石ころ

とこちゃん


うさぎのとこちゃんは8年私たちと生きた。庭に放していたので時々逃亡したけれど「とこ!行ったら怖いよ。ハウス!」と呼ぶと、立ち止まって耳を立て一目散に走ってきた。お隣のご主人は「うちの孫より賢いな」なんて感心してくださったこともあった。そのお孫さんが大好きでよく一緒に遊んでいた。足にまとわりついたり、上手に少しの間隔をあけての追いかけっこや、手から葉っぱをもらったり。

誇り高いうさぎだった。我が家で彼女が一番毅然としていた。おやつの麦だってこぼしたものは決して食べず、ちゃんと器に入れたものだけしか食べない。あまりからかっているとプイと後ろ向いてしらんふり。

浄化槽の掃除に毎年来ていたお兄さんは、とこちゃんが死んで3年も経つのに、今年も「あのうさぎ可愛かったなあ」と話していく。好奇心が強くてなんでも見に来た。作業をしていると側に寄ってきてまとわりつく、私も足を踏みそうになって「とこ!邪魔だよ」と何時も言ったね。ゴボウを持ってきてくれるおばちゃんの声は特に良く覚えていてすっ飛んで来た。

庭に出て行きたがらなくなったと思ったら 、突然後ろ足を引きずって這うようになった。病院に連れて行った時、先生が驚くことを言われた「この子妊娠していますね」「それはないと思います」「ああ、それでは想像妊娠でしょう、うさぎにはあることです」

懸命な庭掘り、そして小枝を運んできて、わらを運んできて、苔をむしってきて、体の毛を抜いてせっせと穴に運んでいたのは巣作りだったのかと思い当たる。そんな作業中あまりに一心不乱で、庭を掘られては困るけれど、誰にも逆らえないような気迫があった。

骨の異常はなく怪我はないので、点滴を続けつつ抗生物質を与えて様子を見るということで、帰ってからも抗生物質をスポイドで毎日、何度も無理に飲ませる。だんだん抵抗しなくなったけれど元気をなくしていった。

ある日、夕食の準備で目を離している間に、利かない後ろ足は血まみれになっていて私は悲鳴を上げた。病院で手当を終えて帰ってきたが、首に巻かれたエリザベスが気に入らなくてゲージに頭を打ち付けるので、それを取り外して抱いていることになった。なぜ足を噛んだのか私には直ぐに分かった。利かない足に気の強い彼女はかんしゃくを起こしたのだろう。目を離すと足を傷つけるので遅くまで代わる代わる抱いていた。

そんな私たちの気持ちが分かったのか、足を噛むことはなくなっていったが、下半身が利かないので体が汚れて大変だった。シーツや、藁や、干し草や柔らかそうで尿を吸ってくれそうなものを探し回った。体を洗うことが彼女にはとても負担に思えた。しかし、皮膚が汚れてただれると大変。

ゲージから出すと、渾身の力を振り絞って植え込みに行こうとする。かまわれずに静かにそこで命を終えたいと思っていることは分かっていた。でも、そんなこと出来るはずもない・・・。

40日ほどの闘病の後、体を弓なりに反らせてはげしく喘ぐようになった。直ぐに病院に駆けつけて「安楽死をお願いできませんか」と言った。 先生は「抗生物質の大量投与を試してみましょう、入院させてください。」と言われた。私は先生の引き留める言葉を振り切って連れて帰った。「あまり苦しかったら私が殺してあげるよ」そんな決意で。

とこちゃんをこんなに惨めにしてしまった責任は私にあると思えた。うさぎにだって命の尊厳はある。気が付くのが遅すぎた。彼女は植え込みで自然に死にたかったのに・・。幸い喘ぐことは収まったけれど、次の日、すべての力が尽きたようになって、頑張って私たちに付き合ってきてくれた彼女は息を引き取った。とこちゃんの代わりは居ない、どんなに淋しくても代わりなんて居ない。今も私たちの心でずっと生きているから、ずっとこのままで居よう。とこちゃんの空洞をそのままにしておこう。


五羽の雀は二アサリオンで売っているでしょう。そんな雀の一羽でも、神の御前には忘れられてはいません。聖書

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