こちらのXの投稿から知った記事。
https://www.foodnavigator.com/Article/2025/01/15/probiotics-claims-remain-restricted-by-eu/
これに関して個人的意見を書き連ねたい。
一言(二言?)で書けば、
「生きて腸に届く」は意味がないと考えている。
腸内の生物多様性については重要だと考えている。
河川と同じように考えると分かり易い。
渓流の水は汚濁度が低い一方で水棲昆虫や微生物、魚類まで幅広く生息している。絶対的な生物数に限りがあっても多様性は高い。
下流に進むにつれ、多様性が低下し汚濁度は上がる。下流では生息可能な生物が限られ、魚類はギンブナくらいしか生息出来なくなる。(てかフナ強ええ。中流域からドブ川、止水の防火用水槽に至るまでどこででも生息している。腐ったような水でも繁殖している。)
汚濁が進むと生物多様性が低下し(ここは相互的でスパイラル)、富栄養化によって悪臭が発生する。
あくまで推測ではあるが、この現象を腸内細菌叢に当て嵌めて想定してみると、現代人が慢性的に有している腸内の「不具合」を全部ではないにせよ説明出来るのではないかと考えている。
これは個人的意見である。
例えばドブ川を綺麗にする為に「渓流の微生物だんご」をドブ川に投入しても、生息に適していなければ定着しない。基本その微生物は定着出来ず無意味だろうと多くの人が察する事であるが、日本の「プロバイオティクス」はそれと同じ事を腸内で試みている。
そして、その渓流の微生物だんご内の微生物が「生きてドブ川まで届くかどうか?」を考える事自体が無意味だという事も理解出来ると思う。
(1)基本届くまでに死んでいる
(2)ワンチャン生きて届いてもじきに死ぬ
「腸内に生きて届くは無意味」と書いた理由も、そこから推察できるかと思う。
なお「死菌」でも、腸内の常在菌はそれを餌にして増殖する。なので腸内環境を整える作用がある。
「プロバイオティクス」を謳う企業ががあれほどまでに拘っている「菌の種類」や「生きて腸まで届く菌株」は、死骸としての効果しか確認出来ていないのであまり気にする必要はない。
寧ろ飲むタイプの乳酸菌や発酵食品等は、「死菌として優秀」を目指した方が論理的整合性があると思うが、イメージが良くないのかそっちには向かいそうにない笑
https://www.foodnavigator.com/Article/2025/01/15/probiotics-claims-remain-restricted-by-eu/
これに関して個人的意見を書き連ねたい。
一言(二言?)で書けば、
「生きて腸に届く」は意味がないと考えている。
腸内の生物多様性については重要だと考えている。
河川と同じように考えると分かり易い。
渓流の水は汚濁度が低い一方で水棲昆虫や微生物、魚類まで幅広く生息している。絶対的な生物数に限りがあっても多様性は高い。
下流に進むにつれ、多様性が低下し汚濁度は上がる。下流では生息可能な生物が限られ、魚類はギンブナくらいしか生息出来なくなる。(てかフナ強ええ。中流域からドブ川、止水の防火用水槽に至るまでどこででも生息している。腐ったような水でも繁殖している。)
汚濁が進むと生物多様性が低下し(ここは相互的でスパイラル)、富栄養化によって悪臭が発生する。
あくまで推測ではあるが、この現象を腸内細菌叢に当て嵌めて想定してみると、現代人が慢性的に有している腸内の「不具合」を全部ではないにせよ説明出来るのではないかと考えている。
これは個人的意見である。
例えばドブ川を綺麗にする為に「渓流の微生物だんご」をドブ川に投入しても、生息に適していなければ定着しない。基本その微生物は定着出来ず無意味だろうと多くの人が察する事であるが、日本の「プロバイオティクス」はそれと同じ事を腸内で試みている。
そして、その渓流の微生物だんご内の微生物が「生きてドブ川まで届くかどうか?」を考える事自体が無意味だという事も理解出来ると思う。
(1)基本届くまでに死んでいる
(2)ワンチャン生きて届いてもじきに死ぬ
「腸内に生きて届くは無意味」と書いた理由も、そこから推察できるかと思う。
なお「死菌」でも、腸内の常在菌はそれを餌にして増殖する。なので腸内環境を整える作用がある。
「プロバイオティクス」を謳う企業ががあれほどまでに拘っている「菌の種類」や「生きて腸まで届く菌株」は、死骸としての効果しか確認出来ていないのであまり気にする必要はない。
寧ろ飲むタイプの乳酸菌や発酵食品等は、「死菌として優秀」を目指した方が論理的整合性があると思うが、イメージが良くないのかそっちには向かいそうにない笑