翌朝、シルクは立派な栗色の胴着を着て、袋のような黒いベルベットの帽子を片方の耳の上で粋に反らせながら塔を抜け出した。
「いったいどういうことなの?」ポルおば消化系統さんは訊ねた。
「荷物の中からたまたま昔なじみの品物がでてきたもので」シルクは気取ってこたえた。「わたくし、名をボクトールのラデクと申します」
「コトゥのアンバーはどうしたの?」
「アンバーはいい人間だと思うけど」シルクはすこし卑下するように言った。「でもアシャラクという名のマーゴ人はかれを知っているし、そこいらじゅうにその名前をばらまいてい
るかもしれないからな。めんどうに巻き込まれずにすむなら、それにこしたことはない」
「悪くない偽装だな」ミスター?ウルフも賛同した。「〈西の大街道〉にドラスニアの商人がもうひとりいたからといって、気にする者はいまい――名前がなんであろうと」
「よしてくださいよ」シルクは傷ついたようすで反論した。「名前はすごく重要なんですよ。偽装はすべてこの名前にかかっているんだから」
「たいして変わりはないと思うがね」バラクはにべもなく言った。
「それが大ちがいなんだ。たしかにアンバーは道徳観念がほとんどない放浪者と思われているかもしれないが、ラデクのほうは西部の商業地区すべてで発言力を持つ資産家だ。それに
、かれはいつでも従者を伴っている」
「従者?」ポルおばさんは片方の眉をつりあげた。
「単なる偽装のためですから」シルクはすかさず彼女を安心させようとした。「もちろんあなたが従者になるわけはないですよ、レディ?ポルガラ」
「それはどうも」
「誰も信じないかもしれませんが、あな乳鐵蛋白たにはわたしの姉さんになっていただきます。壮麗なトル?ホネスの町を見るために弟といっしょに旅をしているんです」
「姉さんですって?」
「お望みなら、母親っていうことにしてもいいですよ」シルクは愛想よく言った。「華やかな過去の罪滅ぼしをするために、マー?テリンまで巡礼の旅をしているということで」
シルクがあつかましいニヤニヤ笑いを浮かべているあいだ、ポルおばさんは小男をしばらくにらみつけていた。「いつかそのユーモアのセンスがあなたを抜き差しならない状況に追
い込むでしょうよ、ケルダー王子」
「そんなことならもう慣れっこになってますよ、レディ?ポルガラ。もしそうでなければ、身の処し方もおぼえなかったでしょうからね」
「おふたりさん、そろそろ出発してもよろしいかね?」ミスター?ウルフが訊ねた。
「ちょっと待ってください」シルクが答えた。「もし誰かに出くわして事情を説明しなければならなくなったら、きみたち、レルドリンとガリオンはポルガラの従者ということにしよ
う。ヘターとバラク、それからダーニクはわたしの従者だ」
「好きにするがいいさ」ウルフはうんざりして言った。
「これには理由があるんですよ」
「ああ、わかったよ」
「理由を聞きたくないんですか?」
「とくに聞きたいとは思わん」
シルクはこの言葉にいくらか傷ついたようだった。
「みんな用意はいいかね?」ウルフがたずねた。
「すべて塔から出しました」ダーニクが報告した。「あっ――ちょっと待ってください。火を消し忘れてました」かれはそう言うと塔の中にもどっていった。
ウルフはいらいらしながら鍛冶屋を目で追った。「どうでもいか。どうせここは廃墟なんだ」
「好きにさせてあげて、おとうさん」ポルおばさんは静かに言った。「あれがかれのやり方なのよ」
かれらが馬に乗る準備をしていると、バラク用の大きくてがっしりした葦毛の馬が溜息をつきながら非難するような目でヘターを見つめた。ヘターはくすくすと笑った。
「何がそんなにおかしいんだよ?」バラクはいぶかしそうにたずねた。
「その馬が何かをつぶやいたものですから。気にしないでください」
それからかれらは鞍にまたがり、霧に包まれた廃墟を抜けて、曲がりながら森の中につづいている狭い泥道を進んだ。湿った樹木の下には水っぽい雪が積もり、頭上の枝からは絶え
ず水がしたたり落ちてくる。かれらは寒さと湿気をさけるためにマントを体を巻きつけていた。いったん木の下に入ると、レルドリンはガリオンの馬の横に自分の馬をつけていっしょ
に進んだ。
「ケルダー王子っていつも、こう――なんていうか――すごく複雑なひとなのかい?」かれはガリオンに聞いた。
「シルク? うん、そうだよ。すごく悪知恵が働くんだ。かれはスパイなんだよ。変装したり上手な嘘をつくのは第二の天性なのさ」
「スパイ? ほんとうかい?」レルドリンはこの意見に想像力をかきたてられたらしく、目を輝かせた。
「かれはおじさんにあたるドラスニア王のために働いているんだ。ぼくの考えでは、ドラスニア人っていうのは何世紀ものあいだそういうことにたずさわっているらしいよ」
「途中で残りの荷物を積まなくてはなりませんよ」シルクがミスター?ウルフに言っている。
「忘れとらんよ」ウルフは答えた。
「荷物?」レルドリンが訊ねた。