hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

未草(ヒツジグサ)の睡(ねむ)り

2019年06月13日 | 随想
また ここまで來た
佇(たたず)んだまま 風に吹かれ
鈍色(にびいろ)に 光傾(かし)ぐ 瀨

探していたものに 出會(でくわ)しそうな 夕
探させられなければ 知ることのなかった 心

暮れなずむ水に映る
蘆(ヨシ)の連なり靡(なび)く蔭
散りぼふ 小さき花白く

囁(ささや)き聲(こゑ)で絶え間なく 口誦(くちづさ)む
日暮れとともに止みて 合掌(がっしょう)
仄(ほの)めく灯明包み
泡翳(かげ)鏤(ちりば)む水紋 挿頭(かざ)し 莟(つぼ)む

忘却を希(こひねが)ふ音色 消え果つ 奥つ城(き)
鏡の裡(うち)なる顔(かんばせ)が 渦巻く髪の蔭
泣き崩(くづ)れ

水底(みなそこ)の沙(すな)
昇らぬ日と月 沈み煌(きらめ)く 夢の破片
涙 目覺(めさ)め 風と波 翳(かす)め響(とよ)み
惑(まど)ひつつ辿(たど)る 月へ戻る橋
月より日へ帰る道

水に浸(ひた)ったままの蹄(ひづめ)
廻(めぐ)る白毛が かすかに戰(そよ)ぐ
水面(みなも)に滑り広がる 山の端(は)
透き融(とほ)る月の瞼(まぶた)より伝ふ 陸離 空白の橋

觸(ふ)れている間 流れは限りなく遲(おそ)く 遲(おそ)くなる
蒼き翳(かげ)搖(ゆ)らめく波間
月白(げっぱく)の橋 渡り 古(いにしへ)の夢 消えて還(かへ)る
遙(はる)かに望む 時の螺旋(らせん)の彼方(かなた)
薄光注ぎ 蒼き翳(かげ)差す 同じ心に湧き出(い)で

    Amalgamation Choir - Ksenitia tou Erota(Giorgos Kalogirou)
   Amalgamation Choir - Tis Trihas to Gefyri(Pontos)    DakhaBrakha - Vesna

 【未草(ヒツジグサ)

日本に自生する 唯一の小型の白い睡蓮(スイレン)
花の大きさは四センチ程で スイレン属では世界最小 

寒さに強く 初夏から秋に
山間の小さな池や 湿原の水溜(たま)りなどに生え
水位の安定した 養分の乏しい水域に育つ 多年草

浮き葉と 水中葉を持ち
蓮(ハス)と異なり 浮き葉に露を転がす撥水性はない
楕円で 先の深く切れ込んだ葉の形は 遠くから眺めるとき
羊など偶蹄目の 群れ惑(まど)ふ足跡に似る とも

大きな湖では 魚が水中葉を食べ
絶へてしまうことが多い
浮き葉は紅葉し 冬枯れて 水中葉のみで越冬
初夏から秋まで 花咲く
一つの花が 三日程の間
日が落ちれば 閉ぢて 水中に没し
日が昇れば 水面より浮び出て 開くことから
睡(ねむる)蓮(はす) の名が あてられた という(『大和 本草』)

明治以降に 外来種 water lily が輸入されると
ヒツジグサ と同様 スイレン と呼ばれるようになるが
大和本草』(1709)の刊行された 江戸時代 以前 日本には
ヒツジグサ しか存在せず 睡蓮 といえば ヒツジグサ を指した

この花について詠(よ)まれた歌 纏(まつ)わる物語
伝承は 記紀 万葉集などに 見当らぬようだ
何故(なぜ)だろう

数多(あまた)の別れとともに 忘れ得ぬまま消え果て
遙(はる)かに立ち昇る 霧の螺旋(らせん)の間を漂ひ
探し求める夢の畔(ほとり)を彷徨(さまよ)ふ
胸の底深く 切立ち抉(えぐ)れた山奥 ひたひたと溢(あふ)る
水溜(たま)りへ浮び出(い)で ひっそりと花咲く

「未草」という 花名の由来について『大和本草』には
「京都の方言で呼ばれている」もので「未の刻 すなわち 午後二時頃
(季節により 午後一時~三時)から花が閉じる」ことから と説かれ

   『大和本草』 八 水草  睡蓮(ヒツジグサ)

  ヒツジグサ ハ 京都ノ方言ナリ、此花 ヒツジノ時ヨリ ツボム、
  荇菜(ジュンサイ)ノ葉ニ似タリ、酉陽雜俎本草綱目 萍蓬草ノ下ニ、
  唐ノ段公路 北戸錄ヲ引ケリ、夏秋 花サク、花白クシテ 數重ナリ、
  蓮ニ似テ 小ナリ、其葉ハ (アサザ)ノ如シ、
  其花 夜ハ ツボミテ 水中ニ カクル、晝(ヒル)ハ又 水面ニ ウカブ
  故(ユエ)ニ 睡蓮ト云(イフ)、北戸錄ニ 所云(イフ トコロ)ト
  相同(アヒ オナジ)、他花ニ コトナル物也、蓴菜 荇菜(ジュンサイ)ノ
  類ナリ、畿内 江州 西土 處々(トコロ ドコロ)ニ多シ、他州ニモ多シ、

一方『和漢三才図絵』(1712)や『本草図譜』(1828)では
逆に「未の刻に花が開く」と紹介されているが
実際には 朝から夕方まで咲き
ほぼ平らに全開するのが 正午から未の刻の頃

花は三日程の間 日々開閉を繰り返し
明け方 水中より水面(みなも)に
蕾(つぼみ)を擡(もた)げ 開花
日暮れ 花を閉ぢ 水面下に没する

その後 花のついた茎を螺旋(らせん)に曲げ
水没したままとなり 水中で実を熟成させる (初冠 睡蓮と未草

   Debussy: Prélude à l'après-midi d'un faune / Rattle      water lily スイレン

【ウェールズ民話 銀の牛】

竪琴(たてごと)の音(ね)を愛し 山間(やまあひ)の
池より 六匹の銀の牛の姿で顕(あらわ)れた精霊が
竪琴(たてごと)の沈んだ池に スイレンとなって
花咲くようになった物話が ウェールズに伝わる

「ウェールズの山間(やまあひ)の池に
 water lily(スイレン)が 咲くようになったわけ」

ウェールズの山間(やまあひ)に暮らす 少年が
白い牛と黒い牛を連れ 池の畔(ほとり)の草地で
竪琴(たてごと)を奏(かな)でていた時のこと

池から銀色の牛が六匹浮び出て 岸へと上がり
少年を取り巻いて 楽の音(ね)に耳を傾け
日暮れて家路につく時も 少年についてきた

銀の牛たちは 濃い乳を出し 家族は喜んだが
一頭が乳を出さなくなると 肉屋に売払うことにし
助けてほしいと頼んでも 耳を貸さなかったので
少年は牛たちを連れ 池の畔(ほとり)で曲を奏でる裡(うち)
悲しみのあまり 竪琴(たてごと)を池に投げ入れた

すると六頭の銀の牛は皆 竪琴(たてごと)の後を追い
池に走り込んで ニ度と姿を現わさなかった
やがて その池を埋(う)め尽(つく)すように えもいわれぬ銀色の
water lily(スイレン)が花咲くようになったという
 
その最初の花々に 少年は 心の裡(うち)で
竪琴(たてごと)を かき鳴らしつつ 独(ひと)り旅立つ

Silver Cow, written by Susan Cooper, illustrated by Warwick Hutton   
 
見返しから見開きで 夜明けの池が描かれる 最初と最後
汀(みぎは)に咲くスイレン越しに 向う岸から
丘の向うへ見えなくなる その道を ずっと見送るように
 
閉ぢた目を 池のほうへ向けたまま 少年が遠ざかってゆき
やがて見えなくなった後も あちらこちらを向いて
白いスイレンが 静かに群れ咲いている
 
「狭き山間(やまあひ)を抜け 共に奏で響き合ふ
 心に出逢(であ)ふまで 立ち止まらず 行きなさい」
明るく馨(かを)る かすかな聲(こゑ)で
響(とよ)み 頷(うなづ)き 励ますように
「振り返らずに わたしたちは あなたの音楽を忘れぬ
 わたしたちは あなたの音楽に棲(す)む いまも これからも
 いつも ずっと いつまでも 生きとし生けるものの 心に鳴り響く」
 
少年は 竪琴(たてごと)を奏でていたのではなかったか スイレンたちに
ここでも 脇に挟(はさ)んで
 
少年の竪琴(たてごと)は これまで 怠(なま)けているとして
幾度となく 叩(たた)き壊(こは)されてきた
疲れと眠気と闘(たたか)ひ 辛抱(しんぼう)強く 繕(つくろ)ひ
粉々に砕(くだ)かれたものは 一から作り直した
 
身動きのとれぬ 深い夢の底で 少年が
ずっと堰(せ)き止めていた 涙を流し
旅立ちを心に決め 安らかな睡(ねむ)りに落ちた頃
銀の牛たちが 池の底から掬(すく)ひ上げ
潰(つぶ)れた くしゃくしゃの枕元へ届けてくれたのではなかったか
 
本を閉じるとき その音色が 聴こえて來そうになる
清清(すがすが)しき 花の馨(かを)りとともに
 
 
「花に な(鳴)く うぐひす(鶯) 水に す(棲)む かはづ(蛙) の こゑ(聲)を き(聴)けば
 い(生)きとし い(生)ける もの いづれか うた(歌)を よ(詠)まざりける」
                     (古今集 仮名序 紀 貫之 十世紀初頭)
 
 
牧神(パーン)に追はれ 蘆(ヨシ または アシ)になり
 蘆笛(あしぶえ)となった シュリンクス

太古の神々の物語を 次々と取り込んでいった ギリシャ神話に
牧神(パーン)に付き纏(まと)はれ 追ひ詰められた
水辺で 助けを求め 蘆(ヨシ)に変身する物語がある

風に震へ 哀しげに鳴る蘆(ヨシ)牧神(パーン)は手折り
蘆笛(あしぶえ パン・フルート) を作って
乙女の聲(こゑ)と共に在ることを悦びとしたという
 
牧神(パーン)シュリンクスを 自分のものにしたかっただけなのか
そうではない と 蘆笛(あしぶえ) は語る
 
ただ その歌聲(こゑ)に 尽きせぬ天の惠(めぐ)みを感じ
解き放ちたい と感じながら 傳(つた)へることが出來ぬまま
 
月の女神の巫女(みこ)として満足していた 幼きシュリンクス
突如 間近に見(まみ)えた 牧神(パーン)の異性と異形に 恐れ戰(おのの)き
話も聴かず 逃げ惑(まど)ひ 早瀬の深みへ向ったのを 止めようと
伸ばした手が 届かず 觸(ふ)れられまいと その背は捩(よぢ)れ
 
失はれたものに茫然とし 水瀨(みなせ)を通るたび 戰慄し
暗澹たる想ひに駆られ ある夕べ 坐り込んで
その日 何度目かの許しを乞うていたら
風が枯れた蘆(ヨシ)を そっと揺らし かすかに鳴らした
蘆(ヨシ)は歌ふようだった
 
「あなたが わたしの歌聲(こゑ)を好きだったこと
 いまは知っています ありがとう」
「優しい人だと わからなくて 怖がって ごめんなさい」
「ここは靜(しづ)かで とても冷たい わたしが ここに居ることを
 あなたが ずっと悲しんでいると 月の光が 敎(おし)へてくれた」
「わたしは もう 何も出來ないけれど あなたを怖がってはいない
 恨んでもいない あなたは わたしの歌聲(こゑ)が
 好きだったのだから それを想ひ出して 聴かせてほしい
 わたしは もう 歌ふことは出來ないけれど あなたは出來る
 悲しまず その歌聲(こゑ)と 生きてほしい」
 
