NAECO/気がつけば二人旅(笑)

2011年4月5日から中国~インドを周遊♪

ポカラへの遠い道のり・・・

2011-05-27 16:03:10 | 日記
ネパールでは、悉く万事上手くいった試しがないかも・・・。

そういっても過言で無いほど、次に目指したポカラへの道のりも果てしなかったです。

ジリの公共バスで散々怖い思いをしたこともあり、多少の値が張ったとしてもここは安全を優先させよう!ということで、ポカラまではツーリストバスを手配することにしました。


しかし、何故かツーリストバスと名乗っている私たちの乗ったバスには、現地人がほとんどを占めていました。

?と思いつつも、とりあえず気にすることなく出発することは出来たのですが・・・。



カトマンズから半分過ぎたあたりの村から、何か様子がおかしいのです。。


またしても、バンダ(強制ストライキ)が、行われていたらしく、村人たちが通行するバスを片っ端から通せんぼするではありませんか!?


しかも、私たちの乗客のほとんどがネパール人であった為に、どのバスよりも通せんぼの時間が長く、ネパール人は全員バスから降ろされていました。。


私たちは始め、訳がわからなかったことのストレスと、ツーリストバスなのにこんな目に遭うことの不条理さをどこにもぶつけることができず、終始雄ちゃんに向かって毒を吐き続けてしまいました。。。

もう、ポカラまであと一歩といった所でもおかまいなしにバスは止められ、変な演説を聴くことを、ネパール人たちは強制されていました。

極めつけは、降ろされたネパール人たちを置いてバスが走り出し、6キロ離れた場所で、彼らを待ち続けることになったのです。

中には、まだ幼い子どももいましたが、関係なく炎天下の中を歩いてバスのところまで行かなくてはならなかったのです。


待ち続ける私たちも辛いですが、関係ない人まで巻き込んで行われるストライキの意味が全く解りませんでした。

ただボーっと待ちつくす姿にも腹が立ってきて、バスの運転手に迎えに行け!と突っかかってみましたが、全然ダメでした。

おかげで、予定していた時間よりも大幅に遅れてポカラに着きました。


やー、しんどかった・・・。


強制ストライキは、ポカラにいる間もまたありました。もはやストライキという名の休日のようなものです(--;
だって、週に一回はやってるんだもんなーー。


何を訴えているのか、何がしたいのか、ネパール人の考えていることはさっぱり分かりませんでしたが、こんなに旅のしにくい国だということを、今回を以って実感することになりました。


当分、ネパールはいいかも。。



旅の今後

2011-05-26 19:52:24 | 日記
山登りでは私達二人、いろんな日本人旅行者に出会いました。

一人は、25歳の好青年フォトグラファーで、来月からアメリカ留学を控えている卯紋ちゃん。
知的な雰囲気の漂う素敵な男性でした。彼とは、カトマンズに戻ってからも再会を果たすことが出来、3人でチベット料理のお店に行くことが出来ました。いつ見ても、雄ちゃんとは対照的で爽やかな男性です(笑)

もう一人は、大学を休学して世界一周をしている22歳の、これまたイケメンの小沢君。エネルギッシュで、未来が眩しい男の子です。
汚い私達の部屋に、20代の男子が3人、将来について語り合っている姿は本当に微笑ましい光景だなと思いました。

あー、あと3才若かったらな。。なんて思いつつ…

また、雄ちゃんをエベレストBCに送り出す日に出会った男性は、75歳で初海外登山を遂げていた広島在住の眼科先生でした。偶然入ったレストランで、まさかのご近所さん。しかも、同業者であったため、感動はとても大きかったです。

そして、帰り道にすれ違った60代の男性は、エベレストBCでマラソン大会に参加すると言っていました。


他にもさまざまな日本人に出会いながら、いろんな形で旅をしていることに刺激を受け、カトマンズに戻っていくこととなりました。



そろそろ、私たちも次の旅に進むため心の準備しなくては。

お互いが自分らしく旅を続けることの重要性を感じ、そのための決断を下す日が迫っていることを感じました。


カトマンズに戻り、翌日。
雄ちゃんを卒業することを決断し、宿を出ました。

しかし、いざお別れしてみると本当に寂しくて、悲しくて、半日泣き暮らす結果となりました。

どこを歩いても、何を見ても、何を食べても、全てが色褪せた世界のように感じてしまい、何だか本当に変な感じでした。


雄ちゃんが心配して探し出してくれて、結果的にはインドまで一緒に旅を続けることを話し合いました。


もう少し、二人旅を続けていくことになりそうです。








trecking

2011-05-19 17:19:15 | 日記
山登り


トレッキングで出会った人々を写真に収めました。

山を進むほどに、純粋で心の優しい村人に出会えたような気がします。


大変な道程でしたが、それだけ充実した思い出を作ることができてよかったです。


私たちは、お金を節約するため、旅行中はほとんどホットシャワーは使わず、川で体を洗ったり、洗濯をしてました 笑

ナムチェでも、普通に川に行って、雄ちゃんはパンツ一枚で飛び込んでいきました。

多分、後にも先にも川で体を洗っている日本人はいないでしょうね。。。

バカと天才は紙一重?

