日テレのスッキリでコメンテーターの勝谷氏が珍しくまともなことを言っている。
テリー伊藤が示談で済ませた方が、と言う発言に対して金持ちだけが刑事被告人になることを避けられ貧乏人は監獄に入るのか、と至極全うなことを言っている。これに関してはテリー伊藤は間違っている。法治国家のシステム上、非があった場合にそれを免れる手を“裏”で済ませようとするのは間違っている。示談はことが大きくなってからするものではないと個人的にも思う。芸能人だから、不起訴処分にするために被害者、加害者(どちらかが一方的な加害、被害関係は成立していない場合もある)が警察聴取の段階で双方に取って、若しくは相手方にとって不利なことを言わないことを前提に示談に持ち込むと言うのはどうかと思う。朝青龍は今回不起訴になったそうだ。それは示談が成立しているからだと勝谷氏は説明している。それがどうも納得いかないらしい。
一般的な刑事罰の重さなどに対する国民感情と特定の有名人に対してのファン感情は異なる。ややもするとマスゴミはファン感情を前面に押し出すことがある。意図的でないにせよ、何ら理論的根拠のない形で街角インタビューのコメントをさもマジョリティかのように話す場合がある。これって完全に恣意的に決めている以外何ものでもなく、スポンサー絡みの報道スタンスを取る場合が大半だ。仮に興行主Sがスポンサーとなった場合に、特定俳優Aが登場すると収益が上がる場合にその俳優Aをフィーチャーしてポジティブに報道してくれと言われた場合にはディレクターが何を言おうとも、プロデューサーから言われたことを遵守するんだろうねぇ。報道各社で、サラリーマンの中でも気概のある人がいれば“正しいこと”を報道するんだろうけど、誰に取っての正しさなのか、考える間もなく決まるんだろうねぇ…。
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