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【📔💖Today】
《本日の体調・状況詳細》
日付 2023/08/25
①外出 していない
②仕事 していない
③体調
食べ物 睡眠できず食べられなかった
【日勤】の「イジメ」による発作があった。明朝の一人の時に過換気症候群になってテタニー(強直性痙攣、けいれん、てんかんの様な発作)が発症した。手足が動けなくなり、意識はあるが体が不自由(動けない状態)になった。今回は夜に1人の時に起こり、本当に「死んでしまうかもしれない」と怖く感じた。医師からはとりあえず1カ月との事から9月末までとりあえず休みたいと連絡をした。毎日、毎日、電車もなかなか乗れなかった。集団での大きな声でのイヤミ、仲間はずれの様なイジメがあり、発作を隠しながらの中で過ごしてきた。でも、もう、身体が拒否をしている気がした。わたしの【メランコリア】の毎朝には、希死念慮があった。消えてなくなりたい、終わりにしたいという事だ。それは一番に身体的な辛さがあった。身体がシンドイ、痛い、と、職場のイジメから症状がひどくなる一方で追い打ちされていた。自分自身、もう限界は超えているので、終わりにしようとも何度も思っていた。
【はじまり】
イジメは「髪型」から始まっていた。わたしは髪をひとつ結びにして仕事に出ていたが、髪色はそんなに派手ではない。同じ長さな人もいたが、「わたしだけ」に課題として「お団子」にしてくる様にあえて言われた事には気づいていた。わたしは自主的に20センチは髪を切り、他の長い髪の方より短くはして、さらにお団子にしていった。仕事も頑張ってたが、頑張るほど、楽しそうにするほど、逆に、イジメはエスカレートした。髪の毛の件ではわたしが何も言わずにいた。しかし次には大声での「イヤミ・悪口・陰口」が更衣室であった。悪口の内容は、この時は「わたし」ではないが「他の従業員」に対して「やめたらいいのに。近所のパートにでも行ってればいいのに。」と発言していて、それをわたしに聞こえよがしに言っていた。
「遠方からくるより、近所のほうが良いのに、辞めたらいいのに」という話を、遠方から出勤しているわたしに聞こえる様にずっと話していた。要するに「辞めてほしい」という内容ではあった。わたしは黙って、いつも低姿勢を貫いた。しかし、言われる事に従っても、何しても、次に次にと「意地悪」は続いたから、もうわかってた。従順にしてようが、何だろうが、イジメ・悪口・陰口などの意地悪はずっとするという人達なのは、よくわった。その更衣室の2人は「セカンド」的なポジション。すぐにトップの1人が諸事情で辞めて、そのタイミングで上司にこの事を伝えたら少し意地悪はなくなっていた。
【集団イジメ】
しかし、次には、一番年齢が高い人からの「イジメ」というのが始まった。こちらのほうが執拗だった。代わる代わるで、意地悪やイジメをする人達なんだと、よくわかった。内容は、わたしにだけ挨拶をしない、何かあっても手伝わない、お菓子を配らない、それでもわたしが気にしていなかったら「頑張ってる子だけ、おやつ食べていいよ」などの地味なイヤミを聞こえよがしに皆んなで言う。そして「仲間はずれ」などはよくあった。これは徐々にエスカレートしてきて、機嫌が悪いときに、大声で細かいミスを重箱の隅を突くように1つ1つ言ってから「やる気あるんですか」と怒鳴っていた。そして、まるでわたしが言うことを聞いていない様にも大げさに言い、周りの印象を下げたりした。そして、それだけではなかった。
一番恒例の先輩に便乗して別の先輩はデスク越しにわざと聞こえる様にため息・舌打ちをしてきた。わたしが気づいて、さらに気にして、怯えてほしいのかと思うくらいにデスクに当たって大きな音を立てた。そして、大きな声で、わたしには教えたくないと言い、そのイヤミを聞こえよがしに複数人で話した。誰か1人がわたしを叱責したあと周りで「面白かった」と言ったりするなどもあった。いちばんにシンドイ事は、書類の入った重たいファイルを”ダンッ!”とデスクに突き立てて、大きな音や振動を出したりは「怖がらせ」だった。
実際には、この「教えたくない」は職務放棄にあたり、また、大きな音は「脅かし」にはなる。そのパワハラの典型的な言動をする先輩は特に悪くなく、された側の「わたしが悪い」といつもなった。一番高齢の先輩は、一度、自分がミスをした時に「ダブルチェックの人(わたし)がちゃんとしてくれないからな!」と、わたしの責任に”話のすり替え”をしていた。何もかもいつも「全部がわたしが悪い」となってはいた。こうゆう「イジメ」の毎日で、わたしはいつも「低姿勢」に何も言わずにはいた。しかし、大きな声や大きな音で「心臓」が痛く、発作がひどくなり、頭が真っ白になって動けない、ミス、物忘れなどの症状がでだした。救急車でも1週間に2回は運ばれた。
【自分と他人の待遇】
