うた。の消したい備忘録。

思い出供養の為に始めました。
思い出話や何か思ったことを書きます。

死因 猫背

2022-04-30 17:10:00 | 日記
わたしは猫背。
猫背になったきっかけは子供の頃。

背が高いのが嫌だったので無理矢理背骨を曲げていましたらこの様。

昔は矢吹丈みたいでカッコいいなと想ってましたが年を取るにつれて苦痛になりました。


背骨には脊柱起立筋という筋肉があるのですが、私はその上部が異常に痛くて盛り上がってるのです。

どれぐらい盛り上がってるのかというと、お風呂に入る前の裸チェックの際に、背中を見たらわかるレベルで盛り上がってます。

これが筋肉なら素敵なプロポーションへの第一歩と気持ちのやりようがあるのですが、ただ筋肉の緊張なので痛いわ辛いわで良いことなしです。


お風呂にはいっても、筋肉の膜を剥がしても治りません。
たぶんこれが原因でしぬとおもいます。


猫背は辛い。
私はその原因は「猫背は他者によって作られる」と考えてます。

例えば机。
体に合わせるのは子供の知識では無理!
だから大人が世話をしないといけないのに大人も同様に知識がないからほっとかれる。
悲劇です。
例えば人目。
背が高くからかわれる社会が悪い。
悲劇です。

で、猫背の解消法は筋トレと姿勢を治すこと。
みんなのせいなのにわたしがやるのかい!!


ってことを思いついたので書いてみたした。
私の背中は今日も曲がってます。


詩が書けない。

2022-04-30 14:58:00 | 日記
詩が書けない。
とにかく思いつかない。

大抵そういうときは疲れてる。


じゃなんで疲れてるのかと言えば、仕事とか家の問題があるから。
ここが難しい。


詩には感情や経験が言葉に写る。
だから多少感情的になったり問題を乗り越えていくことも良い詩作には必要。


であるなら、先述した仕事や家の問題なんかは良い肥料となるはず。

ただ、仕事や家の問題は自分一人頑張ればどうにかなる類いの問題じゃない。
自分以外のだれかが問題の根元だったりする。
そうなると、努力ではどうしようもない。


だから私は今詩が書けてない。
詩人なのに。


そもそも、詩人と名乗らなければ詩は無尽蔵に湧いてくる気がする。
ただ詩人を名乗ったばかりに、詩を発表しなければならないし簡単に発表できるSNSがあるばっかりに悩まないといけない。

こういうのパラドックスって言うのかな?
パラドックスに悩む詩人など滑稽極まりない。

そういうのは理論家や論理学者がやれば良い。
詩人はそれすらも楽しめる。
だからこそ、私は詩人を名乗ったのに。


結局わたしはそれに悩んでいる。
まぁ、いつか「そんな時代もあったね」と嗤えれば良いね。

やりたいことがない私は言葉が必要なんだ

2022-04-29 17:10:00 | 日記
突然ですが、私にはやりたいことがない。
「やりたかったこと」はあるけど「やりたいこと」はない。

子供の頃にしてほしかったことや提供してほしかった体験はあります。
しかし、恐らくなんでも出来る今はやりたいことがない。


これは、やる気がなくなったとか疲れてるとかそういう話ではない。


私は本当に大人になってしまったのです。

やれることよりも、やった後の事を先に考えるようになった。
私が昔バカにしていた「やりもしないのにわかったような態度をとるやつ」そのものになった。

今になってわかる。
一つ一つの出来事は不可思議で説明がつかない様に思えても、不可思議で説明がつかない出来事が千もあれば分類が可能なんだと。


物事の分類を進めていけば、統計学にある出口調査の様に「真実は写してないけど輪郭は写す」的状態になるのですよ。
なったのですよ。私は。


きっと端から見たら「やりもせずやった後の話をしている」と思われるでしょう。
実際その通り。

ただ、私のその姿勢には、過去への断ち切れない思いとそれを嘲笑する自分、やりたいことと周りへの配慮、燃え滾る気持ちと完全燃焼しないように温度を調節する冷静さが混在している。

踏み出せない自分を嗤いはしない。
それだけ大人になって守るものが増えたんだと誉めましょう。
みんなも誉めましょう。
踏み出せずに後悔ばかりの自分を。

偉い。
守る人がいなければ国は栄えませぬ。
よく我慢した。
きっとその思いは然程報われないけど、私は知っていますよ!