牧神(パーン)の閉ぢた眼から涙が溢(あふ)れ
耳にシュリンクスの聲(こゑ)が甦(よみがへ)る
 
亡き人の聲(こゑ)を伝へてくれた 枯れた蘆(ヨシ)の一つに
あの日 届かなかった 手を伸ばし 注意深く 折り取って
並べて結び そっと息を吹き込むと それは 歌ってくれた
 
 
李 賀の詩 伶倫(れいりん)の作った 竹の笛】

唐の 李 賀(791-817)の詩に詠(うた)はれる
伶倫(れいりん)黄帝に仕えた 音楽の創成者
竹を切り 二十四の笛を作った とされる
黄帝は 半分の十二を用い
天地を構成する諸物質の運動を調整した

黄帝が天に昇られるとき 二十三管は帝に從(したが)ひ
殘された人類の爲(ため)一管が この地に留(とど)まった
が すでに人に德(とく)なく 誰も手に入れられなかった
黄帝の再来と称(たた)へられ惜(お)しまれた 帝の(びゃう)から
その笛は発見された という


李 賀の詩 天上の謠(うた)】
 
李 賀には 回転する銀河について 歌った詩も ある
 
天上の謠(うた)

天河夜轉漂廻星     天の川 夜 回転し めぐる星を漂わせ
銀浦流雲學水聲     銀の渚(なぎさ)に流れる雲 水聲を模倣する
玉宮桂樹花未落     月宮の桂の樹 花は未(ま)だ落ちず
仙妾採香垂珮纓     仙女らは佩(お)び玉たれて 香る花つむ
秦妃巻簾北牕曉     秦の王女 簾(すだれ)を巻けば 北窓は暁(あかつき)
牕前植桐青鳳小     窓の前に植えた桐には 青い小さな鳳凰(ほうおう)がいて
王子吹笙鵝管長     王子 喬 鵞鳥(がちょう)の首より長い笙(しゃう)を吹き
呼龍耕煙種瑤草     龍を呼び 煙を耕し 瑤草を植えさせている
粉霞紅綬藕絲君     朝焼けの紅綬をおびた 蓮糸のもすそ
青洲歩拾蘭苕春     青洲を散歩して 蘭の花を拾う春
東指義和能走馬     東方を指させば (日輪の御者)義和は巧みに馬走らせ
海塵新生石山下     乾いた海に新しい砂塵(さじん)が上がる 石山のもと
 
(李賀歌詩編1 原田 憲雄 訳注 平凡社 東洋文庫 645)   

二十代半ばで 病に斃(たお)れた 李 賀
生きていたのは ガリレオ の八百年前

初句「天河 夜 転じ 廻星を漂わせ」
地上から遍(あまね)く深く くっきりと銀河を捉(とら)へ
同じ深度 角度で虚空へ身を投げ上げる
 
体内の古き道 仄(ほの)暗く通底する 天体物理の翳(かげ)
記憶の底を うねり流れる 脈打つ波動
耳を傾ける裡(うち) いつしか睡(ねむ)りの底に 投影し されて

魂魄の巴投げ 結び合ったまま
手を放すことはない 螺旋(らせん)を舞ひ上がり
一目一翼 比翼の鳥が 合体せず
一つの呼吸で舞ひながら 翔(かけ)り飛ぶ
 
天の川銀河の 渦巻く腕の一つの一端に
ぶら下がる 明るき炎の瑤(たま)
遠く近く廻(めぐ)る昏(くら)き瑤(たま)
その中に 碧(あを)く仄(ほの)光る地球が見えただろうか
 
続く「銀裏流雲 學水聲」
「銀河も雲も音を立てないが
 銀河の渚を流れる雲が
 観ていると 水音の感じがするのを
「学ぶ」摸倣するといっている
 このような疑似感覚を歌ったものは 空前で
 すぐれた表現として たいへん有名になった」
             (原田 前掲書)という

星々は音を立てているらしい
李 賀には 聴こえたのかも知れぬ
木星は人間の可聴域で 和音の中を
廻(めぐ)る歌聲(こゑ)を響かせている ようだ
そのように

銀河の回転を眺めながら 月の仙宮で笙(しゃう)の笛吹く春
太陽が廻(めぐ)り 忽(たちま)ち悠久の時が過ぎ去って
海底が隆起し 岩山となり屹立する

終盤 二句
「春といえば東だから そちらを指さすと
 日輪の御者の義和が駆け登ってくる
 なかなか うまいじゃないか と思っているうちに
 たちまち何億年かが過ぎ去って
 海が干上がり あらたに生まれた陸地では
 岩石の山のあたりで砂塵が舞い上がっている」
              (原田 前掲書)

近年 地軸のづれと それに伴ふ 生態系の変化を
古来 肉眼で日月星辰の位相から 季節の到来と
気象を読み取ってきた というから

李 賀も 透徹した視力と聴力
天翔(あまかけ)る 斬新 鮮烈な洞察力と想像力で
渦巻き耀(かかや)く天の川銀河の 腕の先の一端に
ぶら下がる 太陽 を廻(めぐ)る 地球 が
天の川銀河の腕に一波 搖(ゆ)られる間の

二億五千年余り前のこと
すべての大陸が衝突し終へ
超大陸パンゲアが形成された頃
地球内部からスーパー・プルームが上昇
あらゆる火山活動が激烈となり
古生代の海生生物種の九割五分以上が絶滅した のを
遠く海塵立ち昇る裡(うち)に 見てとったのだろうか
(続く)   

 


赤をめぐる 旅の終りの 雪

2019年02月04日 | 絵画について
坂を登りきって 人けない道を渡る前
もう登れぬ日も來ることを想った
左を向くと 円い羽のようなものが 二つ
行く手の両端へ 白く ゆっくりと降りて來た

現れつつ消えゆく 門のように
地面の冷たい黒へ 同時に ふれ そのまま白く
もう一ひら ふいに数多(あまた) 空の灰色から
白々と巻き湧いて 地面の黒へ散り落ち
白いまま 少しずつ小さくなった

誰かが 昇っていったのだろうか 疲れを知らぬ
松浦 武四郎(文化15〔1818〕- 明治21〔1888〕) のように
時空を巻き上がる 気泡氷結
空洞の階(きざはし)を貫(ぬ)け

大気を縫い 記憶を纏(まと)いながら
出逢えぬことも 寄り添うことも
已(や)むことなく廻(めぐ)る
会津さざゑ堂の 二重螺旋の板張りの坂 のように
しづかに きしむ音を響かせ


去年(こぞ)の 夏から秋へ 薄日が遠のいてゆく
離宮の 敷石の白と 高空の水色の間を ツバメが
かちゃかちゃと鳴きながら 視線のように よぎり

誰の眼差しだろう と想っていると
十三夜月が ゆっくりと翼部へ 額を押し当て
露台で旗が ひっそりと ゆらめいて
石段下に隠れた灯が まもなく ともるのを待っている

暗く居並ぶ窓の内
渡辺 省亭(せいてい)(嘉永4〔1852〕- 大正7〔1918〕)の
柔らかな濃淡による 花鳥画を
濤川(なみかわ)惣助(そうすけ)(弘化4〔1847〕- 明治43〔1910〕)が
息を呑む 七宝に仕上げた 楕円の額が 三十と二

木目の波紋が木霊する 餐(さん)の間に
紅い鳥は いまも居て
頭に 一ひらの白を載せ
淡紅鸚哥(モモイロインコ) に 科木(シナノキ)

省亭による 下図

かすかに頬笑む形の 嘴(くちばし)は白く
泡立つ 冠羽 の白を目深(まぶか)に
溶け出した滴(しづく)に映る
遠い太陽の記憶のように
煌(きらめ)く 小さな眸(ひとみ)
   
灰色の翼に霜が降り 尾羽の内も白く曇る
常夏の森で 冬を纏(まと)う
四季の林の どこかに居たか 紅い鳥
   
      円山(まるやま) 応挙(おうきょ)           佐竹 曙山(しょざん)
    (享保18〔1733〕- 寛政7〔1795〕)    (寛延元〔1748〕- 天明5〔1785〕)
      老松鸚哥(おいまつ インコ)図              松に唐鳥図

松の上で 何かを待つ 応挙の 黒い帽子の
見返りの鳥は 驚いているのだろうか
ジグザグを描いて空へ昇る 枯れ枝の階(きざはし)の
下に とまる 冠羽帽なき 曙山の 紅い鳥も
こんなに高い 松の梢(こずえ)で 眠っている わけでもなく

彼方(かなた)で 遙(はる)か以前に
故郷の梢(こずえ)を離れた 一ひらが
季節を運ぶ風に掬(すく)われ
星々の浸(ひた)る 高く速い気流へと託され
夜更(よふ)け 凍りつつ舞い降りて
辺(あた)りを仄蒼(ほのあを)く照らす

鎖(とざ)されつつ 半ば開かれながら
枯れ丸まった葉の間 シナノキ の実は
鸚哥(インコ)の小さく琥珀(こはく)色に凍りついた
記憶の雫(しづく)の 眸(ひとみ)のように
悴(かじか)んだ爪先から下がっている

暗く眩(まばゆ)い森の 木洩(こも)れ日の中
幾千もの 紅い鳥が飛び交い舞う 吹雪のように

琥珀(こはく)色に煌(きらめ)き 搖(ゆ)れる シナノキ
餅花は 夕暮れ時の 桿体 のように うつらうつら し
深々と座布団に沈む 団栗(どんぐり)は もう冬眠

若冲の 紅い鳥は 何を想う 星々を遠く映す
つややかで温かな宵闇が しっとりと降りてくる


伊藤 若冲(じゃくちゅう)(正徳6〔1716〕- 寛政12〔1800〕) 櫟(クヌギ) に鸚哥(インコ)図

故郷の マンゴーの木 か

17C(ca.1630-70頃)Indian Parrot on a Mango Tree, Golconda
マンゴーの木にとまるインド鸚哥(インコ)

羊と木の 寸法比は ほぼ合っている ように見えるので
鳥が とても大きく描かれているのは 実を載せた 片肢の甲を
口元へ揚げて啄(ついば)む ネーデルラントの画家
アドリアーン・コッラールト(c.1560頃 – 1618)による
銅版画のイメージ からだろうか という説も

左のインコが食べているのは サクランボだろうか
足下の枝にも 掛けてある
このインコは 緑のように見える
灰色かも知れぬ

右の やや細身のほうが 赤いのではないか
黒い帽子のにも 似て



北方では オーロラ が出ると
人心を狂わせる ことも あるのだそうだ
とくに 赤いオーロラ
南極点 到達に成功した アムンセン の一行にさえ
仲間に襲いかかる者が 出たという

太陽からの風が 放射線を伴い
大気の元素を 励起
低周波 を響かせる
地球自身の発する音遠く近くの惑星の音
聴き取れなくとも 感じる人は居て
知り得ぬメッセージに 胸を締めつけられる

  私は 二人の友人と歩道を歩いていた。 太陽は 沈みかけていた。
  突然、空が血の赤色に変わった。 私は立ち止まり、酷(ひど)い疲れを感じて
  柵に寄り掛かった。 それは炎の舌と血とが 青黒いフィヨルドと町並みに
  被さるようであった。 友人は歩き続けたが、私は そこに立ち尽くしたまま
  不安に震え、戦っていた。 そして私は、自然を貫く 果てしない叫びを聴いた。
ムンク 日記より〕     