だからそこだけは言うしかなかった。上司には相談したが何もしてくれなかった。わたしは「(大きな音は)怖いです」と本人に直接に言った。「1週間に2回、救急搬送されていてご迷惑をおかけしています」とも状況説明はした。すると、イジメをやめるどころかエスカレートした。ある日には、会社側が社員やパートの勤務体制についてのミーティングをした。2023/08/24、新体制の導入で給与体制なども変わるなどの話だったようだ。だから、ここからはさらに八つ当たりがきた。
彼女らはそもそも自分達の待遇の不満、鬱憤があった様だった。それは会社や上司に話せばいいわけだ。しかしいつも「わたしが悪い」と【はけ口】にした。わたしの待遇に不満みたいだが、他人より自分の待遇を会社に話したら良い。しかし、わたしに当たってくる。いつもみたいにこの日にも大きな声でイヤミを複数人でしてきた。同日、もう一度上司に訴えても「わたしが悪い」とだけ言われた。その日の昼休みから目まいと嘔吐。デスクが散らかってるなどの叱責され手を触られた。体が硬直した。
この日の終業時からだんだん過換気症候群が酷くなっていった。やっとのことで、友人に電話で話してもらいながら電車に乗れたが広場(人混み)恐怖が酷かった。パニック発作は目をつむりなんとか抑えて下車し、なんとか帰宅して最終的にまたフラッシュバックしテタニー(強直性痙攣、けいれん、てんかんの様な発作)になっていった。1人の状態で身体が動かなくなり【死ぬ】という恐怖は2時間ほどは続いて、救急車も呼べなかった。
テタニー(強直性痙攣、けいれん、てんかんの様な発作)になる過程は、過換気症候群からだんだん手足が痺れ、手から動かなくなり、トルソーハンド(指が折れたか曲がった状態)の変な形で硬まる。足も動かなくなる。意識は辛うじてまだあったが、重篤な筋肉硬直の状態になっているという事だった。それはさらにひどい場合は心停止に至る可能性があるとされる。まるで、手術台に乗せられて、麻酔をうたれて身体は動けないが、意識があって、これから何が起きるのだろうと【死】を覚悟して待っていた感覚だった。もちろん、この間も過換気症候群の呼吸がうまく出来ない状態で、心臓が破裂するみたいな痛みを感じていた。
孤独の中で、泣きながら、母を呼んだ。誰かを呼んだ。声ももともと掠れて出ないから、大きな声で呼べなかった。もうこんな発作しんどかった。なりたくてそうなったんじゃない。わたしが病気になっても苦手だと言われた事、ソレで離れた人達、倒れても尚に当然にやる事はやれと言われた事、全部が押し寄せて、もう無理、楽にして欲しいとも考えた。動けないんだけど、声すら掠れて出せないけど、泣きながら母を呼んで、気を失ったかもしれない。気がついたら朝かあたりが明るかった。飼い猫と犬がわたしの上に乗り、撫でたかった。だんだん感覚が戻った。わたしはこれはさすがに良く無いと周りに促され、職場にもう休職したい事を伝えた。
【メランコリアの朝】
わたしは、毎日小さなミスを叱責され、知らなかった事でも「またミスしましたよね。」と大きな声で言われた。強く叱咤を受け、だんだんと大きな声・大きな音で頭が真っ白になって何をして良いかわからなくなり始めた。健忘、紛失、物忘れが出た。毎日大きな声での叱責が繰り返しに行われ、過換気症候群は”仕事中”にも発生した。わたしは「発作」が起きて苦しいから少し目を逸らしただけで「聞いて、こっち見て、聞いて」など、皆にわたしの態度が悪い様に伝わる様に「大きな声」で叱咤された。これはいつものように、周りに、わたしがどれだけ「態度が悪い、出来ていない」というのを周りにアピールするためのもので、だから大声なのはよく理解はしていた。周りで嘲笑し「面白かった」という先輩もいた。
発作が起きたからデスクに手をかけたわたしの手に触り、大きな声でキツく詰め寄られたのは体が硬直、心臓部が痛く息もできてなかった。帰宅がなかなか出来ず、帰宅後にもテタニー(強直性痙攣、けいれん、てんかんの様な発作)があった日、この様な状態が続くのは日常生活じたいが苦痛になった。生活にも支障があるし、毎朝アラームが鳴り起きるたびに飛び起き、心臓はバクバクして、お前なんかという自責と『希死念慮』になった。今までできていた事すら身体的に出来なくなった。テタニーでかたまった手や指はもう脱力感を常に感じ、特に左手がトルソーハンドの癖がついて、冷たい感じがする。動かしにくい。発作が怖くて一人で過ごせないし、毎日に「不安」や「恐怖」を感じた。
テタニー(強直性痙攣、けいれん、てんかんの様な発作)になったのは初めてだったが、この職場に入ってから3、4度は経験し、手が先ほど書いた様に変な癖か後遺症化で動かしにくく感覚が鈍くなった。何より、テタニーになるその時の感覚が怖い。じわじわとあちこちが動けなくなる。この症状になるとき、意識はあるが手足が筋肉硬直し全く動かない。死を間近に感じ心臓が破裂する様な痛みの上に、呼吸も出来なくなっているし、「死」の恐怖がある。もうこれが身体的に辛いからわたしには「メランコリアの朝」がある。
