函館の夜景の美しさは昔は世界的なものであったが、それは函館山からの街の灯の明かりだけでなく、海を埋める様にかがやいていたイカ釣り船の漁火があったからである・・・・と案内人が言っていた。
確かに函館山からの町の眺めは素晴らしいが、目を海のほうに転じると、ポツポツと数えるほどしかイカ釣り漁火はみえなかった。
お年寄に団体が夕食を取りに店内に入ったものの、只々がやがや勝手にしゃべって混雑が暫くつづいた。
アベックの二人は意バラク店内に入るのを遠慮した。
はためいわくなことではあるが、お年寄りはこれも旅の土産話の一つのなるのだろう。
虫の食事は花に蓄えられた蜜、花はそれによって花粉に受精を受ける。
最近、蜜蜂が少なくなって、フレーム内の作物の受粉を役目を負う虫の入手に苦しんでいっると聞いた。
場所によっては、ハイを蜜蜂の代わりに使っているそうだ。昆虫には変わりないが、何か不潔な感じがしないわけでもない。
今まで、田舎住まいで育った筆者のはハエはトラウマになっている。
函館地区も3月11日の震災で津波の被害をうけた。
報道によると朝市の店も2メートル近い津波に襲われたとのこと、それよりさらに海辺の煉瓦公園地区はもっと津波に洗われたに違いない。
レンガ倉庫の中は観光客相手の店が多く、多分それらの商品はほとんど壊滅的な被害を受けたこととおもはれる。
春も半ば、桜の花は散って若葉のとき。しかし東北の津波にあって倒れた桜の折れた枝にも春を忘れないで花が咲いたとのこと。春は去っても来年になれば再び必ず訪れてくる。
思えば60年前、復員して故郷に帰る車窓から見た町の景色はテレビで見た津波の跡と同じ姿であった。
あれから60年、この震災前の姿はかっての戦災焼野原から完全に復興し、以前の何倍もの景観を見せていた。
人間の力は無限である。今の世代・次の世代で失ったもの以上の盛況を取り返してくれるものと確信している。