エドヴァルド・ムンク 叫び 1910年頃 テンペラ・油彩・厚紙 83.5×66cm

極地方の夕焼けと 彩雲真珠母雲

ずっと この人が 橋を渡っていて
途中で 恐怖と苦痛に駆られ 叫び出し
止めることが 出來ないでいる と想っていた
逆巻く血のような流れが 橋の下にも 上にも ある
ことに気づき 渡りきることも 出來ぬまま

胸を締めつける 恐怖と苦痛の 心象風景と想ったものは
極地の夕暮れと彩雲の織りなす 空一面に波立つ深い赤だった
それは内から來たものではなく 外から來たものだった
内から湧き出したものが 外から押し寄せたように
想われることは しばしばだが

外から來たものが 内から鏡像のようなものを
呼び出すと ふいに自らと想っていたものが
内と外から圧し潰(つぶ)され 薄い水面へ
鏡面へと圧縮されてしまう
自らの表層へ閉じ込められ

炎のように切り裂く 視線と囁(ささや)きに貫かれ
まるで 自分なぞ そこに居ないかのように
異質な侵入者と それによって変質された自己が
互いを値踏みするように 眺め合う

時空に棚引(たなび)く 薄膜の向うへ
遠ざかる二人の人影は 友人だった
画家を貫き 紅穹の下に串刺しにする
黄昏(たそがれ)の囁(ささや)きは 彼らには聴こえない

同様に 内から迸(ほとばし)り出たものが
外から捧げられたもののように 想われ

想い出せぬのに 忘れられぬ 自らの夢を映し出す
深い水面を宿した 眸(ひとみ)を愛しても
それは 映しているものだけを 見ているわけではないだろう
それが目の前に 立ちはだかって居るだけかも知れぬ


紅い鳥は 自分の羽に紛(まぎ)れた
遙(はる)かな太陽の歌を 聴いているのかも知れぬ
故郷へ 羽搏(はばた)いて帰ることを
渡れぬ橋を 聲(こゑ)なき歌に 想い描いて


14世紀半ばから19世紀の半ばにかけて 小氷期 があった
厳冬と寒い夏 テムズ川とオランダの運河は完全凍結し
寒さや飢饉(ききん)で 多くの死者が出た
太陽の活動が極端に低調で 地球規模で火山活動が激しく
火山灰が空を覆(おお)い 日照時間が減った

とくに マウンダー極小期 と呼ばれる
1645年から1715年の30年間に
観測された黒点数は 50餘(あまり)で
通常の千分の一にまで落ちている


マウンダー極小期小氷期 を生きた
フェルメール(1632? - 1675?)の 赤い帽子の娘 は
男性像が描かれていた とても小さな板を
塗りつぶして 天地を逆さにし 描かれているそうだ

いつも左を向いて 窓から入る光を浴びている女性が
右を向いて ふり返り 頬と口元に光が当たって
光は 右奥の 画面を外れた どこかから差し込んで來て

平安人のような顔立ちの ほとんどと 眸(ひとみ)は
大きな ふっさりとした 深い赤の 羽根か毛皮の
うち重なった片翼のような 帽子の蔭になっている

紅い帽子の上層に波立ち 含まれた
温かな日差しと 下層に含まれた 冷たさ
それらとは異なる方向から注がれる
過去や未來の眼差しに 自分でも知らなかった
古い名を呼ばれたように 振り返る


赤い帽子の娘 Girl with the Red Hat 1665-1666年頃 油彩・板 23.2×18.1cm
ワシントン・ナショナル・ギャラリー National Gallery of Art, Washington


目の内に広がる 網膜 には 光の波長=色を感知する 錐体
光の三原色 ごとに 異なる数で存在し
赤(長波長≒560nm)Ⅼ錐体:緑(中波長≒530nm)M錐体:
青(短波長≒430nm)S錐体 ≒ 63:32:5
Sが少ないうえに 中心窩の最中央部には存在せず
 ⅬM比には 著しい個体差も あるという 86:9:5 / 28:67:5 など
交じり合いながら 中心窩 に集まる
明るいとき ところで働く

光の波幅=光量=明暗を感知する 桿体
中心窩 の周辺に散らばる
桿体 の数は 錐体 の 20倍以上
暗いとき ところで働く

赤は 探されているのだろうか 時の薄膜を貫き
青は 隠されているのだろうか 時の紗幕の陰へ

酸素を捕らえた 鉄 を運ぶ 赤い波
酸素を抱いた 銅 を運ぶ 青い波

画面 手前には 椅子の背もたれの左右に
狛犬のように配された 獅子頭の彫り物が ある
それは 絵画の内と外を分かつ 門だろうか

超えられぬ はずの境界 間に閃(ひらめ)く 時の薄膜を
視線は ヘリウム4 のように 超流動 で昇る

私たちからは見えるのに 彼女からは見えぬ
私たちには聴こえぬのに 彼女には聴こえる


『わたしの名は赤』で オルハン・パムク は 赤に 次のように語らせる

「……
 お前たちの疑問が聞こえてくるよ。一つの色彩であるとはいかなることなのかと。
 色彩は目の触覚、耳の聞こえぬ者の音楽。暗闇の中の言の葉。わたしは、何万年もの間、書物から書物へ、事物から事物へと渡り歩き、風のうなりのように囁く魂の声に耳を傾けてきた。だから、私に触れられるのはどこか天使に触れられるのと似ているかも知れない。お前たちの視線を受けて空を舞う軽快さが私には備わっている。
 赤たることは幸いかな! 燃え盛るようで力強い。わたしは知っている。みながわたしに目を留めるのを。お前たちがわたしに抗えないのを。
 何者もわたしを隠しえない。赤の優美さは惰弱と無力によってではなく、ただ決意と強い意志によってのみ実を結ぶ。他の色も、影も怖くはない。群衆も孤独も恐れぬ。わたしの到来を待ちわびる紙の表面を赤い勝利の炎によって覆いつくすのは、なんと素晴らしいことか! ひとたびわたしが塗られたなら、人々の目は爛々と輝き、その情熱は勢いを増し、眉毛は逆立ち、胸は高鳴る。わたしを見ろ。生はなんと美しいのだろう! わたしを見据えよ。視覚とはなんと素晴らしいのだろう! 生とは見ること。わたしは至るところで見られている。わたしに帰依せよ。生はわたしとともにはじまり、やがてわたしに回帰するのだから。
 黙して聞くがよい。わたしがいかにしてかくも壮麗な赤となったのかを聞かせてやろう。顔料に通曉する とある絵師が、インドで最も暑い地方よりもたらされた干したエンジムシをすり鉢に入れてすりこぎでよく潰して粉末にした。五ディルハム分のこの粉末の他に、一ディルハムのシャボンソウ、半ディルハムの酒石英を準備し、三オッカの水を鍋に注ぎ、まずはシャボンソウを投じてよく茹でる。次に酒石英も加えて よく かき混ぜ、さらに茹でる。ちょうど、珈琲を淹れるくらいの時間だ。その絵師がコーヒーを飲んでいる間、わたしは いまにも生れ出ようとする赤子のように、居ても立っても いられない心持ちだ。珈琲で頭と眼が冴える頃合いに、いよいよエンジムシの赤い粉末を鍋に投じる。そして、専用の細くて清潔な攪拌棒で混ぜれば、私が真の赤となるまであと少しだ。しかし、火加減が大切だ。沸かし過ぎても いけないし、かといって まったく沸騰させないというのも よくない。さあ、棒の端で一つまみを親指――他の指では いけない――の 爪に垂らしてみよう。おお、赤たることは美しきかな! わたしは絵師の親指を赤く染め、しかし 水のように その端から こぼれ落ちる ことはない。いい頃合いでは あるが、まだ澱が残っている。炉から鍋を下ろして布で漉せば、わたしは より純粋な赤となる。ふたたび炉に戻して、都合二回、さらに沸騰させつつ攪拌したのち、軽く砕いたミョウバンを加え、冷めるのを待つ。
――あれから数日が経った。あらゆる書物の頁や さまざまな場所や物に塗られるはずだ というのに、わたしは何色とも混ぜられることなく、鍋の中に とどめ置かれたままだ。
こんなふうに放っておかれるのは 我慢が ならないが、仕方なく わたしは、その しじまの中で赤たることの所以(ゆえん)に思いを馳せた。
……」(オルハン・パムク『わたしの名は赤』早川文庫 宮下 遼 訳)


彼女は そこに居らぬ人を見ようと
しているようにも見える
これから來る人を
出逢うことなく 去りゆく人を

彼女を描く人を
忘れ得ぬ面影として
彼女を見る人を
赤い帽子の人として

彼女のことを なにも知らず 美しいとも
やさしい娘とも想わぬかも知れず
興味すら抱かぬかも知れぬが
果てしなく広がり続ける 視野を行き交う
彼女の愛でた赤い帽子を 目にとめ
記憶にとどめる 行きずりの人々を

赤は 自らの置かれた世界よりも 外が見えるのかも知れぬ
視線は 光の通った跡をたどり 光の穿(うが)った洞を彷徨(さまよ)う
温められ ゆらめき立つ 翳(かげ)を かき分け
光の記憶に包まれ

遙(はる)かな時を貫(ぬ)け 視線は届く
視線は 囁(ささや)く
夕暮れのツバメのように
極地の黄昏(たそがれ)の 彩雲 のように
一ひらの雪のように

凍りつく寒さの中 燃える薪と灯心に宿る
汐のように脈打つ 温かな赤
遠く小さく 去ってゆくような日の暮れがた
過去や未来からの眼差しが 血の中で
あなたを呼ぶ 母のような聲(こゑ)で

あなた自身のうちに宿り消えたように想っていた
夢の数々は その聲(こゑ)に応え
あなたの枯れた泉に 細い流れを幻のように繰り出し
えもいわれぬ 甘く懐かしく 聴こえぬ歌を歌う

眠りの底で あなたは泣くが
目覚めた時には 忘れている

空が ほぐれて灰になり すべてが
白い淡い光に 覆(おお)われてゆく
聴き取れぬ 絶え間なき 囁(ささや)きに 包まれ



リュートを調弦する女 Woman with a Lute
1662-1663年頃 油彩・カンヴァス 51.4×45.7 cm
メトロポリタン美術館 The Metropolitan Museum of Art

果てなき旅

2018年10月31日 | 絵画について

下村 観山(1873-1930)「採桑翁」
画中で 翁の突く杖の上に とまっている
ように 描かれている 小鳥

採桑老 は 一人舞の舞楽で
非常に老いた面 をつけ


足下も覚束ぬ樣子で 鳩杖を突き
不老長壽の薬草を探し求め さ迷い歩く

鳩杖 は 中国古來より
高齢者への贈り物として
握りに 白玉(はくぎょく)翡翠(ひすい) の 鳩の彫り物を
配(あしら)ったものが 作られてきた





各年齢ごとに 老いゆく樣(さま)を 漢詩
詠(えい)じ 不吉な終盤の二つは 歌わず

   三十情方盛 四十気力微 五十至衰老
   六十行歩宣 七十杖項榮 八十座魏々
  (九十得重病 百歳死無疑)

   三十にして情まさに盛んなり 四十にして気力微なり 五十にして衰老に至る
   六十にして行歩宣たり 七十にして杖に懸りて立つ 八十にして座すこと巍々たり
  (九十にして重き病を得 百歳にして死すること疑いなし)


百済国 の採桑翁が老いて 鳩杖を取る 屈んだ姿を舞いにした
(樂家錄 / 重田みち「韓国の仮面舞劇と翁猿楽」)
とも 秦の始皇帝に願い出 日本へ不老不死の薬草を探しに來て
戻ることのなかった 徐福 の物語に由來する ともいわれる

