![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/8d/25261c17606f5415caeb9066a243058e.jpg)
”対馬の母”は 正確に言うと 友人(同学年)の母である。
その友人は若くして(49才)で亡くなり、以後、自分を息子の代わりと可愛がってくれ、また私もその友人の代わりと今までずっと”母”として今日まで接して来ております。
盆・暮れは勿論、母の日など お互い 実の母と息子のようでやり取りもしておりますが つい先日、電話すると、今にも途切れ途切れのか細い電話の声である、早く私に会いたいねと言う、これは大分 体調も弱っているなと直感、矢も楯もたまらず、急遽 対馬へと飛んだ。
今まで母が割と元気だったこともあり、それこそ、仕事や諸々の理由づけのせいにして、 その間 福岡や私宅では何回か会う機会も有ったりしながら実に対馬へは15年ぶりでした、博多から 対馬行、ジェットホイルにて出航です
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/55/69390b5cc51b186649b0f03474a7c49e.jpg)
途中の博多湾、玄海島
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/29/189c221ebde00e7d94649aab17f4616b.jpg)
2時間ちょっとで対馬の玄関口 厳原港へ到着。対馬の 八幡宮神社前
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/24/6b057500ac3d1bf67b2d67b5e141939f.jpg)
レンタカーにて ”母”の住む 上県町へ北上、途中の上島と下島を結ぶ <万関橋>と満開の桜
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/b9/c4c74064cbfedb820156f4c0fbcc5d47.jpg)
1時間余りで、長い間、一人暮らしを続けている ”母”の元へ到着、昔からちっとも変わらない、ちっちゃな家です。一体なにからはなせばいいのかお互い胸一杯になって 言葉にならない・・・ようやく落ち着いて 母が同じこと何度も言う、”よう来てくれた””よう帰って来てくれた””と。
村の近所の知り合いたちも集まってきてくれて よう帰って来たね!と次から次へとて手を握って離さない。すっかりのご無沙汰の詫びる言葉も村の方々は言う。私が 息子代わりになって接していること全部しっていますので、92才になった対馬の母がまた しっかりしている内、まだ会話が成立するうちに、私が 帰ってきてくれたこと、ことのほか喜んでくれます。
ああ やっぱり母に会いに来てよかった”そして 田舎はいいなあ~対馬はいいなあと こころからそう思うことでした、”草場の影”で友人もきっと喜んでいることだろうと墓前に手を合わせてようやく気持ちも落ち着いてきた。
対馬の母の家の前 海べの風景 小さな漁港です
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/76/26002a946ee179af17a9fc4cc1dcbe83.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/bd/9b892f7ad802810ce81356a8d542af7e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/d8/87713f8435218986b1cac933895a4e3f.jpg)
溜まりに溜まった 話も尽きないが、また明日も有るからと。
翌日、近所の旧知の方が 田舎は何もないが せっかくだから、今ちょうど、水源ダム湖の櫻が満開で見ごろだから案内しようと、言ってくれる。母も一緒にと誘うと、いつもは車の乗り降りで迷惑かけるから固辞するらしいが今日は 私がいるから安心と手間かけるねと言いながら車に乗って出かける。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/8b/ddfbede9583285f3d4e8a54695064e8b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/df/3a34aae0d65b7c49072d980db44187f8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/73/59d470d400f2585db370cd5099dc74a8.jpg)
折しもちょうど満開の時です、母は車の中から、何度も綺麗ね!と連発、自分の心の中ではもうこれが母との最後の花見かもと思いつつもそれから少しドライブです。今盛りと咲く 正真正銘の<玄海つつじ>、古来から 対馬の険しい海岸線に沿って咲くと言う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/e9/98a23ff703c51a61fa7db66d7ff9c722.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/2b/e9c8b76fd61993c399764b9759a40d5f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/bd/f7b49b7fa80cb201b75cbba437899c71.jpg)
韓国展望所へも。もちろん 母は 階段も歩けないので 、私には行っておいでと、ここも車の中から喜んでいた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/46/4d2b672a5c87b7412878b497e7fd307e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/fa/59beed89b4c6e2873e45a064a31f575f.jpg)
連休の頃には ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃの花)で真っ白になる入り江(鰐浦集落)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/3f/7747017d8719e660221b38930c2e5dac.jpg)
ここは 栗島(自衛隊国境レーダー基地)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/86/69cbe77b8ff4f1ff3fea378200627fef.jpg)
途中 スミレが見事 タチツボスミレ?でしょうか
