からかもめは、近く

からかもめは、近く

もふたつの部分をつなげる

2016-11-10 11:15:14 | 日記


(ゲランばんざい!)ガリオンの心の中のかわいた声が静かにつけくわえた。
 ポルガラはなにも言わなかった。なにも言う必要はなかったのだ。その目がすべてを語っていたから。
 冬の〈風の海〉は嵐につぐ嵐に見舞われていたが、アローンの王たちはこぞってゲランの誕生を祝いにリヴァへやってきた。アンヘグ、チョ?ハグ、ポレン王妃。ほかにもおおぜいの友人や昔なじみが同行して、リヴァへついた。もちろんバラクがいた。妻のメレルも一緒だった。ヘターとアダーラが到着した。レルドリンとマンドラレンはアリアナとネリーナをともなってアレンディアからかけつけた。
 親になって以前よりその種のことに目ざとくなったガリオンは、友人たちの子どもの数にいまさらながらおどろいた。どっちへ行っても、赤ん坊だらけだったし、陰気な城塞の廊下には小さな少年少女のかけまわる足音や笑い声が充満しているように思えた。ドラスニアの少年王ケヴァとバラクの息子のウンラクはすぐに大の仲良しになった。ネリーナの娘たちはアダーラの息子たちとくすくす笑いながら際限のないゲームに興じた。見る者を振り向かせるようなレディに成長したバラクの長女グンドレッドは、若いリヴァの貴族の一団の心をさんざんかき乱したが、陰ではつねに赤ひげの巨漢である父がにらみをきかせていた。娘にいいよる若者たちをじっさいに脅したことはなかったが、その表情ははめをはずすような真似は絶対にゆるさないとはっきり物語っていた。グンドレッドの妹のかわいいデルジィは大人になる}歩手前にいた――おさない子どもたちとはねまわっているかと思うと、次の瞬間には、いつもあたりをうろうろしているリヴァの十代の少年たちの一団を悩ましい目つきでながめたりした。
 フルラク王とブレンディグ将軍は祝賀会のなかほどにセンダリアから船で到着した。ライラ王妃は心からのお祝いを述べてよこしたが、彼女自身は同行していなかった。「船に乗ることは乗ったんだよ」フルラクが言った。「ところがそのとき突風がふいて波が桟橋の岩にくだけちると、失神してしまってね。その時点で、妻は同行しないことに決めたんだ」
「それでよかったんですよ」ガリオンはうなずいた。
 ダーニクとエランドはもちろん〈谷〉からやってきたし、かれらにはベルガラスがつきそっていた。
 祝賀会は何週間もつづいた。宴会がもよおされ、客たちや、さまざまな友好国の大使たちによる贈物の贈与式がおこなわれた。そしていうまでもなく、旧交を温めあう昔話に花が咲き、酒樽がつぎつぎにからになった。セ?ネドラは自分と自分の産んだ幼子が注目の的であることから、すっかり気をよくしていた。
 通常の国務と祭儀のおかげで、ガリオンはほとんど暇なしだった。バラクやヘター、マンドラレンやレルドリンと一、二時間でいいから話がしたかったが、どうやりくりしても時間をひねりだせなかった。
 ところが、ある夜遅く、ベルガラスがかれをさがしにきた。老魔術師が書斎にはいってきたとき、ガリオンは読んでいた報告書から目をあげた。「ちょっと話をしたほうがいいんじゃないかと思ってな」老人は言った。
 ガリオンは報告書をわきへおしのけた。「無視するつもりはなかったんだよ、おじいさん」とあやまった。「でも毎日いそがしくって」
 ベルガラスは肩をすくめた。「さわぎはいずれおさまるもんだ。ときにおめでとうは言ったかな?」
「と思うよ」
「そうか。それじゃもう言う必要はないわけだ。赤ん坊のこととなるとだれもかれも大騒ぎだ。わし自身はあんまり赤ん坊に関心はないのさ。赤ん坊ってのはたいていぎゃあぎゃあ泣いて、おむつをぬらしているし、話しかけてもほとんど意味がないからな。飲んでもかまわんか?」ベルガラスはテーブル上の白ワインのクリスタルのデキャンターを指さした。
「もちろん。どうぞ」
「おまえも飲むか?」
「遠慮するよ、おじいさん」
 ベルガラスは酒杯にワインをつぐと、ガリオンとむきあって椅子にすわった。「王の仕事はどんなぐあいだ?」
「退屈だよ」ガリオンはうらめしげに答えた。
「現実には退屈なほうがいいんだ。色めきたつようなことになれば、おそるべきことが起きているという証拠だからな」
「そうだね」
「勉強してるか?」