舞えば 程なくして死す との伝承もあり
実際に 平安時代 一子相伝の舞い手が 殺(あや)められ
途絶えたが のち勅命により 復曲されたという


年老いた翁を描くにあたり
観山は 杖の上の鳥を 生きているかのごとく描く
ふんわりと小さく 幼く

杖の握りの下 左の親指の爪の向うに
付け根が薔薇色で 先が緑の 長い尾羽も覗(のぞ)く

杖に重ねられた 皴(しわ)の刻まれた灰色の指が
薔薇色に膨らむ小鳥の 背後から脇へ
朽ち木のごとく垂れ下がる

杖を介し 土気色を 翁の裡へ濾(こ)し残し
赤みを帯びた色が 小鳥へと集められてゆく
サイフォンの原理 が 働いているのか

嘴(くちばし)の付け根で 鼻孔を覆(おお)う 米粒様の鼻こぶは
鳩にも インコにも見られる というので
コザクラインコ か とも想われたが

大磯などで 林から群れをなして飛來
砕け寄す波を潜(くぐ)り 次々と岩礁に降り立って
窪(くぼ)みに溜まった海水を飲む 不思議な アオバト かも知れぬ


穏やかに老いゆく 翁の命は 杖の鳩へと移り 宿り
いましも 翁が 息を引き取ると 鳥は 羽搏(はばた)き 飛び去るか

薄日 充ち溢(あふ)る空の 一点となり
滲(にじ)み消ゆるまで 見送り 振り返ると そこに

まだ仄温かい 鳥の巣立った洞(うろ)のある
老木が 道野邊(みちのべ)に 佇(たたず)んで居るかも知れぬ

見て居たのは 誰なのかと
眼を轉(てん)ずると 足下は老木の根なのだ


   【銀杏】 いちょう

   「金色(こんじき)の 小さき鳥のかたちして
    銀杏(いちょう)散るなり 夕日の岡に」  与謝野 晶子 (恋衣


   長くなった西日を受け、眩しいほどに輝く黄金色は青空によく映える。
   カエデは種類が多いが、銀杏は一種で、現存種のみである。

   2億年前に繁栄したイチョウ属の唯一の生き残りで「生きた化石」と呼ばれる。
   草食恐竜によって種子を拡散させていた裸子植物で、恐竜の絶滅と共に消滅したが、
   中国の山中で発見された銀杏の実が、世界中に広まった。

   寿命が長く、大木になる。
   日本には十世紀頃に渡って来たと推測されている。
   欧州には、江戸時代に来日した ドイツ人医師 ケンペル によって伝えられ、
   多くの都市の街路樹となって親しまれている。

LUNAWORKS『和暦日々是好日』手帖 2016年版 神無月 より)
Flower Healing Society 佐藤しんじ




観山には 音響や 思考 處作や 気配が 時空に傳(つた)わる
軌跡を とどめ描こうとするようなものがある
そのような作 荘子 胡蝶の夢


うたた寝する 荘周(荘子) の 頭上に 夢見る自らが 浮び上がる
首(かうべ)を廻(めぐ)らせ 半眼より 視線を投ずる
その先で 薄明と薄暗(うすくらが)りが そよぎ
時空の狭間(はざま)より 煙のように 仄(ほの)暗き 星雲のように
蝶が 縺(もつ)れ出る


しだいに羽搏(はばた)いて 上へと昇る
荘周の視線に向い合う かそけきもの から
視線の先へ 身を轉(てん)じ 翼を揚げようとするもの
緩やかにS字形を描いた高みで 翼を拡げ

やがて 同じ道すじを はらはら伏し降り 荘周の視線へと吸い込まれ
瞼(まぶた)は落ち 首(かうべ)を戻し 眠る姿へと還(かへ)りゆく


   昔者 荘周 夢為 胡蝶   栩栩然 胡蝶也
   自喩適志与 不知周也  俄然覺 則蘧蘧然 周也
   不知 周之夢為 胡蝶与   胡蝶之夢為 周与
   周与胡蝶 則必有分矣  此之謂 物化

   昔者 荘周 夢に胡蝶と為る      栩々然として 胡蝶なり
   自ら喩しみて志に適えるかな 周たるを知らざるなり
                    俄然として覺むれば 則ち 蘧々然として周なり
   知らず 周の夢に胡蝶と為れるか  胡蝶の夢に周と為れるかを
   周と胡蝶とは 則ち必ず分有らん  此を之れ 物化と謂う

   かつて あるとき 私 荘周は 夢の中で胡蝶となった
           喜々として 胡蝶そのものであった
   自づから樂しく 心のまま ひらひらと舞った
           荘周であろうとは 想いもよらなかった
           はっと目覺めると これはしたり 荘周ではないか
   荘周である自分が 夢の中で 胡蝶となったのか
           自分は 実は胡蝶であって いま夢を見て 荘周となって居るのか
           どちらなのか もはや判らぬ
   荘周と胡蝶には 確かに 形の上では 違いがあるかも知れぬ
           だが 主体としての自分には 変わりはなく
           これが 物の変化というものであろうか


実際に蝶が來ていて その羽搏(はばた)く音で
夢に誘(いざな)われたのか それとも
漂い過(よぎ)る蝶が 薄く開かれたままの
目の端を 翳(かげ)らせたのか

その可能性は 元の歌に遺されているものの
観山の画には 荘周の魂の痕跡が
描かれているのみ のように見える

だが魂が 時空の記憶の 搖(ゆ)らぎを感じ取り
そこから延ばされた 翼や滴(しづく) 花びらや指に ふれ
互いを解き放ち 一つに生成しなければ それは起こり得ぬ

そのような邂逅は 魂と 時空の裡(うち)に
巻き上げられた 小さな渦となって 残りつづけるのだろう
だれかが それに目を留め 耳を傾けて
手を延べ 魂にふれ 開き 開かれ
一期一会の舞を 舞いながら 命の一ひらを渡し 受取るまで


双幅で 双鶴と 幻日 を表し
一幅づつで 時空の経過や 乖離(かいり)を あらわすかのような作

  

幻日は 太陽から22°ほど離れた 同じ高さのところに
見える 小ぶりな太陽のような 輝きである

雲の中に 六角形の板状になった 細かい氷の粒があり
風が弱いとき それらは落下しながら 空気抵抗で
地面に対し ほぼ水平に 浮ぶようになる

この氷の粒の 一方の側面から 太陽の光が差し込み
側面を一つ挟んで また別の側面から 出てゆくとき
二つの面は 60°の角を成し 氷の粒は 頂角60°のプリズムとなる

たくさんの 小さな氷のプリズムによって 屈折された太陽光は
太陽から 22°ほど離れたところから 射し來るように 見える

鶴は ほんとうは一羽だったかも知れぬ
右目に見えるものと 左目に見えるものが
少しづつ ずれ 離れゆき 別々に動き始める

見られているものが そうなのではなく
見ているものが そうなのだ
右目の側と左目の側が ずれて離れてゆく

なんとなく 欠けたところは まだ ついて來ているように想いながら
二つに別れた半身は 互いを置き去りにし 置き去りにされながら
二人で一人だった頃 行こうと想っていたのとは 22°ほど離れた
互いに 正反対のほうへ 逸れてゆく

双鶴か 孤鶴が 飛び去り 歳月が経っても
日輪は廻(めぐ)り 若松は濱(はま)を傳(つた)い
汀(なぎさ)を渡り 芽吹き そよぐ

   Röyksopp - Keyboard Milk

唐代の詩人 崔顥(生年不詳 - 754年)に かつて威容を誇った 黄鶴樓 を詠んだ歌がある


安 正文(明代 14C末-15C初頭) 黄鶴楼 絹本着色 162.5×105.5cm

   昔 人已乗 黄鶴去  此地 空余 黄鶴樓
   黄鶴 一去 不復返  白雲 千載 空 悠悠
   晴川 歴歴 漢陽樹  芳草 萋萋 鸚鵡洲
   日暮 郷関 何処是  煙波 江上 使人愁

   昔人 已に 黄鶴に乗りて去り 此の地 空しく余す 黄鶴樓
   黄鶴 一たび去りて 復た返らず 白雲千載 空しく悠悠
   晴川 歴歴たり 漢陽の樹 芳草 萋萋たり 鸚鵡の洲
   日暮 郷関 何(いづれ)の処(ところ)か 是れなる 煙波 江上 人をして愁へしむ

   昔の仙人は すでに黄鶴に乗って飛び去り この地には 黄鶴樓だけが空しく残された
   黄鶴は飛び去ったきり かえって來ず
       白雲だけが 千年の間も 悠々と流れつづけている
   晴れわたった 長江の対岸には 漢陽の樹々が くっきりと見え
       芳しい草が 鸚鵡の洲のあたりに 青々と生い茂る
   日の暮れゆく中 故郷は いづかたに あるのだろう
       やがて川の上には 波や靄が立ち籠め 私の心を深い悲しみに誘(いざな)う

黄鶴樓に登り 刻まれた この歌を見た 李白(701 - 762)は 超えられぬ と洩らした という

李白の詩 黄鶴樓送孟浩然之廣陵

   黄鶴樓送 孟浩然之廣陵
   故人 西辞 黄鶴樓  烟花 三月 下揚州
   孤帆 遠影 碧空尽  唯見 長江 天際流

   黄鶴樓にて 孟浩然の広陵に之(ゆ)くを 送る
   故人 西のかた 黄鶴樓を辞し  烟花 三月 揚州に下る
   孤帆の遠影 碧空に侭き  唯だ見る 長江の天際に流るるを

   黄鶴樓にて 孟浩然の広陵に之(ゆ)くを 送る
   旧友(孟浩然)が 黄鶴樓に別れを告げようとしている
   霞すら花咲く この三月に 揚州へと下りゆく
   船の帆が だんだんと青空に吸い込まれるように 小さくなってゆき
   ただ長江が 天の彼方に向かって流れているのが 見えるだけになってしまった

これらは いずれも伝説に基づく

   昔 辛氏という人の酒屋があった
   そこに みすぼらしいなりをした仙人がやって來て 酒を飲ませてくれと言う
   辛氏は嫌な顔一つせず ただで酒を飲ませ それが半年程も続いた

   ある日 仙人は辛氏に向い「酒代を随分溜めてしまったが 持合せがない」と言い
   代わりに 店の壁に 蜜柑の皮で 黄色い鶴を描き 去っていった

   客が手拍子を打ち 歌うと それに合せ 壁の鶴が舞う
   それが評判となり 店は繁盛 辛氏は 巨万の富を築いた

   その後 再び 店に仙人が現れ 笛を吹くと 黄色い鶴が壁を抜け出して來た
   仙人は その背に跨り 白雲に乗って飛び去った
   辛氏は これを記念して 楼閣を築き 黄鶴楼 と名付けた という


   Kongos – Traveling on

西部戦線 異状なし という映画の終り頃 蝶が出て來る
泥に埋もれかけた 缶の蓋に とまり はためく
囟(ひよめき)のように 心搏のように


戦場に斃(たお)れた 数多の若者は 空に浮ぶ 墓碑の海の上を
一ひら一ひらの波のように 故郷を振り返り 振り返りつつ 漂い去る






小泉 八雲「果心居士のはなし」 (日本雑記)がある

まるで目の前で繰り広げらるる 熱風や劫火 阿鼻叫喚
肉の焦げる匂いや 血飛沫(しぶき)の味まで感ぜられる
幻燈か映画のごとき 地獄絵を傍らに 仏法を説く

仙人 は 絵を所望する暴君に 値千金と言い放つ
刺客は散々な目に 奪った絵は白紙に
支払えば 目の前の白紙に絵は戻る と豪語

果たして 確かに絵が現る やんぬるかな
無限の価値から有限のそれへと やや色褪せた絵が


ヤン・ブリューゲル(父) Jan Brueghel the Elder(1568-1625)
冥界 を廻(めぐ)る アイネイアース巫女シビュラ Aeneas and Sibyl in the Underworld
油彩・銅板 26.4×36.2cm c.1600頃
ブダペスト Budapest ハンガリー国立美術館 Szépmüvészeti Múzeum