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/32/b84f179b8b0e860e5ee412084571f7eb.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/46/3b9d36059d324da8c8c688edcadadbc9.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/cc/e1696508577595d208a7c641ce5d7af6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/78/8fb99511911c01ebaf6f17390ff1cea6.jpg)
もうこの付近一帯すごい群生
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/b8/b8974c9cd4ba2702c7783dbc103a64c8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/bb/5bf9788ecafccbe7b9df93171409af76.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/53/14ae5ab802e26f11c5f785c50bf602ed.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/86/7390087a0d74e4c32be231b30c9a9238.jpg)
お隣 K国からの観光客が遊んでいる
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/5c/59cf165ddc6f867875517b1aa41edc28.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/a2/49e95680861cb6f902b05b0dc1185c3b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/e7/834eec32acbb2f8d5658adb4fadf3db3.jpg)
母も車で 疲れるので今日は午前中でドライブは終わり、午後からは自分一人で また懐かしい場所へドライブに出かける
これは対馬独特の<高床式>の食料倉庫、険しい山に囲まれた対馬は 平地が少なく稲作がほとんどできない土地がら、日ごろから食料の確保は生きるためのすべてであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/b2/5464ab467f5272d594376d899e3ce7db.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/5c/b07ae533e29b1f1d0fc652a4a07eb2c5.jpg)
これは 対馬特有の 石屋根の建物、昔は住居もこれで作られていた、対馬は瓦焼く粘土の土がなく、この平たい石を利用して屋根瓦に用いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/ec/27060bf5e9faaec7f3ea3077ec093309.jpg)
それから 対馬でも南向き東向きエリアは比較的温暖である地域。今の時期は ヒトリシズカの花の大群生は普通に見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/88/b8277c0fcb59c984b6f2c987c622f933.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/d7/8f8d04fe04b157bd805c52bc546c048e.jpg)
特に、ここら付近は延々と。杉の林床にはとにかく群落がすごいです
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/db/65a97f0fd076c5914c6b703b96d57a33.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/49/0226589eef0b17a744a8a7ddb952e696.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/9b/51313f5cdf7247cf575563de4d07e3fa.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/18/093393ac904e9d36f4f5a6108a43f353.jpg)
すべてヒトリシズカの花&花、もう珍しくもなんもない。さあ 急いで帰宅すれば今回は対馬の母とも今宵が最後です、またまた話は尽きないが・・翌日はもうお別れです。
母も もうこれが最後かもねと手を握って離さない、辛い別れの時です。自分も多分 その日、その時は間に合わない覚悟だけはしているつもりでも母の泣き顔みると本当につらい。
何度も何度も抱き合って、もう時間だからと振り切って別れてきました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/d3/1e6a1d237f649fb9329f3881f7a18a60.jpg)
涙でぼやけた、かすんだ目を気にしながら 厳原へ帰路につく。
ここは対馬の母の家の前の風景
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/c1/1480d596f2de02b96a282d2850578053.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/61/91ee73281b7501ea28977f7400c13412.jpg)
ここは対馬・厳原港
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/88/73499b99670586a0add4cc7b36b56935.jpg)
丁度 韓国からの 国際高速船の到着でした。毎日 ほぼ2000人以上が対馬を訪れているそうです
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/64/52359b02e6691cd3312f9c70c7f3aaa3.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/10/4bc9c65698e455d221b1f1be457af014.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/13/06d4b9ab187f67f8323cfe84ede39db8.jpg)
こうしてまたにぎやかな観光客の喧騒が始まる一日です。
対馬の素朴な人情と ”対馬の母”の存在、血縁こそないが 私の心の中では二人の母の重きは同じです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/2b/3a16b41d574a89d196c35162d3dddbf1.jpg)