守ってばかりいる保守的な仲間を見ればおおよそ見当はつきますから。

統計で大人になって、統計に組み込まれる。
難しいなぁ。生きるって。



読書感想文 老人と海

2022-04-29 14:43:38 | 日記
ヘミングウェイの言わずと知れた名作。
Kindleで安く買えたので読んでみました。


内容は、老人が魚を捕りに漁に出掛ける物語。
不思議な島や不思議な魚も出てこない。
本当にシンプルな小説。
きっとgooブログにも日曜な内容のブログがあるでしょう。





不漁続きの老人はある日の漁で大物と対峙してついには釣り上げます。

対峙している場面の描写はさすがは名作と誉れ高いだけはある不思議な描写でした。

心理と現実の入れ混じる描写は、自分が経験したかのような錯覚をもたらすほど。

上手くは行かない現実に対して、楽観的ではあるが悲観的な空想と欲求が暴走し目の前の出来事に集中できない様子などは思わず嫌なことがあった日の仕事を思い出しました。

そんな自分に幾度も負けそうになりながら、何度もその事を考えては集中しようとあがく老人の姿。

面白くないのに、面白い。
まさに技量のなせる技と言っても良いでしょう。

面白い話題に対して、面白くするのはそれほど難しくはないでしょう(話題を探すのは大変だろうけど)
そもそも話題が面白ければよほど下手な文章を書かない限りはそう起こり得ない。

しかし、その話題が日常にありふれる普通の話題であればそうはいきません。
日常にある話題や出来事を小説に昇華させるためには、卓越した文章の構成と適切な言葉選びが最低条件。
その上で、自信の感情をのせれる場面作りや先述したような心理面の描写が必要となってくるわけです。


この理論に乗っとれば、老人が漁にいく話など漁師が書かない限りは面白くなりようがないわけです。
ここにヘミングウェイの技術の高さの一端を知りました。



例えるなら和菓子のあんこ。
小豆を煮ただけの単純な料理ではありますが、その奥深さは世界でも有数でしょう。
ただ甘くすれば良いわけでもなく、ただ煮れば良い訳でもない。
なのに、甘くなければならないし、ただ煮なければ始まらない。

料理の行程の違いは少ないけど、その少ない違いで個性が出る。

そうして熟練の職人が丹精込めて作ったあんこは「甘くないのに甘い」という不思議な評価を得るに至ります。



私は老人と海に対して似たような感想を持っています。
「面白くないのに面白い」

文芸とは如何なる物か教えてくれてありがとう。
そうヘミングウェイに伝えたい。



くそみたいな読書感想文だね。

大連休 予定がないよ 寂しくない!

2022-04-29 13:48:01 | 日記
だいたいゴールデンウィークに予定があるのはおかしい。

普段の仕事のストレスを休めるために休日がある。
なのにも関わらず行楽地へ渋滞も省みずに向かう。

仕事も企業のため、休日も企業のため。
現代の経済的特攻隊だね。


私も連休があるわけですが、予定はありません!
寂しくなんかない!

体も脳みそも休めて、新たな詩作や思案への準備を進めてるのです!
寂しいなにもない!


でも、ゴールデンウィークってなんなんでしょうね。
普段死ぬほど働いて、休日も遊んでるとなると、それは果たして本当に休めているのでしょうか?


気分は休まってるでしょう。
気心の知れた連中と遊んでいるわけですから。

しかし、脳はどうなるのかな?
遊びと言えど、脳みそは外部からの情報を処理していますよね。
そこに仕事との違いはあるのでしょうか?


私が言いたいのは、ゴールデンウィークこそ世間に負けず寝る連休を実施しましょう!!
体は替えが効きません!

失った細胞は元に戻らず!
健康的に生きていくために体も頭もしっかり休めましょう!


まぁパイプを肺喫煙してる私が言ってもなんの説得力もないですけどね。