この小さな絵の迫力は ブック型PCのバックライト画面で
正しく発現されているはずだ

つるつるに磨き上げた銅板に 稀少な岩絵具を
透き通った油に溶いて 薄塗りで描く

太陽光線や蠟燭の灯明りが 絵具層を透かし
銅板に温かく反射して 闇の奥から煌(きらめ)く 地獄の劫火を迸(ほとばし)らせ
蠢(うごめ)く罪人の裸身に 熱き翳(かげ)を閃(ひらめ)かす



こちらは 障壁画級 お化け屋敷
炎噴き上ぐる火山は 未だ見ぬ重工業の煙害に取って替わられている

暴君亡き後 藏が空になるまで酒を注ぎ 仙人をもてなす
過去には不遇が 未來には不運が 控え待つ 知将に

少し満足した と言って 部屋を囲む 近江八景 の襖(ふすま)絵より
遠景の小舟の 船頭を呼ばわると 近づく櫂の音が響き

立ち籠める霧と 腰まで ひたひたと流れ寄す水面より
現れた舟上へよじ登り 漕ぎ戻らせ 画中へと消えゆく


牧 谿(1210?-1269?) 漁村夕照図 南宋時代 13C 紙本墨画 33.0×112.6cm 根津美術館 国宝



雲谷 等顔(1547-1618)瀟湘八景 図(の一) 室町時代 late 16C末 紙本墨画 フリーア美術館

老絵師の行方 に翻案したのを ルネ・ラルーアニメ化 した)   

この話を 観山は 描かなかったろうか
それとも どこかの藏の隅で いまもなお
滿月の大潮になると かすかに水が浸み出し

頭蓋骨の縁へ傳(つた)わる 間遠く櫂のきしむ音
間近で肚(はら)に ひたひたと響く ふいに波紋の広がる うねりに
目を開(ひら)くと 足を丸め 斜めに横たわった
腰まで 水に浸かって居るだろうか

いつの日か 伏し目の船頭となり
陽気で太っ腹な仙人の見据える 霧の彼方へ
竿も櫂もなく 手を下げ 立ち尽くし 運ばれるとき

顧みれば 朽木のようで
耀(かがや)く黄葉をつけた古木の岸が
目を戻すと 煌(きらめ)き晴れゆく霧の向うから
差し延べられた数多(あまた)の手が

互いに ふれ合い あなたを解(ほど)いて
永く捩(よじ)れた霧に 変えてゆくだろう
ゆっくりと脈打ち 廻る 大きな無限の
夢幻の輪に 編み込んでゆくだろう


カール・フリードリヒ・ガウス
サイン に 蝶が居る
メビウスの輪 を見出した弟子が メビウス他に もう一人 居た
ガウスもまた数多(あまた)の 時空の記憶の羽搏(はばた)きに 目を留めた

彼なら 櫻渦巻く カラビ・ヤウロイ・フラー の舞いを 蝶の夢に見ただろう
自らでなく その周囲の 時空の震え 搖(ゆ)らぎを あらわすため
消えることが出來た
命を無限に解き浮かべて 応え舞いながら

月下美人 の夢の花が咲き 老櫻 舞い散る 花びらから花びらへ
フィボナッチ の果てを潜(くぐ)り フラクタル の遠近(おちこち)に宿る
カラビ・ヤウ の夢を舞う 時空の蝶の翳(かげ)を追う
あなたの旅は つづく

   DolphynTrane鎌倉小町 桜旋風 Sakura-cherry 鯉の花の精
   DolphynTrane里山 soundscape 鎌倉 晩夏の一日(前編)
   DolphynTrane鎌倉の峠の山桜 Yamazakura(Wild hill Cherry)blossoms

   ロイ・フラー Loïe Fuller

   赤い金魚の話 L’histoire d’un Poisson Rouge(The Gold Fish)


木斛(もっこく)の雨

2018年09月03日 | 散文詩
頭に かすかに当たり 跳ね轉(ころ)がる
小さな 眠る赤子が 指を丸めた
白い拳(こぶし)のような 莟(つぼみ)

縺(もつ)れる髪を 梳(す)いてくれた
透き通る 母の指のように
軽く

木斛(もっこく)の莟 降る中 いつか
もう目覚めぬ 眠りに就きたい

つぎつぎ 飛び降り
跳ね轉がり 笑みつ 眠りつ

淺く薄く 流れる夢の中で その拳が 披(ひら)き
小さな 透き通った 指が 顕(あらわれ)る

霧雨の中 いつまでも
舞い疲れぬ 巫女(みこ)のように

入れ替わり 立ち代わり
ぽつ ぽつ と落ち
轉がりゆく かすかな音

 モッコクの花と莟(つぼみ) (アルママの気まぐれ日記)    

    モッコク

   成長すると 樹高は 約6m、時に 15m、直径 80cmに達する
   直立し、上で 放射状に広がる形に なり易い
   幹の樹皮は 灰淡褐色、皮目が多い

   葉は 互生ながら、枝先に集まる
   長さ 4-7cm、倒卵状 長楕円形、円頭で くさび脚、全体は しゃもじ状
   厚く光沢があり、日光が十分当たる環境では 葉柄が赤みを帯びる

   7月頃に、直径 2cm程の 黄白色の花をつけ、芳香を放つ
   花は 葉腋に単生、1-2cmの柄があり、曲がって 花は下を向く
   株により 両性花 または 雄花をつけ、雄花の雌しべは 退化している
Wikipedia モッコク)   

   玄関前に 植わっていて 三階より高く 繁茂する辺りで
   光ネットのケーブルを 包み込み
   もろともに 剪定(せんてい)されてしまったこともある

   玄関脇の道に 花や葉を落し
   木全体が唸(うな)る程 蝱(あぶ)蜂を集めるが
   果実は 見たことがない

   艶(つや)やかな朱赤に 色づいた葉が 時折 舞い降り
   季節と共に 去りゆく風が 遺(のこ)した
   微笑(ほほゑ)みに なる


髪の奥
彼方(かなた)から
母の指が 甦(よみがえ)る

明るい雨のように
朧(おぼろ)に 耀(かがよ)う
昏(くら)い空を 羽搏(はばた)く音

人けない階段
木斛の実の たわわに色づく
下を潜(くぐ)り 青葉 滲(にじ)む
宵(よい)の光が 斜めに差し込む

どこか遠い 夜更(よふ)け
遙(はる)かな 時を
滑るように歩く
青暗く光る 豹(ひょう)を連れた
娘の残像が ガラスの奥に 消えゆく

探している
その肌に 置かれた
透き通る 小さな指を包み
こぼれた莟を

透き通る 小さな指が
風を つかみ 奏でる

漆黒(しっこく)の髪が
澹(たん)として 星を覆(おお)い
闇(やみ)が
仄光る眸(ひとみ)に
翳(かげ)差す

落ちた葉が 暗然と
頰笑(ほほゑ)む
薄い風が 口の端を
かすかに 撫ぜゆく
Edmar Castaneda: NPR Music Tiny Desk Concert

メラブ・アブラミシュヴィリ 踊り子 テンペラ・合板 2006年
Merab Abramishvili Dancer Tempera on Plywood 76×52cm


二人の母親が わが子と言い張る
幼子(をさなご)の手を
左右より 引っ張り合せ

痛がる子が 泣き叫ぶのに
想わず 手を放した ほうを
母親と認めた 大岡 政談

ソロモン王の 叡智の裁定
旧約聖書 列王紀(上)
第三章 16~28 に
由來する という

もとは 生れたばかりの
赤子を めぐる話で
同所で 数日の裡(うち)に生れ
死んだ 赤子と すり替えられた
との訴えに 端を発す

子を失くし うろたえながらも
策略をめぐらし 素知らぬ顔にて
自らをも 欺(あざむ)かん
とする者と

子を失くしたかと うろたえ
ながらも わが子を よく見ていた
者の 爭(あらそ)いは

水掛け論と なりかねぬ ところ
忽(たちま)ち 一刀両断

「刀を これへ」

「赤子を 二つに分け
 半分を あちらへ
 半分を こちらに」

想いもよらぬ裁定に
一瞬で 本性が浮び上がる

驚き 言葉を失う裡にも
運ばれ來たる 刀は
手から 手へ

わが子の命を
守らんがため
息を 振り絞(しぼ)り

「お待ちください
 赤子は あの女のものです

 どうか 赤子を
 御生かしくださいますよう」
と 額(ぬか)づく母親と

自らが 原因の一端を担い
子どもが 命を落とす
暗い記憶を 甦らせつつ

赤子は 結局どちらも
自分の手には 入らぬのか
と 想い知ったのも束の間

「訴えを 取下げる」
との 悲鳴に
われに返った もうひとりの女は

遅れをとったことに 内心
舌打ちしながらも
慎重に 賢しげに言う

「あなた のものとも
 わらは のものとも せず
 赤子を 御分けくださいますよう」

まこと舌を巻く この言葉には

「自分のものに ならぬなら
 他人のものには ならせるものか
 死ぬがよい」

との 恐ろしい願いが
秘められておらぬだろうか

召使の就寝後 幼き亡骸(なきがら)を胸に
隣室へ 忍び込み 赤子を すり替えた
女の わが子の死は 添い寝の際
下敷きにして仕舞う という
痛ましい事故に よるものだったが

災害とも 運命とも つかぬ
出來事を 受け入れられず
出來事のほうを 変えようとする

自らが失った 幸薄きものを
他者のもとに無事ある 幸多きものと
同等と見なし 自らが持つべきものとして
奪い取ってよし と するなら

未(いま)だ 持たざるものであろうと
決して 持ち得ぬものであろうと
他者が持つものは すべて 自らが
自らだけが 持つべきである 他者ではなくして

とするに 毛一すじ程の差もなく
踏み越ゆる 一歩も俟(ま)たぬ


王は 「刀を これへ持て」
と 言われ つぎに
「生きている赤子を 二つに分けよ」
と 言われた

王は 「刀で 赤子を 切り分けよ」
と 言われたか?
言われておらぬ

それは その二つを 結びつけた者が
心中に 聴いただけである
だが 結びつけぬ者が あろうか

互いに 子を わがもの と主張するばかりで
母であれば 子のため なにを 望むか が
一向に 明らかに ならぬ ので
王は 論点を正されたのである

子の母が なによりも 望むこと

それは 子が 独りの人として生き
命を全(まっと)うする ことか

それとも 自らが 子を
わがものとする ことなのか

この問を つねに正しく 心の内に聴き
あらゆる瞬間に 正しく答うる者は
幸いなるかな

その子は 独りの人として
限りなく 慈しみ育てられ 育つからである

たれをも なにをも わがものとせず
愛することが でき
求むことなく 惜しみなく 与え

悲しみと絶望からさえも
喜びと希望を
引き出すことが できる
人となる からである




列王紀(上)第三章
3 ソロモンは 主を愛し、父ダビデの定めに歩んだが、
ただ 彼は高き所で 犠牲をささげ、香をたいた

4 ある日、王はギベオンへ行って、そこで犠牲を ささげようとした
それが 主要な 高き所であったからである
ソロモンは 一千の燔祭を その祭壇に ささげた

5 ギベオンで 主は 夜の夢に ソロモンに現れて 言われた、
「あなたに何を与えようか、求めなさい」

6 ソロモンは言った、「あなたの しもべである わたしの父 ダビデが
あなたに対して 誠實と公義と眞心とをもって、あなたの前に歩んだので、
あなたは 大いなる いつくしみを彼に示されました
また あなたは 彼のために、 この 大いなる いつくしみを たくわえて、
今日、彼の位に座する子を授けられました