”対馬の母”と記念写真 年取った、ばあさんの顔を撮らんでと言いながらも写真に納まる 母でした。
仕事に名を借りた ご無沙汰・・・全く歌の通りですが もう少しの間元気でいてほしい!!、もう少しの間でいいから~~
その友人は若くして(49才)で亡くなり、以後、自分を息子の代わりと可愛がってくれ、また私もその友人の代わりと今までずっと”母”として今日まで接して来ております。
盆・暮れは勿論、母の日など お互い 実の母と息子のようでやり取りもしておりますが つい先日、電話すると、今にも途切れ途切れのか細い電話の声である、早く私に会いたいねと言う、これは大分 体調も弱っているなと直感、矢も楯もたまらず、急遽 対馬へと飛んだ。
今まで母が割と元気だったこともあり、それこそ、仕事や諸々の理由づけのせいにして、 その間 福岡や私宅では何回か会う機会も有ったりしながら実に対馬へは15年ぶりでした、博多から 対馬行、ジェットホイルにて出航です
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/55/69390b5cc51b186649b0f03474a7c49e.jpg)
途中の博多湾、玄海島
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/29/189c221ebde00e7d94649aab17f4616b.jpg)
2時間ちょっとで対馬の玄関口 厳原港へ到着。対馬の 八幡宮神社前
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/24/6b057500ac3d1bf67b2d67b5e141939f.jpg)
レンタカーにて ”母”の住む 上県町へ北上、途中の上島と下島を結ぶ <万関橋>と満開の桜
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/b9/c4c74064cbfedb820156f4c0fbcc5d47.jpg)
1時間余りで、長い間、一人暮らしを続けている ”母”の元へ到着、昔からちっとも変わらない、ちっちゃな家です。一体なにからはなせばいいのかお互い胸一杯になって 言葉にならない・・・ようやく落ち着いて 母が同じこと何度も言う、”よう来てくれた””よう帰って来てくれた””と。
村の近所の知り合いたちも集まってきてくれて よう帰って来たね!と次から次へとて手を握って離さない。すっかりのご無沙汰の詫びる言葉も村の方々は言う。私が 息子代わりになって接していること全部しっていますので、92才になった対馬の母がまた しっかりしている内、まだ会話が成立するうちに、私が 帰ってきてくれたこと、ことのほか喜んでくれます。
ああ やっぱり母に会いに来てよかった”そして 田舎はいいなあ~対馬はいいなあと こころからそう思うことでした、”草場の影”で友人もきっと喜んでいることだろうと墓前に手を合わせてようやく気持ちも落ち着いてきた。
対馬の母の家の前 海べの風景 小さな漁港です
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/76/26002a946ee179af17a9fc4cc1dcbe83.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/bd/9b892f7ad802810ce81356a8d542af7e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/d8/87713f8435218986b1cac933895a4e3f.jpg)
溜まりに溜まった 話も尽きないが、また明日も有るからと。
翌日、近所の旧知の方が 田舎は何もないが せっかくだから、今ちょうど、水源ダム湖の櫻が満開で見ごろだから案内しようと、言ってくれる。母も一緒にと誘うと、いつもは車の乗り降りで迷惑かけるから固辞するらしいが今日は 私がいるから安心と手間かけるねと言いながら車に乗って出かける。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/8b/ddfbede9583285f3d4e8a54695064e8b.jpg)
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/73/59d470d400f2585db370cd5099dc74a8.jpg)
折しもちょうど満開の時です、母は車の中から、何度も綺麗ね!と連発、自分の心の中ではもうこれが母との最後の花見かもと思いつつもそれから少しドライブです。今盛りと咲く 正真正銘の<玄海つつじ>、古来から 対馬の険しい海岸線に沿って咲くと言う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/e9/98a23ff703c51a61fa7db66d7ff9c722.jpg)
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/bd/f7b49b7fa80cb201b75cbba437899c71.jpg)
韓国展望所へも。もちろん 母は 階段も歩けないので 、私には行っておいでと、ここも車の中から喜んでいた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/46/4d2b672a5c87b7412878b497e7fd307e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/fa/59beed89b4c6e2873e45a064a31f575f.jpg)
連休の頃には ヒトツバタゴ(なんじゃもんじゃの花)で真っ白になる入り江(鰐浦集落)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/3f/7747017d8719e660221b38930c2e5dac.jpg)
ここは 栗島(自衛隊国境レーダー基地)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/86/69cbe77b8ff4f1ff3fea378200627fef.jpg)
途中 スミレが見事 タチツボスミレ?でしょうか
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/32/b84f179b8b0e860e5ee412084571f7eb.jpg)
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/78/8fb99511911c01ebaf6f17390ff1cea6.jpg)
もうこの付近一帯すごい群生
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お隣 K国からの観光客が遊んでいる
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/5c/59cf165ddc6f867875517b1aa41edc28.jpg)
