ネパールパン屋とアラスカンフィシャーマン
ルクラから4時間で、一昨日泊まった「職人宿」に着いた。テラスでお茶を飲んでいると、男の子を二人連れた30歳代の男性が現れ、英語で話しかけてきた。話は『自分は、手前の村でパン屋をやっている。』『奥さんと子供二人の4年家族で、自分は32歳だ。』『夏は、いつも日本の槍ヶ岳山荘で働いている。』『賃金は高くなく、ネパールでの稼ぎと同じだ。』『小屋主の穂刈さんが、在ネパール日本大使館にTELしてくれるので、ビザが取れる。』『日本は綺麗で、食べ物が美味しく、人も親切だ。』と言う話だった。ネパールの山に住む人は強いので、山小屋仕事も難なくこなすであろう。マッターホーンのヘルンリシュッテでも、ネパールの人が働いている。
職人宿を後にして、峠を30分下ると展望の良い所に出た。感じの良いロッジがあったので、泊まることにした。宿のオーナーは下半身が不随であった。奥さんが宿を切り盛りしながら、親身に夫の世話をしていた。オーナーには、弟もいた。弟は、ロッジの裏でロッジの拡張工事を一人で淡々と行っていた。客が私の他にもう一人いて、それがアラスカンフィシャーマンだった。『アメリカの大学を卒業後アラスカにわたり、サケ・マスの漁師をしている。』と、話してくれた。夕食は、オーナー、奥さん、弟、フィシャーマン、私の5人で同席し同じ釜の飯を食った。このロッジは、夕、夜、朝共に絶景が広がり別世界の趣だあった。(今日の支払い、宿に740円、職人宿の茶代100円、合計840円)
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