7 わが神、主よ、あなたは このしもべを、
わたしの父ダビデに代って 王とならせられました
しかし、わたしは小さい子供であって、出入りすることを知りません

8 かつ、しもべは あなたが選ばれた、あなたの民、すなわちその数が多くて、
数えることも、調べることも できないほどの おびただしい民の中に おります

9 それゆえ、聞きわける心を しもべに与えて、あなたの民を さばかせ、
わたしに 善悪を わきまえることを 得させてください
だれが、あなたの この大いなる民を さばくことができましょう」

10 ソロモンは この事を求めたので、そのことが 主の みこころに かなった

11 そこで神は 彼に言われた、「あなたは この事を求めて、
自分のために 長命を求めず、また 自分のために 富を求めず、
また 自分の敵の 命をも求めず、ただ 訴えを ききわける知恵を 求めたゆえに、

12 見よ、わたしは あなたの言葉に したがって、賢い、英明な心を与える
あなたの先には あなたに並ぶ者が なく、
あなたの後にも あなたに並ぶ者は 起らないであろう

13 わたしは また あなたの求めない もの、すなわち 富と誉をも あなたに与える
あなたの生きているかぎり、王たちのうちに あなたに並ぶ者は ないであろう

14 もし あなたが、あなたの父ダビデの歩んだように、わたしの道に歩んで、
わたしの定めと命令とを 守るならば、わたしは あなたの日を 長くするであろう」

15 ソロモンが 目を さましてみると、それは 夢であった
そこで 彼はエルサレムへ行き、主の 契約の箱の前に立って
燔祭と酬恩祭を ささげ、すべての家來のために 祝宴を設けた



16 さて、ふたりの遊女が 王のところにきて、王の前に立った

17 ひとりの女は言った、「ああ、わが主よ、この女と わたしとは ひとつの家に
住んでいますが、わたしは この女と一緒に 家に いる時、子を産みました

18 ところが わたしの産んだ後、三日目に この女も また 子を産みました
そして わたしたちは 一緒に いましたが、家には ほかに だれも
わたしたちと 共に いた者は なく、ただ わたしたち ふたり だけでした

19 ところが この女は 自分の子の上に 伏したので、
夜のうちに その子は 死にました

20 彼女は 夜中に起きて、はしための 眠っている間に、
わたしの子を わたしの かたわらから取って、自分の ふところに寝かせ、
自分の死んだ子を わたしの ふところに寝かせました

21 わたしは 朝、子に 乳を飲ませようとして 起きて 見ると 死んでいました
しかし 朝になって よく見ると、それは わたしが産んだ子では ありませんでした」

22 ほかの女は 言った、
「いいえ、生きているのが わたしの子です。 死んだのは あなたの子です」
初めの女は 言った、
「いいえ、死んだのが あなたの子です。 生きているのは わたしの子です」
彼らは このように 王の前に 言い合った

23 この時、王は 言った、「ひとりは『この 生きているのが わたしの子で、
死んだのが あなたの子だ』と言い、また ひとりは『いいえ、
死んだのが あなたの子で、生きているのは わたしの子だ』と言う」

24 そこで 王は「刀を 持ってきなさい」と言ったので、刀を 王の前に持ってきた

25 王は 言った、「生きている子を 二つに分けて、
半分を こちらに、半分を あちらに 与えよ」

26 すると 生きている子の 母である女は、
その子のために 心が やけるようになって、王に 言った、「ああ、わが主よ、
生きている子を 彼女に 与えてください  決して それを 殺さないでください」
しかし ほかの ひとりは 言った、
「それを わたしの ものにも、あなたの ものにも しないで、分けてください」

27 すると 王は 答えて言った、「生きている子を 初めの女に 与えよ
決して 殺しては ならない  彼女は その母なのだ」

28 イスラエルは皆 王が与えた 判決を聞いて 王を畏れた
神の知恵が 彼のうちに あって、さばきを するのを 見たからである(列王紀 上〔口語訳〕

Ares Tavolazzi - Ofelia's Song

メラブ・アブラミシュヴィリ 花 テンペラ・合板 2006年 54×75cm
Merab Abramishvili Flowers Tempera on Wood


もうひとりの女の その後について
言及されておらぬ のに
気づかれただろう

彼女は 罰されたか?
否(いな)

彼女は 哀れまれた かもしれぬ
蔑(さげす)まれもした かもしれぬ

だが 亡き子の母だった
それが 彼女を変えたかもしれぬ


女は 一度 子を奪われたので 奪い返した
すると 奪い返した子は また奪われた

二度 子を奪われた 女の心は
石となり 落ちて 二つに割れた

心の抜け落ちたる 身体は
衰へ死ぬる時まで 独り生きた

二つに砕けた 心の内
一つは 雨に打たれ 流れを下り
海の底へ轉り落ちて 冷えた

二度も 去られた
と 打ち捨てられた心は
冷え切りながら 恨んだ

すべての子が すべての母から
去り 引き裂かれ
たった独り 死ぬがよい

満月の明るい 深更(しんこう)
深みより浮び上がり

月の面輪(おもわ)の映る
漣(さざなみ)に
わが子の眠る 顔を見た

千千(ちぢ)に搖(ゆ)れ
満ち退く 汐(うしほ)の裡に
微笑(ほほゑ)みて

その中には 赤子だった
時分の 女自身の顔もあった

隣りの部屋の女の
生きている 子の顔も

見分けが つかぬ
誰の微笑みか

すべての赤子は眠る
自らの心の 途切れぬ水音の
子守唄を聴き 命の泉の水底(みなそこ)にて

大人になった者も
老いた者も 泉は涸(か)れる ことはない
すべて つながっているから
月の光の奥で 海は呟(つぶや)く

砕けた女の心は うっすらと笑った
つながって
去った と 想うたが
つながっていたか

砕けた女の 心の泉は凍りつき
さらに 冷えゆき
超流動で 渦巻き

少しづつ 時間と空間を 擂(す)り潰(つぶ)し
すべての泉を 凍らせん と
源へと 少しづつ にじり下りた


もう一つの心は どうなったか

陽に焼灼され 砂に埋(うづ)もれ
大地の縁を潜(くぐ)り 眩(まばゆ)く
燃え盛る 火の流れに熔(と)け

二度も 奪われた
と 割れた心は 灼熱に滾(たぎ)り
目も眩(くら)む程 憤(いきどお)った

なにものにも 代え難(がた)きものを
失った自(みづか)らも
失われた幼き生命(いのち)も
顧みず 嘆き 悲しむ ことなく

そうでは なかろう
と 地核で 火が ゆらめき上がった
二度 奪っただろう

己が眠りの 深き潭(ふち)に
身動きのとれぬ程 重き肉を
子の 上に覆い被せ その息を奪い
子を 身の内に 戻そう
とする かのように

砕けた女の心は 口の端を
かすかに歪めた そうかもしれぬ
なぜなら それは わらは の もので
わらは から 離るるべき では
なかった かもしれぬ

すべてを熔かし
身の裡に 燃やし尽くさん と
核融合と減衰を重ね 地核に迫った



ふたつの心が 出遭(であ)ったとき
正面から 背中合せとなるように
一つに ならず 互いを 通り抜け
消えた

なにか小さく 目に見えぬ
翳のようなものが
そこら中に 飛び散っていった
子守唄のようなものを
逆さから 詠唱し
吸い込んで 音もなく弾け
消ゆるように見えて 遠ざかる


彼女は 渦巻く眸(ひとみ)に 見つめられていたが
それは 大き過ぎて 異なる次元に居た

ソロモンは その聲(こゑ)を聴くことが でき
銀河の片隅で 今し方 併合をなし
すべてが重力波となって 全天へ散り
消えていったもの について
尋ねられた

「あれは 失くした子を 探しに行きました
 あれが奪って わが子とした子を 母親に返したので」
「頑固な」
「まことに」
「では 奪うのでなく 与うことを學(まな)び
 死の谿(たに)へ 轉(まろ)び落ちた
 すべての子を 救った暁に 返してやるがよい」
「不滅に なりましょう」
「もう なっておろう」


女は 深く 重い 眠りより
覚めようとしていた

すべては 手から
すり抜けよう としていた
もがこうとしても 聲を出そうとしても
身体は動かなかった

たれかを 呼び止めようとしていたのか
なにかを 否定しようとしていたのか
それが 起こるのを 知っていた

胸に食い込む 石のようなものに
懸命に 目を見開くと
月の光に 蒼白く
赤子が 息を引き取っていた

煮えくり返り 凍りつく嘔吐

痺(しび)れた みぞおちに
歪(ゆが)んだ 子の口元を 宛(あて)がい
女はそっと 渡り廊下に出た

なんの音も せぬ
風が 帳(とばり)を かすかに 動かす

あの部屋の女は
数日前に 赤子を生んだ

この子が泣くと その子も泣き
その子が泣けば この子も泣いた

わらは は どこへ行こうとしているのか

その帳の前で

隅で丸くなる 婢(はしため)の影と
奥の いま一つの帳の向うに

伸ばされ 丸まり 閃く指の影


女は 帳の前を通り過ぎ
素足のまま 月明りの中へ出(いで)
歩いていった
Robohands - Hermit(from album: Green)  
メラブ・アブラミシュヴィリ (P.10-11) テンペラ・合板 2006年 54×75cm   
Merab Abramishvili Leopard(P.10-11) Tempera on Plywood Baia Gallery  


どれほどの生命と 引換えに しようとも
山なす 熱き 怒りも憎しみも
海なす 深き 愛も悲しみも
死ぬる子を 生かすことは できぬ

子を抱(いだ)き 歩みゆく
子が死ぬる こと なき
時 ところまで

途上で 時折 出逢(であ)う
迷い子は
手を取り 息を吹き込んで
居るべき 時 ところへ 戻し

いつか 目覚める前に

子の上から 身を引き剥(は)がし
その口に 息を吹き込み

子が 泣くのを 聴く
生れた 時のように


青暗い豹のような翳と
若い女は どこへ 行ったか

かれらは たれだったのか
月も 海も 大地も
消ゆる火も 風も 嘿(もだ)すのみ

Immortal Onion - Ocelot of Salvation(救世のオセロット)   
(from the debut album: Ocelot of Salvation)   

アンリ・ルソー 蛇つかいの女 油彩・画布  169.0×189.0cm オルセー美術館
Henri Rousseau The Snake Charmer Musée d'Orsay Oil on Canvas 1907年






Immortal Onion - Gestation(1st tune of the debut album: Ocelot of Salvation)      
 
Difference between Gestation and Pregnancy
 懐胎 と 妊娠 の 違い


 1. What is gestation and pregnancy?
 一、 懐胎とは、そして 妊娠とは、何か?

In humans, the process of reproduction is sexual.
It involves the union of the sperm produced by the male and the ovum produced by the female.
This process is called fertilization.
It results in the formation of the zygote, which undergoes divisions to develop into the embryo.
The embryo then develops into the foetus.
The growth and development of the foetus takes place in the uterus.

人間において、生殖の過程は 性的なものである
男性より生み出される精子と 女性において生成される卵子との 結合を含んでいる
この過程は 受精と呼ばれる
接合体が形成され、それが分裂して胚になる
胚は その後、胎児に発達する
胎児の 成長と発達は 子宮内で起こる

Immortal Onion - First Steps(2nd tune of the debut album: Ocelot of Salvation)      
Gestation is the period of time between conception/fertilization and birth.
During this time, the baby grows and develops inside the mother's womb.
Gestation means carrying, to carry or to bear.
Gestation is the carrying of an embryo or foetus inside the female's womb in mammals and non-mammalian species.

