すでに、先発した仲間たちの姿は見えない。私の旅友だちの足取りは確かで、速い。ところが、私の歩みは遅々・・・もう一人、私よりも苦しそうな仲間がいた。途中、馬車の折り返し地点まで来た時、私は決断した。私にはもう追いかける体力がないので、ここで引き返すと、旅の相棒に伝えた。驚く彼女に、あなたはこのまま、先を急ぎなさいと遠ざかる彼女の後姿を見送った。もう一人、山歩きに苦しんでいた仲間は私の決断にホッとしたようだった。
呼吸をしばし整えてから、馬車の御者にふもとまで降りたいと願い出た。行きは6ユウロと聞いたが、帰りは3ユウロの半額料金だった。馬車は中に乗り込んでもいいし、フロントでもいいよと御者は言った。もちろん、フロント!と答えて、私は御者の隣りに座った。馬車を引っ張るのはがっちりした2頭の馬だ。馬のお尻が力強く揺れている。馬車に揺られながら、先に、出発地点へ戻っていると、旅友だちに携帯メールを送信した。
ノイシュバンスタイン城を訪れた人々が城内を歩き、再び、山を下って来る時間を想定して、それまでの時間、近くのホテルのカフェテラスで珈琲を飲んだ。熱い珈琲で身体の隅々まで温もるのがわかる。さて、そろそろ戻ったほうがいいかなと、ホテルを出たとたん、山道を突っ走って降りてくる人がいる。ウワーッと思わず声をあげた。私の旅友だちである。どうしたの?お城へは行かなかったの?と尋ねる私に、あなたのことが心配で、一足先に、城から飛びだして来たのよと、彼女は言った。驚愕!なんて凄い体力だろう。馬車で山を降りると携帯メールを入れたけどと言う私に、残念無念。彼女はメール着信に気づかなかったそうだ。
ノイシュバンスタイン城を訪問できなかったのは少しだけ、心残りだけど、あの馬車体験は面白かった。御者と交わした言葉のきれはしで分かち合う共感とか、カフェテラスのカウンターで、見知らぬドイツ人カップルと言葉をかわすというより、単発的な会話とジェスチャーで誘った大爆笑が今、鮮やかな記憶に残っている。体力不足は残念だけど、無理なら、無理と立ち止まる意思を伝えたのはよかったと思う。そのため、旅友だちにかけた不安は失礼だったと深く反省はしているけれどネ。彼女が撮影したノイシュバンスタイン城の写真が届いた。やっぱ、行きたかったなあ。
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ここはルードウィッヒ2世(ビスコンティの映画
ではヘルムート・バーガーが演じた)の城です。
私にとっては、幻のノイシュバンスタイン城!