スターキング・デリシャスは昭和49年にその生産量がピークに達しましたが、黄金時代は長くは続きませんでした。
「ふじ」が台頭してきたからです。
ふじは青森県南津軽郡藤崎町の農林省園芸試験場東北支場(現在の果樹研究所リンゴ研究拠点)で1930年代後半に育成され、1962年(昭和37年)に品種登録されたリンゴの品種で、デリシャスと国光を交配したものの中から、選抜・育成されました。
広島市場に初めてデビューしたときは、衝撃でした。
外観は国光にそっくりで、一口で言えば「平凡」そのものでした。
「なんだ、国光かあ、新品種といっても大して美味しそうに無いなあ。」と思ったのに、一切れ口に入れると、「ゥォ!なんだ、これは! 甘い!美味い!国光とは全、然違うぞ!」とまさにショックでした。
しかしながら、外観が国光とよく似ていたために、最初はなかなか売れなかったですね。
「そのリンゴは、ふじと言って国光と違って美味しいんですよ。」と言っても、反応があまりなかったですけど、根気よく勧めていると、「そんなに勧めるのなら食べてみようか。」というお客様が出てくるようになりました。
一度口にしたお客様は、さあ、半分くらいの方でしょうか、「あのリンゴをください。」と言って買いに来られるようになりましたですね。
そんな「ふじ」も、栽培技術が進歩するにつれて外観も良くなって見るからにおいしそうになり、味も一段とおいしくなり売れ行きも急速に上がってきました。
こうして1982年(昭和57年)には、ついにふじの生産量はデリシャス系のリンゴを追い抜いてトップに躍り出たのでした。
確かにスターキングデリシャスはそれまでのリンゴの概念を変えるほどの美味しさだったのですが、実は大きな欠点があったことが明らかになってきました。
それは、蜜が特に入りやすかったという点です。
最初は長所だと思われていた蜜の入りやすさも、蜜が入った跡にあんこ病(ゴム褐変症とも言う)が多発したからです。
また、果肉全体が軟化するブクと言われる症状も、シーズン中盤から多発しました。
一応、売る前には指ではじいて音を聞いたり、強く握って果肉の硬さを見たりして判別するのですが、100%完全に当たるわけではありませんでした。
また当時は電気こたつ(赤外線ではなく、ニクロム線使用)に火鉢が普通で、部屋の中は、結構寒かったように思います。
こたつの上に置いてあったミカンやリンゴ(時にはお饅頭やせんべいの時もあった)は結構長持ちしていました。
リンゴやミカン等の果物は、冷蔵庫で保存するという習慣が無かったのです。
ところが、石油ストーブやアルミサッシ(断熱性が優れている)が普及するにつれて生活空間の平均温度が上がり、部屋にそのままリンゴを置いていたのでは、お店で売った時にはぴんぴんしていたリンゴがあんこ病になってしまった、というようなことが多発したのです。
「果物は生鮮食品なので、冷蔵庫に入れてくださいね」とお客様にお願いすると、「果物が生鮮食品?」と笑われたりしたのもこの頃のことです。
国光と紅玉の2大巨頭時代が終わりを告げたのが、昭和30年代の終わり頃でした。スターキングデリシャスが出回り始めたのです。紅玉の酸味と国光のさっぱりした味わいに慣れていた私には、その濃厚な甘みと気品のある香りは衝撃的でした。紅玉や国光の丸みを帯びたつるんとした外見に見慣れた目には、お尻に向かってすぼまっていくその優美な形や、お尻が王冠のように凸凹しているのも、新鮮な感動でした。最盛時には、地元のデパートで、何の変哲もないスターキングを一個1500円(一個150円くらいのもの)で売っていて、流石にデパート!と物議をかもしていたものです。ゴールデンデリシャスが出回りだしたのも、この頃でした。果肉が柔らかくて酸味のない甘味、デリシャス系の優美な香り、当時は珍しい美しい黄色の果皮は、真っ赤なスターキングと組み合わせるとよく生えて、箱詰めのセットがよく出ていました。
そうそう、「髙徳(広徳は誤りでした) こうとく」というリンゴは、小型のリンゴで、大きな物はほとんどありません。
1985年に品種登録されたのですが、小玉が多いこと、品質のばらつきが大きいこと等が祟(たた)って、ほとんど絶滅状態で、幻のリンゴと言われていたほどでした。
近年、その美味しさが認められ、また最新の非破壊糖度検査機が導入されるようになって、一定の基準を満たしたものが「こみつ」というブランド名で販売されるように成り、注目され始めたのです。
植物は、根からミネラルと窒素、リン酸などの栄養素を吸収して、多くは葉に送られ、葉が吸収した炭酸ガスと合わせて光合成をおこない、酸素を放出してデンプンなど栄養分の合成を行います。
その栄養分の一部は実に送られ、細胞内に蓄えられていきます。
光合成が活発に行われたりする等して、栄養がどんどん実に送られるようになると、細胞内が満杯になり、細胞間の隙間にあふれ出します。
通常、細胞間は空気で満たされているので、光が乱反射して白く見えたりしているのですが、細胞間にあふれ出した栄養はソルビトール等が溶けた水溶液なので、光が透過して蜜状に見えるわけです。
これが蜜入り現象と言われるものです。
先ほども書きましたが、蜜そのものはそんなに甘くないのですが、蜜が入る→完熟→美味しい!ということになるわけです。
ところで、リンゴならどれでも蜜が入るわけではなくて、蜜が入りやすい品種と入りにくい品種があります。
入りやすい品種は、スターキングデリシャスや富士、千秋、紅玉等です。
特に「広徳 こうとく」というリンゴは、霜降り状にびっしりと蜜が入りやすく、非常に美味しいリンゴとして「こみつ」というブランド名で販売されていますので、見かけることがあったらぜひ一度は召し上がってみてください。