Pregnancy, more accurately, is the process and series of changes that take place in a woman's body and tissues as a result of the developing foetus.
During a pregnancy, there can be one or more gestations occurring simultaneously; for example in case of twins.

懐胎は、受胎/受精から出産までの 期間である
この間、赤子は成長し、母親の子宮の中で 発達する
懐胎とは、担うこと、包含すること、持ち堪えること である
懐胎とは、哺乳類や それ以外の動植物種の 雌の胎内に 胚または胎児を担うこと である

妊娠は、より正確に、発達中の胎児によってもたらされる
妊婦の身体や組織に生ずる 過程や一連の変化である
妊娠中、同時に発生する 一つ以上の懐胎が起こり得る、例えば 双子の場合である

Robohands - Strange Times(9th tune of the album: Green) 

 4. Summary;    四、 まとめ
Gestation is the time period between conception and birth during which the embryo or foetus is developing inside the uterus.
Gestation means to carry.
Gestational age is calculated from the first day of the last menstrual cycle.
Gestational period in a human female normally is 266 days.

Pregnancy is the series of changes that take place in a woman's body tissues as a result of the developing foetus.
Pregnancy is divided into three trimesters each lasting for 3 months.

懐胎とは、胚または胎児が 子宮内で発生している 受胎から出生までの間の 期間である
懐胎は 胎を懐に担うこと である
懐胎の月齢は、直前の月経周期の初日から 数えられる
ヒトの女性における 懐胎の期間は 通常 266日である

妊娠は、発達中の胎児によって もたらされる、妊婦の体組織に生ずる 一連の変化である
妊娠は、それぞれ 三箇月間に亘る、初期・中期・後期 に分けられる

人間の脳の 左右の半球は
完全に分離されている という
違うことを考え
異なることに興味を持ち
別の人格を持っている のだ そうだ

右脳にとっては いま
ここ に 現在だけが ある
映像で考え
自分の身体の動きから 運動感覚で学ぶ
そこでは 自身が
自身を取り巻く 全てのエネルギーと
つながった存在として 感じられる

左脳にとっては 過去と未来だけがあり
すべてが「未だ」から「既に」へと
直線的 系統的に 刻刻と
なし崩しに 移り変わってゆく
左脳は 現実の瞬間を表す
巨大なコラージュから 詳細を拾い出し
その詳細の中から さらに
詳細についての詳細を 拾い出す
場の量子こそ 基本的な
物理的実在であり
空間中 どこにでも存在する
連続的 媒体 なのだ
(フリッチョフ・カプラ「タオ自然学」)
場が 唯一の リアリティである(アインシュタイン)

粒子は 場が 局所的に凝縮したもの
(フリッチョフ・カプラ「タオ自然学」)
だから 光は 粒子であり それは 波動なのだ
そこへと凝縮しつづけて いるから

エネルギーと 物質が 等価である
ことを示す E=MC²は
場と エネルギーも 等価である
ことを示しても いる

凝縮 凝集と 拡散 伸長
脈動し 律動する
時と間 粒子と波動
渦巻き上がり 解(ほど)け波打つalterd様のブログもし いま が ありつづけ
わたしが 広がりつづけ 拡散してゆくなら
わたしは 空間であり 場であり
そこに 生命を 包含している
わたしと 胎となるべき 可能性を
立ち止まれず 進みつづける

もし 過去と未来が わたしを境に
流れゆくなら わたしは
カルマン渦をつくる 杭かもしれぬ
わたしが 進んでいる のではなく
流れが わたしを貫き 置き去りにする
わたしに 生命が宿ったとき
それは 逆カルマン渦となり
わたしは 生命とともに 杭を離れ
流れの源へ 遡(さかのぼ)る

空間の密度が増す のは
そこから離れる ことだろうか
三次元のものから 離れると
二次元に なる
そして やがて一次元になり
時空の狭間に 消ゆる
ように 見える

だが もし
十分に広い 視野を持つなら
星々から離れると 銀河が顕れ
銀河から離れると 銀河団が顕れ
銀河団は 連なっている

あるところで 逆轉している
かもしれぬ
放れ 離れてゆくと
間近な 小さなところから
浮び上がり 帰っている
かもしれぬ

近づくと 空間が顕れる
十分に近く 離れた
広い視野を 保てれば
陽子に近づくと 空間が広がり
陽子のまわりに飛び交う
電子が 宇宙をなし
陽子の中にひしめく クォークとπ中間子
崩壊すると 光が顕れる 二つ

拡がり漂い 離れゆく力と
深く沈潜し 圧縮を解く力
流れる力と 留まる力

重力と 時間と 空間から 解き放たれ
あなたは 光の中に 居るのだろう
二つの 光の中に

落葉 落ち かさなりて 雨 雨をうつ ―― 半身 補遺

2018年07月07日 | 随想
(俳句)  落葉 落ち かさなりて 雨 雨をうつ
(作者)  久村(加藤) 暁臺(台)(きょうたい)
尾張國 1732年10月19日〔享保17年9月1日〕- 1792年2月12日〔寛政4年1月20日〕)

尾張(をはり)藩士を辞し 諸國を旅して
尾張國(をはりのくに)へ戻り 庵(いほり)を編んで
俳諧に精進 享年59歳

表題の句のほか  木の葉たく けぶりの上の落葉かな  赤椿 咲きし真下へ落ちにけり
         脇ざしの柄 うたれ行く粟穂かな   梅咲て十日もたちぬ 月夜哉
         風おもく 人甘くなりて春くれぬ   海の音 一日遠き小春かな
         秋の水 心の上を流るなり      など


  落葉 落ち かさなりて 雨 雨をうつ (暁 臺)


古(いにしへ)より 言の葉繁り立つ
深き森に絶え間なく 落ち葉散り敷く

「落」と「雨」が
「かさなりて」を境に
鏡に映る 天地の間(あはひ)

落ち葉が ふかふかに重なり合った
地面より 少し上
手を置けば 何處(どこ)までも沈む

ほとんど聴こえぬけれど
しているはずの かすかな音

ついさっき 落ちた葉に
いま また落ちてきた葉が
うち重なってゆく
「かさ」という音

降り落ちたばかりで 丸く
ほんの少し つぶれかけた雨粒に
落ちてきた雨の滴(しづく)が
ふれ 一つになろうとする
「ぽつ」「ぴしゃ」という音

その間にも 落ち葉に落ち葉が
重なり 搖(ゆ)れ動き ずれては
また重なり ずっと下のほうでも
「ぱり」「くしゃ」という音が
かすかに響き 遙(はる)か上では
雨が少しづつ溜(たま)って
そこへさらに「ぴち」と落ち
「つう」と伝い降りる

「さーさー」「しとしと」と
降り已(や)まぬ 音の間(あはひ)に
遙(はる)か下の 小さく広やかな
世界では 乾きかけ 湿ってきた
ものが かすかに押し合い

温かな空気の脇を 雨水が
冷たく流れ伝い 滲(し)み込んで
薄くなり 音のような翳(かげ)や
水のような光になり 微睡(まどろ)む


  木の葉たく けぶりの上の 落葉かな (暁 臺)


焚(た)かれている落ち葉
煙は 落ち葉の灰
そこへ また落ち葉が
身を投ずるように舞い降り

無常でも 輪廻でもある
自然の裡(うち)で 滅びる
のではなく 営々とつづく
憧れのような 望みのような
遊びのような 束の間の
出逢いの裡(うち)に

なにかの 真実や 厚情や
景色が 浮かんでは 残り
消えては くりかえされる
一切は 何處(いづく)にか
映し出され 記憶され

落ち葉の上に雨降る
かすかな音がして 丸く縮れた
落ち葉が あちこちで少しづつ
搖(ゆ)れ動き 下のほうまで
隙間が空くと 息を呑(の)むような
音を立て 雨が落ち

落ち葉の 丸まった背が圧(お)され
幽(かそけ)き吐息が 通り抜け
落ち葉の連なるトンネルの向う端を
過(よぎ)る きらめく雨粒に 小さく
数多(あまた)の落ち葉と雨の
裡(うち)に 映るかもしれぬ

落ち葉は砕け 雨水は滲(にじ)み
一つに包み 包まれ合い かすかに
きらめく息で 歌うように笑い

遙(はる)かな昔に失われし
言の葉の散り敷いた
奥底にある 天空の
雨水の大洋につづく
鏡の向うへ ゆっくりと漂(ただよ)い



(音楽)  Seven Songs for Piano  Six Dances for Piano
(作者)  コミタス KomitasԿոմիտաս Soghomon Soghomonian
(トルコ キュタヒヤ 1869年10月8日 - 1935年10月22日 フランス ヴィルジュイフ)

生後間もなく母を亡くし
11歳で父を失い 孤児となる

ともに類稀(たぐいまれ)な
聲(こえ)の持ち主で
数多(あまた)の歌を紡(つむ)ぐ
アルメニア人の
絨毯(じゅうたん)織師の母と
靴屋の父だったという

寄宿神学校から ベルリンの大学へ留学
音楽学博士 司祭として帰国
アルメニア教会音楽を作曲する傍ら
アルメニアやクルドなどの
少数民族の民謡を収集
失われた伝統音楽を西欧の和声や
作曲法の裡(うち)に蘇(よみがえ)らせた

アルメニア人虐殺 の最中(さなか)
逮捕され 収容所に送られる
収集した譜面や録音は 数多失われ
解放後も 重度のPTSDに苦しみ
トルコの軍事病院を経て
パリの精神病院に入院するも
癒(い)えることはなかった 享年66歳

上記の 二つのピアノ曲集 のほか
Apricot Tree(杏の木 Ծիրանի ծառը) Al Aylughs(アル アィラフ Ալ Այլուղս)
Crane(鶴 Կռունկ) The Sky Is Cloudy(空は雲り Երկինքն ամպել է) Oror (子守唄)
など
(演奏)   〔ピアノ〕ハイク・メリクヤン Hayk Melikyan(Հայկ Մելիքեան)
(アルメニア エレバン 1980年11月29日 - ) Balys Dvarionas - Winter Sketches
Aram Khachaturian - Seven Pieces from "Album for Children"
 〔バイオリン〕セルゲイ・ハチャトゥリアン Sergey KhachatryanՍերգեյ Խաչատրյան)(アルメニア エレバン 1985年5月5日 - )〔ピアノ〕ルシーン・ハチャトゥリアン
(同1983年 - セルゲイの姉)Sergey & Lusine Khachatryan - My Armenia
〔ソプラノ〕イザベル・ベイラクダリアン Isabel Bayrakdarian
(アルメニア系カナダ 1974年2月1日 - )



(絵画)  オフィーリア Ophelia
(作者)  オディロン・ルドン Odilon Redon
     (ボルドー 1840年4月20日〔4月22日説も〕 - 1916年7月6日 パリ)

生後二日目より11歳まで 里子に出され
田舎で ひっそりと育つ
青年時代 植物学者と親しみ
顕微鏡下の世界に 魅せられる

印象派の胎動するパリに出
18世紀スペインの画家ゴヤに影響を受けた
モノクロームの版画から始め
生まれたばかりの 長男の死から3年後
次男の誕生を経て 闇から きらめく色彩を見出す

シャガール ローランサンよりも
半世紀 前の世代 ゴッホよりも 年長
同じ1840年生まれのモネより 半年程 年嵩(としかさ)

50歳近くで授かった次男は 第一次大戦に徴兵され
行方不明となり 消息を尋ね歩く裡(うち)
風邪をこじらせ 亡くなった 享年76歳



(絵画)  カントリー・ダイアリー The Country Diary of an Edwardian Lady
      (Nature Notes for 1906 年)
(作者)  イーディス・ホールデン Edith Holden
     (バーミンガム 1871年9月26日 – 1920年3月15日 ロンドン)

