)」だとする問答が一問入っているのみで、得度作法を巡っての問題にはなっていない。

以上のことから、面山禅師の場合には、出家得度時に『血脈』を授けることは、一般的な作法として認識されていなかった可能性を指摘しようかと思ったら、そう単純な話ではなかった。この辺は、また別の機会に考察したい。

それで、中国にあっては、出家して僧侶となった者には、その身分を示す証明書として、「祠部牒」の保持が定められたという。宋代成立の『釈氏要覧』だと武則天(一般的には則天武后)時代の延載元年(694)5月に、元代成立の『釈氏稽古略』を見ると玄宗皇帝時代の天宝5年(746)5月に、それぞれ行われたとして時期を異としているが、行われた内容は、天下の僧尼の出家について規則を定め、祠部給牒を始めたということらしい(禅宗でも『禅苑清規』巻1「装包」項で既に「祠部牒」関連のことが見えるので、言うまでもなく制度の影響下にあった)。この「祠部牒」について、江戸時代の無着道忠禅師は「度牒」と同じであるとし、かつては「試経得度」であったが、後代に「祠部牒」を保持するようになったとしている。もちろん、「祠部牒」は『血脈』では無いから、この辺まで出家時の「血脈授与」という話は出てこないと思慮する。

なお、この記事の末尾に於いて、何故出家時の「血脈授与」が発生したのか?について、簡単な推論を行ってみたい。想定出来る理由として、例えば【或る『因脈』授与の現場】という記事では、明峰派の徳翁良高禅師の見解を引きつつ、在家者への「血脈授与」が簡単な「三帰戒」のみで行われていたことを指摘した。この場合、『血脈』はほとんど「護符」程度の扱いだったといえる(実際に、徳翁禅師は出家・在家で『血脈』授与の扱い[作法の重大さ]が異なることを指摘している)。だが、そこまで簡単に在家者へ『血脈』が渡されることになると、出家者だって得度の時に「菩薩戒」を受けているではないか?という話になり、そこで、授けだしたのではないか?とも思えるのである。

この辺は、もうちょっと様々な資料や議論を見て詰めないと問題が残るけれども、まずはこの記事としては以上で締め括っておきたい。

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