 ガリオンはすばやく立ちあがった。「聞いてくれてよかった。祝賀会があんまり熱狂的なんで、大事なことをもうちょっとで忘れるところだったよ」
「ほう?」
「例の予言の写しをつくるとき、筆記者はどれくらい注意をはらったのかな?」
 ベルガラスは肩をすくめた。「相当慎重にやっただろうな。どうしてだ?」
「『ムリンの書』のぼくの写しからなにかが抜け落ちているような気がするんだ」
「どうしてそう思う?」
「意味の通じない文があるんだよ」
「おまえに通じないだけじゃないのか、勉強をはじめてからまだいくらもたっておらんだろう」
「そういう意味じゃないんだ。ぼくが言ってるのは、意味があいまいだということじゃない。つまりね、ある文章が宙ぶらりんのままとぎれているんだ。あってしかるべき終わりがないんだよ」
「文法が気になるのか?」
 ガリオンは頭をかいた。「そんなふうに中断しているのは、その文章だけなんだ。『しかし見よ、光の中心にある石が――』そのあとにインクのしみがあって、こうつづいている。『――そしてこの対決はもはや存在しない場所でおこなわれ、選択がなされるであろう』」
 ベルガラスは眉をひそめた。「聞きおぼえがあるような気がするぞ」
「前後がかみあわないんだよ、おじいさん。すくなくともぼくが読んだかぎりでは、最初のところは〈珠〉について語っているし、次の部分はある対決について語っている。あいだにあるしみの下にどんな言葉があるのかわからないけど、どうあがいて方法がわからない。なにかが脱落しているんじゃないかな。だから写本するときのことをたずねたんだ。原本を写した人が何行かとばしたってことはない?」
「そういうことはないだろうな、ガリオン」ベルガラスは言った。「新しい写本はつねに筆記者以外の第三者によって、原本とつきあわされる。そういうことについては、われわれはきわめて用心深いのだ」
「それじゃしみの下にはなにがあるんだろう?」
 ベルガラスは考えこむようにひげをしごいた。「はっきりと憶えておらんな。アンヘグがきとったな。かれならおぼえているかもしれん――あるいは、アンヘグがヴァル?アローンに帰ったとき、かれの写本からその部分を写して送ってくれるよう頼んだらどうだ」
「それはいい考えだね」
「わしなら気にはしないね、ガリオン。なんといってもひとつの段落の中のほんの一部分のことなんだ」
「あの古写本ではそのほんのひとつの段落にいろんな意味がこめられているんだよ。読んでみるとどれもこれも重要なことばかりなんだ」
「それほど気になるなら、とことん調べることだ。物事を知るにはそれがいいやりかたなのさ」
「全然興味ないの?」
「考えなくちゃならんことがほかにもいろいろあるんでな。このくいちがいを発見したのはおまえなんだから、それを世間に知らしめ、解決する栄誉は全部おまえにやるよ」
「あんまり頼りにならないんだな、おじいさん」
 ベルガラスはにやにやした。「わざとしているのさ、ガリオン。おまえももう自分の問題は自分で解決できる齢だ」かれはデキャンターをながめた。「もうちょっとあれをもらうとしようか」


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