昨年12月5日に、北里大学病院救命救急センターの堤邦彦先生が急逝されたそうですね。
勤務後帰宅途中のタクシー内での急な出来事だったそうです。
2ヶ月も経ってから知るなんて知るのが遅過ぎましたが、遅ればせながら哀悼の意を表したいと思います。
堤先生はもともと精神科が専門でしたが、昭和61年に勤めていた北里大学病院に救命救急センターが設立されると、自殺の患者さんがあまりにも多く運ばれてきた経緯から、全国でも例を見ない精神化専門の救命医となりました。
緊急措置後の精神的フォローまでしてくださるということで堤先生に救われた患者さんは大勢いたことと思います。
その功績はネットで検索しただけでも膨大な検索結果に当たりますが、一般の方にはドラマでの医療指導で、その名を見たことがある方が多いハズ。
2001年のTBS系ドラマ「白い影」での医療指導は特に見事でした。
その後も特にTBS系ドラマでは医療指導といえば、堤先生の名を見かけないことは無かったのではないかと思うほど。
最近では「世界の中心で、愛をさけぶ」、「いま、会いにゆきます」など。。
実はいま放送中の「輪舞曲」でも途中まで医療指導していたそうです。
これほど芸能界からの信頼も厚く、引っ張りだこだったにも関わらず、本業の方もきちんとこなされていて感服せざるを得ません。
堤先生については、↓のインタビューでよく知ることができます。
http://www.jotnw.or.jp/community/d_transplant/vol05/05_01.html
その考え方には、とても共感できました。
本当に残念です。
心から、ご冥福をお祈りします。
【追記(2007.09.12)】
2006年2月の記事投稿から現在まで、およそ1年7ヶ月。アクセス履歴等を見ても、毎日この記事にアクセスされる方が途絶えた覚えがありません。いまさらながらに先生の存在の大きさを痛感させられます。
しかし、先生の追悼文集も完成・配布され、先生に影響を受けた残された人々が先生を偲び、想いを語る場がないのも事実だと思います。この記事にも時々コメントされる方がいる程度ではありますが、多少なりともそんな皆さんのお力になれれば、記事を投稿した私としても嬉しいです。
google等のネット検索でも、比較的容易にこの記事にたどりつくようですので、先生を偲ぶ方が、一度はここに来る可能性はそれなりに高いと考えます。ですので、先生を偲んだり、同じ想いの方を探されている方は、この記事に気兼ねなくコメントを残してください。想いの吐露であったり、相互交流であったりと、掲示板のような使い方をされるブログコメントの使い方もいいんじゃないかと思います。
不定期にここを覗いていただいたり、書き込みの際に、ご自分のHPやブログのURLを残すなどしていただけると、他の方とのやりとりも可能になるかと思います。HP等がない方は私を通じて連絡をとるなどしていただいても構いません。双方の合意がとれることが大前提ですが、仲介役をするぐらいの協力はできると思います。
以上が私の考えです。皆さんが先生の教えや想いを胸に、前を向いて強く生きていくために、必要であればいつでも足跡を残していってください。
「日々のデキゴト」管理人MASH拝
勤務後帰宅途中のタクシー内での急な出来事だったそうです。
2ヶ月も経ってから知るなんて知るのが遅過ぎましたが、遅ればせながら哀悼の意を表したいと思います。
堤先生はもともと精神科が専門でしたが、昭和61年に勤めていた北里大学病院に救命救急センターが設立されると、自殺の患者さんがあまりにも多く運ばれてきた経緯から、全国でも例を見ない精神化専門の救命医となりました。
緊急措置後の精神的フォローまでしてくださるということで堤先生に救われた患者さんは大勢いたことと思います。
その功績はネットで検索しただけでも膨大な検索結果に当たりますが、一般の方にはドラマでの医療指導で、その名を見たことがある方が多いハズ。
2001年のTBS系ドラマ「白い影」での医療指導は特に見事でした。
その後も特にTBS系ドラマでは医療指導といえば、堤先生の名を見かけないことは無かったのではないかと思うほど。
最近では「世界の中心で、愛をさけぶ」、「いま、会いにゆきます」など。。
実はいま放送中の「輪舞曲」でも途中まで医療指導していたそうです。
