まったく…街でバケモンが暴れてるだなんてベタな展開が起きたかと思えば、そのバケモンが『黒い塊に一つ目』なんていうこれまたベタなデザインのバケモンと来たもんだ。
こんなベタなことばかり起きたんじゃあ、こっちもベタな行動取るっきゃねえだろ。
「おい!そこのバケモン!!」
カフェを飛び出た俺は指を差して言い放った。俺に気付いたバケモンはこちらを向くと同時にボールの如く地面を跳ねながら迫って来た。うわぁ…移動の仕方、キモッ…。
「危ない!逃げるんだ!」
背後からおじさんの声が響く。
「冗談だろ。この黒肉団子めが、殴り飛ばしてやる…!」
今こそボクシング漫画の知識をフル活用するときだぜ、見てろよ…。
黒肉団子が手の届く位置まで迫る。
「ここだ!!」
俺は漫画の教え通り、左の脇を締め、踏み込んだ左足を軸に腰を回転させ、体全体の力を右の拳に伝えて放った。
「食らえ、右ストレート!!」
黒肉団子のど真ん中目掛けて振り抜いた右拳は直撃。同時にミットに当たったような音をその場に響かせた。
「くっ…!」
しかし、響かせた良い音とは裏腹に、肝心の手応えがなかった。見た目が肉の塊なのだから、人間の頬を殴り飛ばすようなイメージをしていたのだが…。実際には人間の肉より幾ばくか固く、重いサンドバッグのようにぴくりとも動かずダメージを与えた手応えがなかった。
触れている拳の先の感触は、火を入れすぎた肉のような固さで、恐らく口に入れたとしたら噛みきれずに一旦、ペーパーに吐き出す固さ…おえっ、自分で例えてて気持ち悪くなってきた…なんだ、口に入れたらって…馬鹿か俺は。
勝手に想像して、勝手に気分が悪くなってる俺に対し、目の前の黒肉団子は腕を振りかざして殴りつけるモーションに入っていた。
触れている拳の先から伝わる肉の感触からして、コイツのパンチを喰らうのはヤバい…。それはわかっている。だが、簡単に殴り飛ばせると思っていたから、その後の防御のことまで考えていなかった。駄目だ、避けきれない…!
迫りくる黒肉団子のパンチに対し、覚悟を決めて少しでもダメージを減らそうと左腕でガードを構えたそのとき、一筋の光が顔の横を通り過ぎた。
そして、目の前まで迫っていた黒い腕が、小さな花火のような閃光と共に弾き飛ばされた。
「な、なんだ!?」
光の筋が飛んできた背後を振り返ると、銃らしきものを構えたおっさんが少し離れたところに立っていた。
あれで撃ったのか…!?
「そいつに打撃は効かないよ!一旦、引くんだ!」
「マジかよ…!俺のボクシング魂が…」
俺は肩をがっくりと落としながら、おっさんの元へ駆け出した。そんな俺を黒肉団子が背後から追いかけて来たのか、おっさんが背後に向かって、さっきの光を何発か撃ち出した。俺は全力で走りつつ、振り返ってその様子を見ていた。黒肉団子は光の銃撃を嫌がってはいるものの、怯ませる程度で決定的なダメージを与えているとは言えない、といった感じだ。
「よし、こっちだ!」
銃撃を続けるおじさんは、さっきのカフェの扉を開け、俺を誘導した。飛び込むように中へ入った俺を確認するや否やおじさんも中へ入り、扉を押さえるようにもたれて座り込んだ。
「アイツは視界に入るものを近い所から襲うんだ。だから、一度視界から外れればピンポイントで狙われることはないよ」
「ハァ…ハァ…なるほど、このカフェが襲われるまでの時間稼ぎにはなるってことか…」
息を整えながら、頭上の窓から頭を半分出して外の様子を伺う。黒肉団子が腕を振り回し、近場の建物を壊しながら進行している。
「うん、アレがここに辿り着く迄はね。にしても、なかなか無茶するね…」
「こういうときのお決まりの行動といえば、『とりあえず無謀にも飛び出す』だろ?」
「ハハッ、主人公耐性ってやつだね。アレを初めて見て物怖じしないどころか正面から突っ込むなんて頼もしい限りだよ」
「動きのキモさには引いたけどな」
「ハハッ、同感だ。それじゃあ…」
「ん?」
「お決まりの行動“その2”といこうか」
策ありと言わんばかりに含みのある笑みを向けるおじさんに、俺も笑みを返した。
「聞こう」
ー 数十秒後、俺は再びカフェの外へと出て、建物を壊している黒肉団子の前へと姿を現した。気付いた黒肉団子は再び、バウンドしながら距離を詰め、腕を振りかざした。
ここまではさっきと同じ状況だ。ただ一つだけ違うのは、さっきは丸腰だった俺に比べ、今の俺の手にはテニスラケットのグリップのような棒状の金属が握られていることだ。
俺は両手でグリップを握り込み、構えた。
そして、おじさんの言葉を思い出して復唱した。
「お決まりの行動“その2”武器を手に敵へ立ち向かう!」
目の前で振り下ろされる黒い腕に対し、俺はグリップを勢いよく振り上げた。
一閃。
光の太刀が黒肉団子の腕を切り飛ばし、背後で土砂袋を置いたような重い音が聞こえた。視界の端で地面に転がる腕を確認した俺は黒肉団子に向き直る。
「まさか、この目で本物を拝める日が来るとは…」
自分の手に握られた金属のグリップから伸びる一筋の光を眺めた俺は、修学旅行で木刀を買った時の胸の高鳴りを思い出し、思わず笑みをこぼした。
そう、これは男なら一度は実際に振ってみたいと思う代物…
「ライトセーバーってやつだな…!」