身近な誘発要因は、明らかに、職場で毎日繰り返し行われているイジメだ。この職場に入ってからの数か月、毎日繰り返し、集団でのイヤミ・意地悪は行われ、わたしは【対人恐怖】【広場(人混み)恐怖】になっていった。電車や人がたくさんいる場所で特に何も考えずとも突然に【パニック障害】は反射的に始まる。電車だけでなく、道端でも過換気症候群が起こり始め、10分に一回は出てくるほど悪化した。もう既に先輩には、大きな声や大きな音は「怖いです」と伝え「テタニー(強直性痙攣、てんかん)」を説明をしたけど、わたしの”命”とか状況など関係なく、イジメはやめてもらえなかったので、だんだん比例して、身体の拒否反応は強くなった。
先輩らは、逆らえない立場のわたしに対して【パワハラ】【イジメ】を分かった上でしてる。それについての恐ろしさもあり、毎日に繰り返しで対人恐怖になり発作の引き金になり、毎朝の「メランコリア(うつ)」になった。今までの全てのトラウマが一気にフラッシュバックしたりもして突然涙が出たり、過換気症候群も始まる。わたしは心臓はもう常時に痛みを感じるし、過換気症候群は10分に一度くらい感じるから、胸痛で意識が朦朧とした。仕事中に、わたしは涙、心臓の痛み、呼吸できない発作に耐え、顔に出さない努力はした。上司に話しても単に「仕事しろ、休むなら無理という事でしょう」「あなたが出来ないので悪い」という様な退職勧奨を受けるという流れだった。
実は、本来は、この対応は、国は認めてはいないし、監査を受ける対象にはなる。病気になり業務ができない時、むしろ、国は労災での休職や、傷病の療養の為の休業を認めている。だから、改めて、何かが「恐ろしい」と【トラウマ】になった。何故なら、「休む人は募集していない」と、公的休暇、介護休暇まで拒否がなされた。介護をしている話をした際には「そんな問題がある人はうちにいない」と介護休暇は拒否された。しかし、他の方の子供が熱を出すのは認められていた。そもそもそれは前職の管理職者もそうだったから介護を理由に不当な退職勧奨を毎日にされた事があった。法外だがあえてするのは「対企業」になると「個人」など力は及ばないから、その余裕からで、平気に退職勧奨をしていたのか?と思わされる。
教育としてイジメをしたり、大きな声や音で怖がらせたりするのを「当然」という人達は「相手の為に良い事をしている」と勘違いして認知の歪みがある。同じ理由から何人も退職者もいる。わたしがわからないのは教えてもらう側には「怖いです」→「やめてもらう」という事は不可能で、何かを言う権利すらは「無い」というくらいの感覚だった。それがむしろ「当然」の様だった。入社して、最初は「よく出来てる」の評価だった。ただ、わたしが介護などを抱えて彼女達の【要望】に沿わなかった。それならそれで話をし合って「会社からの契約打ち切り」にしてもらえたら良かった。それでもそれは”法外”ではある。だからと言ってイジメをして「自主退職」に追い込もうというやり方をしなくても良かった。毎日キツく当たられ「これくらいの事もできないのか」と言われ続け、わたしには何にも権利すらないと、イジメが続いた。
それに加えて、こういったパワハラやいじめを平気にする人はなかなか「行き過ぎている」という自覚はできないという。むしろ、自分は会社の為に良い事をしてると思っていると、精神科医、益田ドクターの動画を見たら詳しく語られていた。わたしが一生懸命に努力をし、頑張るほどに【全否定】を受け続けてきた。実は、それは毎日されると「される側」は洗脳の様になっていく。イジメや虐待は脳にも影響を及ぼす。健全な自尊心・自我まで損なわれ、希望・意欲・生きる力が吸い取られる様になっていく。扁桃体が膨張する。こうして【うつ状態】になると、余計に思考停止や物忘れやミスが多くなり、もう今までできた事すらできない状態にもなっていく。身体的に後遺症(障がい)として残ったりすると各専門家たちが説明をしたりしている。
それでも、イジメをする人達は自分は良いことをしていると自負する。さらに、複数人で集団でそれはなされた。上司はソレを知ってながら容認する。さらにエスカレートする。わたしは【イジメ】が”集団”でなされたことからは、対人恐怖になり、広場(人混み)恐怖になった。人が沢山でいる集団が怖くなった。誰かが一緒じゃないと怖い。もう逃げられないと感じる場所では体が反射的に反応し、過換気症候群が激しい動悸や胸痛を起こす様になっていった。わたしが苦しんできたこの症状は、初めには大した事ないだろうと、自分でわからなかった。
正式には【パニック障がい、うつ状態】と医師に診断された。しかし、わたしが文字に表し、ノートに書いた症例をよくみていけば、まだまだいろいろと診断名が増えるという可能性がある。それにまだわたしには身体的な苦しみがあり、それに耐えている。まだ初診の診断だから、まだ全部はわからない。
とにかく、わたしは、テタニー(強直性痙攣、けいれん、てんかんの様な発作)が一番怖いんだ。
《続き》②へ続く。
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