これほど芸能界からの信頼も厚く、引っ張りだこだったにも関わらず、本業の方もきちんとこなされていて感服せざるを得ません。
堤先生については、↓のインタビューでよく知ることができます。
http://www.jotnw.or.jp/community/d_transplant/vol05/05_01.html
その考え方には、とても共感できました。
本当に残念です。
心から、ご冥福をお祈りします。
【追記(2007.09.12)】
2006年2月の記事投稿から現在まで、およそ1年7ヶ月。アクセス履歴等を見ても、毎日この記事にアクセスされる方が途絶えた覚えがありません。いまさらながらに先生の存在の大きさを痛感させられます。
しかし、先生の追悼文集も完成・配布され、先生に影響を受けた残された人々が先生を偲び、想いを語る場がないのも事実だと思います。この記事にも時々コメントされる方がいる程度ではありますが、多少なりともそんな皆さんのお力になれれば、記事を投稿した私としても嬉しいです。
google等のネット検索でも、比較的容易にこの記事にたどりつくようですので、先生を偲ぶ方が、一度はここに来る可能性はそれなりに高いと考えます。ですので、先生を偲んだり、同じ想いの方を探されている方は、この記事に気兼ねなくコメントを残してください。想いの吐露であったり、相互交流であったりと、掲示板のような使い方をされるブログコメントの使い方もいいんじゃないかと思います。
不定期にここを覗いていただいたり、書き込みの際に、ご自分のHPやブログのURLを残すなどしていただけると、他の方とのやりとりも可能になるかと思います。HP等がない方は私を通じて連絡をとるなどしていただいても構いません。双方の合意がとれることが大前提ですが、仲介役をするぐらいの協力はできると思います。
以上が私の考えです。皆さんが先生の教えや想いを胸に、前を向いて強く生きていくために、必要であればいつでも足跡を残していってください。
「日々のデキゴト」管理人MASH拝
検索できました。
ビックリしました。
亡くなってるなんて思ってなくて・・。
最近まで見てた感じがするのに。
スゴイ残念です。
堤先生の訃報、僕も聞いてびっくりしました。
しかもまともな情報が極端に少ないんですよね。
SHINYOさんは堤先生に憧れていたとのことで、僕なんかよりずっとショックだったと想像しますが、先生の考え方や遺志を少しなりとも受け継ぐことはできる立場なんじゃないかと思います。
そうやっていくことが、亡くなった方に報いる道なんでしょうね。
こんにちは。
そうですか、堤先生を直接ご存じでしたか。
どなたからも悪い評判が聞こえてこない、本当にすばらしい方だったようですね。
残念ながら私は写真ビデオ等は持っていませんが、各地で講演などされていたので、そういった関連に問い合わせれば何か手に入るかもしれません。
お力になれずにすみません。
意味で命の恩人だっただけに、職場の電話から
亡くなった旨を聞いた時は信じられません
でした。お通夜だけ参加したのですが、涙が
止まりませんでした。最近は夢に出てきて
くれるので、そのときは嬉しいです。
暇が出来たらお墓参りに行こうと思っています。
>Tさん
どうもはじめまして。テレビ番組「グータン」
で、堤先生がコメントをする回をいくつか
動画で持っています。お譲りする方法としては
どのようなものがよいのでしょう。
お墓参りに行きたいのですが場所が分かりません!
場所を教えてもらえませんか?
なるべくはやいうちに合掌したいと思っています。
安らかに…
私も場所はわからないので、もしNakazatoさんがまたここを覗いてくれるなら、その時に教えてもらえたらいいですね。
その後は私は准看護師の資格取り、少しでも堤先生に近づきたいと思い、自分なりに頑張って来ました。
最近は先生の姿を見る事は出来なくても、テレビでの医療監修でテロップが出ると先生も頑張っているのだから私も頑張らなくてはといつも思っていました。
たまたま今日、先生の名前を引いたら悲しい訃報を知り、号泣してしまいました。何で今頃知ったのだろうと遅すぎて悲しくなりました。
今の私は精神的に辛すぎるので気持ちが落ち着いたら、先生のお墓参りに行かせて頂きたいと思っています。
今は心からご冥福をお祈りさせて頂きたいと思います。