11月の末に妻と二人で母の所へ行ってきた。
老人ホームへ行くときは、いつも裏の畑のほうから入っていく。
その日は5人ほどの工事関係者が、裏口の近くのちいさな空き地にいた。
気にも留めず歩いていくと、一人の人から
「木が倒れますから、気をつけてください」と声をかけられた。
空き地を見ると、大きな杉の木をチェーンソウで切っていた。
その木の倒れる方向を誘導するために、車からワイヤーで引っ張られていて、
わたしたちの数メートル先の道路をそのワイヤーが横切っていたのだ。
すぐに倒れるとのことだったので、立ち止まって事の成り行きを見守ることにした。
ほどなく、杉の木は軋みとともに倒れはじめた。
しかし、隣にあったほかの木にもたれかかリうまく倒れてこなかった。
ワイヤーが取り去られるのには時間がかかりそうだったので、
空き地を大回りして先へ進み施設へと向かった。
その日は、数日前に施設の担当者の方から連絡があり、承諾書にサインをすることになっていた。
最近は、体調が以前ほどは思わしくなく、入浴中に吐いたり、下血があったりするとのことで、
母のもしもの場合の処置についての確認を求められた。
最期は家で看取るか、延命の措置は行うのかなどの内容だ。
延命の措置は必要ないこと、最期まで施設でよろしくお願いしますとのことを伝えた。
その日の母は、ときどき目を開けてはいたがまどろんでいた。
看護の担当の方がこのところの状態を説明してくれた。
下血のことがあったので、発熱はあるのかと聞いてみた。
「ちょっとあったのですが、今は平熱に戻っていますよ」
といいながら、母の首元に手をあてた。
母は、少し顔を顰めちいさな唸り声を上げた。
わたしも、首元に触れてみたが、いつもと同じ冷たい感じの皮膚だった。
説明を終り担当者の方は仕事に戻っていった。
母が目を開ているときに、
「12月に入ったら、久しぶりに長崎に行ってくるよ。
オヤジの墓参りもしてくるけんね」と話しかけた。
帰りに先ほどの空き地を通ったら、木は倒れていて人影もなくなっていた。
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