ヴィクトリア朝時代の英国に生れ
敬虔な篤志家の両親のもとに育つ
スピリチュアリズムに関心のあった
両親は やがて交霊会などを催すようになった

田園地帯を自転車で訪れ 歩き回っては
四季の植物や 鳥や虫を観察
手描き 挿絵入りの日誌に 綴(つづ)った

女学校教師や挿絵画家として活躍
彫刻家と結婚
ある朝 テムズ川べりを散策中
おそらく栗の花芽を よく見ようとして
足を滑らせて 川に落ち
強く速い流れの淵(ふち)だったため
溺(おぼ)れて亡くなった 享年49歳

没後 発見され 出版された
手描き 挿絵入りの日誌は
世界中で人気を博し 愛されつづけている



(音楽)  Piano Sonata
(作者)  エリッキ=スヴェン・トゥール Erkki-Sven Tüür
     (エストニア 1959年10月16日 - )



(絵画)  自転車に乗って 彼女は出かけた(イーディス・ホールデン)
      she rode her bike(Edith Holden)
(作者)  シンシア・コルゼクヴァ Cynthia Korzekwa

彼女が 実際に 自転車に
乗っていたことは
この絵で 初めて知った
暗色の長い裳裾(もすそ)と
短髪を靡(なび)かせ

夢の中で 彼女が自転車を押して
黄昏の道を歩いていると
古びた庭園の 鉄柵の門が
開きかけていて
彼女は自転車を立てかけ
中へ歩み入る

四半世紀(25年)前 夢見たのは
生い茂ったまま枯れ果てた
草花の間で台座に載ったまま
忘れられて久しい胸像を
ハムレットの父王と 見分け
彼女が呼びかけると 答えた
という情景

王は彼女をオフィーリアと
取り違えていて 彼女に
ある蝸牛(かたつむり)を探すように頼む

それは 毒を注ぎ込まれた王の耳で
ないほうの耳から逃げた 王の魂で
國(くに)を滅ぼそうとする悪意が
毒の霧となって そこら中に忍び込み
人々の心に悪意を植え付ける中
息子を守ろうとしたが 果たせず

殺されてしまった息子ハムレットの
魂を 怨念の餌食とされぬよう
救い出し 父の魂ともども殻に収め
近くに身を潜めている と

國(くに)を滅ぼそうとする悪意は
過去に滅ぼし合った者の怨念
王弟の耳へ 兄王謀殺を
吹き込んだのも 同じもの

胸像は 台座に載ったまま
滑るように位置を変え
庭園を案内しながら語る

ように見えるが それは幻影で
胸像は元の位置から
一歩も動いていない

毒を注ぎ込まれたほうの耳は
王の心と記憶を蝕(むしば)み
もう一方の耳から 魂が避難しつつ
孤軍奮闘する間にも 息子に 復讐するよう
幻影を送ってしまっていた

いま すべてが滅び 忘れ去られ
悪意だけが 依然 はびこる中
王は時折 自らの武骨な老いたる魂と
息子の若き 純粋な魂は
妃と王弟を許し 恐れと恨みからなる
悪意に ともに立ち向かうことが
できるのではないか と想う

彼女が庭園の奥の 壊れた温室で
王と王子の魂が一つになった
蝸牛(かたつむり)を見つけると
悪意が 突然の雹(ひょう)嵐となって 襲いかかる
身を挺(てい)して守ろうとし 果たすが
自らは溺(おぼ)れてしまう

そこに ハムレットは オフィーリアで
オフィーリアは ハムレット だった
という 男女の双子と 性同一性障害の
設定を 新たに取り入れようとしたが
まとまりのない 長文となった
やはり 分離しようと 最初の
情景に立ち返ろう としたところ

庭園の像は 半ば透き通り
懐かしい風景からの色を まとい
伸び伸びと自由な 自らで居られる
家へ帰ろうとした少年と
故郷の湖で 謎の死を遂(と)げた
青年画家との 二重像となって
彷徨(さまよ)っていた

自らであろうとするあまり
死の翳(かげ)の谿(たに)に深く
踏み込んでしまった ハムレットは
幼い先住民の少年に

ふいに生きる道を断ち切られ
懊悩する父王は 不安な光となって
繪(え)の中を彷徨(さまよ)う青年画家に
投影され 二人は一つに重なりながら
何が 自ら(と周囲)の死を
招いたのか 想い悩む

世代を超え オフィーリアの命運を
受け継いだイーディスが
堂堂巡りの渦巻く 呪縛より
二人を 自らとともに解き放ち
助けようと 力を尽くすことで

三つ巴(ともえ)の渦は それぞれ
差し延べた手を 取り合い 自らの
核心から永劫へと 諸共(もろとも)に
貫(ぬ)け出(い)でむ と願う



(絵画)  Darling Magazine
(作者)  ルーシー・ペインズ Lucy Panes

トム・トムソン に 似ていなくもない弟は
ミュージシャン(ルー・ペインズ) 長姉は写真家
姉と弟に挟まれた 中の姉 イラストレーターのルーシー

この作品は 一連の 若き女性像の 一枚だが
一風変わっており 穏やかに鎖(とざ)された目と
衣服に 模様のように浮かび上がる草花が
蝶 諸共(もろとも)に 伸び
その眠りを覆(おほ)はむ とする

恐れと憎しみの渦巻く淵に立ち
それらを収め 救いたいと願い
それらに母が あったことを想い
自らの内に受け入れ
もう なにものも傷つけず 傷つけさせない

それらが いつしか涙と笑いを取り戻し
澄み亘(わた)った幼子として すべての
可能性となって 生まれる日まで 彼女は
何人もの彼女の内に 持ち堪(こた)え 諦めず
願い已(や)めず 励まし ともに居て 待つ

崇高で 静かな 永き眠りは
オフィーリアのもののように 見える


(少年)  チェイニー・ウェンジャック Chanie Wenjack
     (カナダ オンタリオ州 1954年1月19日 – 1966年10月23日 カナダ オンタリオ州)

カナダ オンタリオ州 先住民居留地に
オジブワ(アニシナアベ)族長の母と
父のもとに生れる

9歳で送られた寄宿舎から
3年後の秋 脱走 600km離れた
家に帰ろうとするも 低体温症で
亡くなった 享年12歳

彼の死と その報道により
先住民の幼い子供が 家族から
引き離され 遠い寄宿学校で
差別的に 非先住民文化を
教え込まれることの問題点を
改善しようという
國民的な意識が高まった


(音楽)  The Secret Pass
(作者)  ゴード・ダウニー Gord Downie
     (カナダ オンタリオ州 1964年2月6日 – 2017年10月17日 カナダ オンタリオ州)

カナダのロック・ミュージシャン
ザ・トラジカリー・ヒップ を率い
カナダに潜む問題を問いかけつづけ
とりわけ先住民と非先住民との
和解に努めた

2016年 脳腫瘍を発症するも
チェイニー・ウェンジャックを
詠った歌を作り ゴード・ダウニー&
チェイニー・ウェンジャック基金
を設立

家族に支えられ 友人たちと長らく
音楽活動を続けられた幸運に 感謝しつつ
良き父として息子として 夫として友人として
疲れを知らず 全力で最善を尽くしつづけ
家族に見守られ 逝去 享年53歳

同基金をはじめ 先住民の子どもたちが
親や家族から引き離され 遠くの寄宿学校へ
行かされるのではなく 各居留地に学校が作られ
自宅から通いながら 失われゆく独自の文化を
再発見し 伝承へとつなげてゆく
試みが つづけられている



(絵画)  大地の上のテンマ Temma on Earth
(作者)  ティム・ロウリー Tim Lowly(合衆国 ノースカロライナ州 1958年 - )

脳性麻痺の娘テンマの
身体の内に鎖(とざ)されながら
素直に 懸命に耀(かがや)き
羽搏(はばた)く心を伝えようとしている

1999年 アクリルジェッソを
地塗りした板に描かれた
244×366cm
シアトルの フライ美術館 所蔵

翌2000年秋に結成されたバンド
アナサロ Anathallo の 2008年の
セカンド アルバムのジャケットに用いられた

横たわる子どもの捩(ねじ)れた姿勢から
人知れず迷い込んだ 深い森の中で
独り 事故で身動きが取れなくなって
いる姿を描いたものか と想っていた

大地に斃(たお)れるごとくして 魂を解き放ち
通わせるかのような テンマの様子は
鉄道員に発見された チェイニーの最期と
残された唯一の写真の中の 衣服と靴
また 写真の中で 手にした
釣り針のようなものを見つめる
トム・トムソンの姿勢を 想わせる

埃をかぶり干からびた大地に
ロゼットを拡げる葉のように
明るく温かな光と潤(うるお)いを求め
根差したところから 動けずとも
注意深く 心を込め 精一杯
差し延ばされた姿は 自由
生きること 心からの願い
希求について 考えさせ
已(や)むことがない



(絵画)  カヌー湖 Canoe Lake  西風 The West Wind
(作者)  トム・トムソン Tom Thomson
   (カナダ オンタリオ州 1877年8月5日 – 1917年7月8日 カナダ オンタリオ州 カヌー湖

カナダの画家 独りカヌーに乗り
カヌー・レイク」という湖へ
釣りに出かけたまま 水死体で発見された

カヌーと 釣りの名手として知られ
自らのカヌーで 日を置かず
訪(おとな)っていた湖で
愛用のものとは異なる とされた 釣り糸が
足首に 丁寧に巻きつけられていた とも
頭部に 外傷も見られた とも いわれるが
早々に埋葬されてしまう 享年39歳

数年後 検死のため 墓が暴かれた際
先住民と想われる 遺体が出てきた
とされるなど 突然の死にまつわる
謎は 解明されぬままとなっている

カナダの風土を 独特の
繊細さと 力強さと 憂愁に満ち
くっきりとした陽光と 冷たい風
黒々とした闇に きらめく星々や
オーロラの下に 描き出し
國民的画家として称揚され
愛されつづけている

アルゴンキン國立公園の入口
トム・トムソンが生まれた町
ハンツビルにある トム・トムソン像
傍らにカヌーが伏せられ
岩に腰を落ち着け 繪具(えのぐ)箱を開いている

ラップトップ型の繪具(えのぐ)箱に
パレットを キーボードのように中蓋(ふた)にして載せ
外蓋(ふた)の内側に 木材パルプのボードを嵌(は)め込み
携えてカヌーで出かけ 数多(あまた)の風景を オイル スケッチした

像が描いているのは
「西風」のためのスケッチ
1916年春に 木材パルプのボードに 油彩で描かれた
大きさは 21.4×26.8cm
眩(まばゆ)い光と 爽やかな風
かすめる浪飛沫(なみしぶき)が捉えられ

翌年にかけての冬に
カンヴァスに 油彩で仕上げられた
「西風」 大きさは 120.7×137.9cm
澄んだガラスで隔てられたように
静けさの中 くっきりと
つぎつぎ 打ち寄せる波
青空を覆(おほ)ひ尽くし
進み來る雲が 描き込まれ
風に撓(たわ)んだ枝を
帆のように広げた 松が
風の歌に和している
ともに アート・ギャラリー・オブ・オンタリオ 所蔵



(音楽)  Hamlet Gonashvili - Orovela(オーロラ)
(歌手)  ハムレット・ゴナシュヴィリ Hamlet Gonashvili
     (ジョージア 1928年6月20日 - 1985年7月25日 ジョージア)

庭の林檎の木から 落下する事故で亡くなった
享年56歳
ジョージアの聲(こえ) 國民的歌手として
称揚され愛されつづけている

オーロラの歌は とくに アメリカ先住民の
救いと癒(いや)しを希(こいねが)う歌と
通底しているように想われる

(音楽)  Navajo Healing Song by the Navajo & the Sioux