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母も車で 疲れるので今日は午前中でドライブは終わり、午後からは自分一人で また懐かしい場所へドライブに出かける
これは対馬独特の<高床式>の食料倉庫、険しい山に囲まれた対馬は 平地が少なく稲作がほとんどできない土地がら、日ごろから食料の確保は生きるためのすべてであった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/b2/5464ab467f5272d594376d899e3ce7db.jpg)
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これは 対馬特有の 石屋根の建物、昔は住居もこれで作られていた、対馬は瓦焼く粘土の土がなく、この平たい石を利用して屋根瓦に用いた。
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それから 対馬でも南向き東向きエリアは比較的温暖である地域。今の時期は ヒトリシズカの花の大群生は普通に見られる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/88/b8277c0fcb59c984b6f2c987c622f933.jpg)
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特に、ここら付近は延々と。杉の林床にはとにかく群落がすごいです
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/db/65a97f0fd076c5914c6b703b96d57a33.jpg)
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すべてヒトリシズカの花&花、もう珍しくもなんもない。さあ 急いで帰宅すれば今回は対馬の母とも今宵が最後です、またまた話は尽きないが・・翌日はもうお別れです。
母も もうこれが最後かもねと手を握って離さない、辛い別れの時です。自分も多分 その日、その時は間に合わない覚悟だけはしているつもりでも母の泣き顔みると本当につらい。
何度も何度も抱き合って、もう時間だからと振り切って別れてきました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/d3/1e6a1d237f649fb9329f3881f7a18a60.jpg)
涙でぼやけた、かすんだ目を気にしながら 厳原へ帰路につく。
ここは対馬の母の家の前の風景
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/61/91ee73281b7501ea28977f7400c13412.jpg)
ここは対馬・厳原港
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/88/73499b99670586a0add4cc7b36b56935.jpg)
丁度 韓国からの 国際高速船の到着でした。毎日 ほぼ2000人以上が対馬を訪れているそうです
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/13/06d4b9ab187f67f8323cfe84ede39db8.jpg)
こうしてまたにぎやかな観光客の喧騒が始まる一日です。
対馬の素朴な人情と ”対馬の母”の存在、血縁こそないが 私の心の中では二人の母の重きは同じです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/2b/3a16b41d574a89d196c35162d3dddbf1.jpg)
”対馬の母”と記念写真 年取った、ばあさんの顔を撮らんでと言いながらも写真に納まる 母でした。
仕事に名を借りた ご無沙汰・・・全く歌の通りですが もう少しの間元気でいてほしい!!、もう少しの間でいいから~~
写真を拝見して記事を読んで、
お米が作れないとか瓦の粘土がないとか…
初めて知りました。
大きな島だから、 普通に天草のような島を想像してました。
ちょっと衝撃です。
対馬のおかあさん、お喜びだったですね。
ひとつ
ひとつ
しっかり胸に刻まれたことでしょうね。
桜もすごいな、と眺めたら
スミレもすごくて(なんか花びらが変わってる、ペタっと塗ったみたいな)
ヒトリシズカも…なんかデカい
とか眺めました。
記事を読んで一度は行ってみたいと思いました。
年老いた 対馬の母、もう92歳になりました、いつどんなことになってもおかしくありません。
病院のベッドで私のことも認識できないようになってからでは遅いと急遽 飛んで行ってきました。
お蔭様でまだ暫くの間、なんとか頑張ってくれそうでもう安堵して帰ってきました。
>一度は行ってみたいと思いました。
それはそれは有難う、じつにいい島ですよ。花も 対馬ダンギク、など固有種も結構多いです。自分はほぼ隅々まで知っていますので案内してあげたいぐらいです。
優しさとは何か深く考えさせられました。
対馬のお母さん、とっても幸せだと思います。
対馬の自然も素晴らしそうですね!
ご友人のお母さまとは・・・
山帽子さんの優しさが胸に染み入ります。
お母さんが我が息子のように思われるという事は山帽子さんのお人柄そのものでしょう。
>”よう来てくれた””よう帰って来てくれた””
お母さん、お会いして嬉しかったんですね。
胸が熱くなりました。
お話も出来てドライブにも連れて行くことが出来て、親孝行できましたね。
私も母たちの遺影を前に改めて感謝の気持ちを持ちました。
対馬の風景や生活や自然にも触れることが出来た気がします。ありがとうございます!
そして桜、スミレ、ヒトリシズカの花より何より、山帽子さんの心を美しく感じました。
対馬のお母様がどんなにか喜ばれたことでしょう。
「よう、帰ってきてくれた」の言葉が胸に沁みました。
私もまた対馬に行きたくなりました。
山帽子さんの思い出のふるさとだったんですね。
風景を思い出すとともに、山帽子さんのお人柄が心に沁みました。
お元気なときにお会いできてよかったですね。
対馬はほんとにいいところです。
景色、人情はこれはもう素晴らしいです
なんせ”母”は高齢ですのでいつまでこうして会話できるかわかりませんが 思うことは
もう少し長生きしてほしいです。
実母もそうでしたが、まるで真の親子のように可愛がってもらいました。
海に囲まれた島ですから四季折々、まあ
もういいよ”と言うぐらい、海産物も送って
くれます。
そんな気丈な母でしたがさすがにここに来て
身体も思わしくなくなって参りました。
泣かれるとそれに別れが辛くて~^ですね。
箱さんたくもお母さまを見送ったばかりですよね。
自分にはもう心の支えの母ですから~~
ずっと一人暮らしの長い母で気丈でしたが 寄る年には勝てずここんところめっきり気弱になってきて心配が募ります。
もう少し、もいいっとき元気でいてほしいです。