2011-05-19 16:29:30 | 日記
つくづく、雄ちゃんは並大抵な男ではないと思っていましたが、トレッキングを通してその凄まじさを実感することとなりました。




ナムチェは、標高3500mに位置するエベレストの麓にある村でした。

ここを拠点に、人々はエベレストベースキャンプや、いろんなヒマラヤの山の麓まで更なるトレッキングを続けていきます。


当然、私としては9日も山を歩き続けてきたので、ナムチェをゴールとして、エベレストBCに向かう雄ちゃんが戻ってくるのを待ち続けることにしていました。

予定としては、7日か8日。ベースキャンプに行って戻ってくるための標準的な日数です。

本来であれば、ナムチェに到着した時点で高所適応の為、2日ほど休息してから出発しますが、ヤクステーキを食べてエンジン全開な雄ちゃんは、到着した次の日から早々とエベレスト目指して歩き出しました。


その間、ひたすら待ってる私。


これが、なかなか大変で・・・。


というのも、ナムチェはさすがに物資に関しては、飛行機やヘリを利用している分充実した大きな村でしたが、とにかく物価が高い!


カトマンズの3から4倍はくだりません!

しかも、ネットの料金は10倍以上だったので、30分するだけでも、異常な料金を取られてしまうのです。


食べ物も飲み物も高いし、ネットはできない・・・。


山は美しくきれいですが、これが拝めるのも朝の5時から9時過ぎころまでです。


ほんとにやることがなくて退屈で、お金はかかるは・・・。どうなっとんじゃ!!ってなものでした。


だから毎日、ほぼゲストハウスに籠もっては音楽を聴いて、昼過ぎに外出しながら、日本人がいないかどうか探しに行くような生活で、ほとんど眠った状態が続くのです。


ひたすら毎日、地図を目の前にしては、雄ちゃんが今どこにいるか想像しながらグータラしてました。


そんな日が続く4日目。。


いつものように、宿のおばあちゃんの朝ごはんを頂いて、午前中の昼寝?をしていました。。


もうウトウトして来たなぁ・・と思ったら、ドアをたたく音が・・。



??????


物価が高いので、食費も抑えて食べないようにしていたので、おばあちゃんが昼飯のオーダーでも催促してきたのかな?なんて思ったので、

無視しちゃえ!




でも、またしても扉を叩いてくるのです。


めんどくさいなーと思いつつも、返事をして寝ぼけ眼でドアを開けると、


そこに雄ちゃんがいました!!!!!!



一瞬、訳がわからず、理解することさえできない状態でした。


でも、頭を回転させてよぎったのは、高山病です。
まさかの途中下山では・・・!!!


「雄ちゃん!?エベレストBC行かれんかったん!???」

「違うわ、行ってきたわ!」



まさかの4日でBCからの生還!

高所適応もすることなく、3日で登って、たったの1日でナムチェまで下山してきたのです!!!


荷物をもつポーターも雇わず、ガイドもなしに一人で行って、何人もの欧米人を抜きまくっては、挙句にベースキャンプまで半ズボンで登ったというではありませんか!?


もう、話を聞くだけで驚き呆れる展開ですが、当の本人は満面の笑みを浮かべて話を続けていました。



「俺、天才だもん!」



やー、もぅほんとにバカとしか言いようがありません。


でも、そんな雄ちゃんが面白すぎて笑えます。






雄ちゃん、エベレストB.Cへ

2011-05-17 00:49:03 | 日記
とりあえず無事にナムチェに到着でき、翌日5月10日には雄ちゃんがベースキャンプに向けて出発しました。

ずっとふざけて馬鹿なことしかしてませんでした。

山に向かって大好きな宮崎あおいちゃんを叫んでる雄ちゃんがいたり。

妄想をふくらませながら、いろいろストーリーを作りながら馬鹿話してみたり、くすぐりっこしたり、ケンカしたりほんとにいろいろです。

だから、いざ離れてみると雄ちゃんの存在の大きさに気づかされ、一人で過ごす時間が異常に長くて寂しいものに感じてしまいました。


一人旅だったはずが、いつのまにか二人で旅してきたんだなって改めて実感することとなりました。



そんな風にできたのも、雄ちゃんの人となりでしょうか。

雄ちゃんのすごい所は、どんなことでも肯定的に物事を捉えるところにありました。だから、このトレッキングが、私にとっては大変な旅になろうとも、彼の大丈夫という一言と、絶対に連れて行ってあげると言ってくれた言葉があったからでした。

雄ちゃんの言葉だから、素直に信じて出発することが出来たのだと思います。


彼に出会えたこと自体、私にとっては全てにおいて新鮮で、刺激的で、ひとつの試練のような気がしてなりません。

二人一緒に死にかけて、二人で70キロあまりの山道を歩きとおしたこと、今まで体験したことのない世界を見せてくれました。


本当に感謝の気持ちでイッパイです。