こんにちは!
27回目の旅はさつま町の旧・薩摩町です。
さつまちょうのさつまちょう・・・・
何だかややこしくなりそうですが、さつま町は宮之城町、鶴田町、薩摩町の3町から合併した町であります。
そのうちの薩摩町を訪れるわけですが
薩摩というのは鹿児島の代名詞(決して大隅を忘れたわけではないです)として、また藩名でも使われたことから
このさつま町、そして旧・薩摩町は
鹿児島の中の鹿児島ともいうべき町なのでしょうか?
そんな謎を抱きつつ出発です。
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国道504号線。
北薩空港道路という高速道路もどき(国道504号線扱い)を永野インターで降りて旧・薩摩町、永野地区に向かっている途中。
内陸の自治体だけあって
こじんまりとした雰囲気だが、マイペースな私にとってはその方が好きである。
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県道50号線。
永野地区には金山があるというので向かってみることに。
金山といえば、旧・横川町の旅で行った山ヶ野金山があったが
位置的にはほぼお隣である。
ここら一帯は金埋蔵地域なのだろう。
ということは未だ眠っている金鉱が眠っていてもおかしくはない。
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金山があったと思われる付近に来たのだが
道に迷い、金山坑を探すもわからず。
狭い路地や悪路が続き引き返すことに。
画像は石垣のある台地と桜の木のある区画。
おそらく、金山採掘が盛んな頃はこの場所に集落があったに違いない。
その跡地に桜を植えたと考えられはしないだろうか?
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永野鉄道記念館。
今では廃線になった宮之城線、永野駅の跡地を新たに鉄道記念館として建設・整備した施設。
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中には展示室があり、鉄道に関する備品などが飾られているが鍵がしてあるので、
入室の際は記載されている場所に連絡し鍵を開けてもらい入室することができる。
メンドくさw
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敷地内には鉄道に関する機械や備品の他、
車両や線路、案内板などがある。
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下丁場磨崖仏(しもちょうばまがいぶつ)
永野地区にある国道504号線沿いの石崖に梵字や仏の肖像が刻まれている
謎の場所。
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画像の左と右の部分に梵字、中央やや左部分に仏像もしくは菩薩像のような絵がある。
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案内板の説明だと1341年に造られたらしいが
どうやら長野城やその付近(長野は永野地区のことだろうか)が高城石見権守という一族に攻められた際の戦没者を慰霊する為だったとのこと。
それにしても、大掛かりな彫刻である。
漢字ではなく梵字で書かれていることが、雰囲気をいっそう謎めいたものにしている。
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別府原古墳(びゅうばるこふん)
べっぷばらではなくびゅうばると読むそうだ。
1969年という割と最近に見つかった古墳群。
5世紀ごろのものらしい。
西暦400年代ということなので
まさに古墳時代真っただ中といったところだが、
この地を支配してたのはクマソなどであろうか?
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地下式板石積という南九州でよく見られる古墳で
地下2メートルの穴に石室を造ってそこに遺体を置き
土を被せた後に板石を魚のうろこ状に積み上げていくという方法。
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植村池。
永野地区から求名地区に向かう途中の県道396号線の近くにある。
灌漑用のため池として古くから存在しているらしいが
いつ頃からあるのかわかっていない。
一説には250年ほど前の江戸時代中期と言われている。
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植村池の駐車場近くの休憩スペース付近には
謎のカッパがいた。
妙にスマートなカッパである。(脚まで組んじゃって
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求名地区。キュウナと書いてグミョウと読む。
旧・薩摩町は求名、永野、中津川の3つの集落からなる。
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国道267号線。
熊本県の人吉市と鹿児島県の薩摩川内市を結ぶ国道。
その途中にこのさつま町の薩摩町の求名がある。
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薩摩町の農風景。
ご覧の通り、薩摩町は鹿屋市の旧・輝北町と同じくらい田舎である。
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求名地区にある山ン口の坂。
明治初期に開設された。
名前の通り、山の中を切り開いて造られた坂道で、
求名小学校(当初は手習所と呼ばれた)を通学する生徒たちや
通勤などで使う大人たちに利用された。
しかし、利用したといっても
所詮は山の傾斜のあるきつい坂道で
雨の日などは川のように水が流れたという。
当時は草履や下駄がほとんどで、中には素足の者もいたという。
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現在は藪だらけで道らしき道は消え、自然の一部に還りつつある。
しかし、この山中を毎日のように通行していた当時の地元の人々は
全員修行僧(もしくはアスリート)だったに違いない。
われわれ現代人は車やバイク、自転車などを手に入れ
移動を劇的に楽にすることができた。
しかし、歩くということをしなくなった生活は
確実に脚力を衰えさせていることだろう。
生きてる間は死ぬ寸前まで足が丈夫のまま
歩くことができる体でありたいものである。
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稲富神社。
1669年に創建されたという。
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境内と拝殿。
200年、300年以上の古木が幾つかあり、ご神木として祀られている。
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県道396号線。
中津川地区方面へと向かう。
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永江の滝。
なかなかの迫力である。
展望台もあるが、道路からの方が見えやすい。
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県道403号線。
観音滝公園に向かう。
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観音滝温泉「滝の宿」
大人一人330円。
おそらく旧・薩摩町で一番混むところ。
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温泉に浸かり
1週間の疲れを癒したその後、お隣の観音滝公園に移動。
ゴルフ場やキャンプ場などがある。
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滝のある場所までは森林の中を歩くちょっとした散歩コースだ。
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和風の様でちょっと違う何ともいえない歩道階段。
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観音滝・一の滝。
実物は画像以上に迫力あります。
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ぽっかりと口の開いたような空間に流れる観音滝・二の滝。
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公園内にはガラス工芸館がある。
薩摩切子という有名なガラス細工を生産、販売している。
製造工場は直接見学もでき、
当時(幕末から明治初期)の製法を窺うことができる。
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観音滝公園を去り、最後にお土産を買って帰る。
さつま特産品販売所。
旧・薩摩町は梅干が有名。
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旅を終えようと帰ろうと思ったが
県道407号線を通ってなかったので
通ることに。
3桁の400番台の県道である
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・・・
やはり道は狭く
そして何もなかった・・・。