時々眺める富士山

父とカメラ(4)

父は、カメラバッグにオリンパスペンFを入れて出かけることは多かった。それほど大きくないカメラバッグに、カメラ本体、交換レンズやアクセサリーをいれ、カメラバッグの外側に小さな三脚を結んでいた。何を撮影しているのかあまり知らない。

ヨーロッパやインドに出掛けた際も、持って行ったのだと思うが、撮影した写真を見せてもらったことはない。こちらも勤めており、それほど時間もなかった。

そのうち、父のカメラの技術も衰えていった。父は、毎年春に新入生の写真を撮影して、顔写真の入った学生名簿を作成していたようだ。ボランティアで多くの写真を撮影していたらしい。撮影、現像、焼き付け、名簿作成まで、父が行っていたらしい。ところが、あるとき、写真は撮影したが、忙しくて現像焼き付けをしている暇がないのでやってくれと頼まれた。写真屋に頼むことはできないといわれた。そこで現像してみると、できの悪い写真だった。

自然光で撮影されているのだが、教室の真横から太陽光が入り、椅子に座った学生の首から下に斜めに光が差し、顔の部分は露光不足になっていた。注意を少し払えば、このような写真を撮ることはないだろう。父の衰えを最初に感じた時だった。

1枚ずつ、首から下の部分を覆い焼きして、上半身の証明書写真を仕上げた。それでも、顔の部分の露光不足を完全には救済できなかった。その年以来、父は学生の写真を撮影するのをやめたようだった。

その後、父がカメラを手にしているのをほとんど見なくなった。家族の写真も撮らないし、撮影した写真を見せてもらったこともない。父はビデオはTV番組を録画するだけで、自分で撮影することはなかった。次第に、自分から体を動かす趣味は減り、TVを観る時間が増えていった。
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