hazar  言の葉の林を抜けて、有明の道  風の音

細々と書きためたまま放置していた散文を、少しずつ書き上げ、楽しみにしてくれていた母に届けたい

2015年08月27日 | 散文詩
陽が昇るまでの間に                         Juana Molina - Tres Cosas
戻らねばならぬ 水平線へ手をのばす
そっと 押しやるように

 すると 浜松のひとつが 身を起こし 月をほうった

  この絵を どこで見たのだろう と 探すうち
  一九四一年に亡くなる 新井(歌川)芳宗 (二代) の作と知った
  曾祖父母の時代の人だ   静かな夜の海を いくつか描いている
  浜へ 天秤棒 で振分けた 桶をかついだ人が 上がってきて
  もうひとりは まだ波打ち際で 汐汲みをする

  その昔 須磨に 美しい姉妹が住んでいて 汐汲みに出かけ
  流刑となった 在原 行平 と 出逢い 松風 村雨 と 呼ばれ 愛されたという
  若松らも 海へ歩み入ろうとして しばし たたずむかのようだ
  高くのびた老松は 枝葉をのべて (芳年らの絵で) 雁も吸い込まれゆく
  満月を 漁ろうとしているのかも知れぬ
  手品師のように 月を出したり 消したりしているのかも知れぬし
  大潮の海とともに ただ月に ひかれゆくのかも知れぬ

 大潮へ ひきゆく浜の かそけき泡 巻きつ つま弾く 波をすく月

波間にゆれる ぬれそぼった頭
また夢を 見ているのだろうか

かえりみれば 低くつらなる浜松の間に
砂へふせられゆく月の
うるむように光る
視線にそって

ゆるやかに渦巻く 波にきざまれ
しらじらと明るむ 帷子が
ひそやかに 海原をくねりのびてくる

追いつかれぬうちに
追いつかれる前の ほんのひととき

 かなたより 波こゑ渡る ほの白き きざし かすかに きしむ風鈴

波の花が咲き乱れ散る 磯に立ち
汐の集めた 声をきく
波が ゆっくりと灰になる
足指に 砂を含む

目を上げれば 夕日に まぶしそうな人がたと
遠ざかる 灯籠の群れが
ゆれているのが 見えるかも知れぬ

いつまでも

首をめぐらすことは なかった
岩にわだかまる 汐の上で
髪を吹き散らされ 耳を澄まして

 ざはざはと 波くだけ 泡散る巌 蓬髪 舞いて 日月おぼろ

 落ち割れし風鈴 月の涙うく 小屋より出でて 犬のたたずむ

割れた風鈴と 汐の泡を たなごころに
精霊流しの列に ついて行った
緑の柳の ゆらめき並んだ
曲りながら のぼる細道

夕がすみの あちこちで
ゆかた姿と ひと色のうちわが
和紙の上へ落ちた
色水のように しみわたる

りぃーん りぃーん と 鳴る 風鈴の
ガラスへ描かれた 赤い金魚が
尾をゆらし つゐっと回り 泳ぎ出す
二尾になったり 黒くなったり
泡をくぐったり 通り抜けたり

 くづほれし風鈴の 息のむこゑに 犬のかげ來たりて 寄り添ひし

ゆっくりと車のかげが 横を過ぎゆく
平らな道の 平らな車窓
石ころや草や でこぼこやバッタや
コオロギやでこぼこや 草や石ころの
上をかげり過ぎ

時折 明るむ
若いままの先生も 平らなまま
乗るか と 言われても 乗らぬ子
すべってゆく 扉のかげを 手でひき開け
道の下へと 乗り込む子

りぃーん りぃーん 誰も帰ってこない
皆 どこへ行ってしまったのだろう
かくれ鬼をしていて そのまま帰ってしまった
子らを まだ探しているように
あたたかな塀に 手をつく

もう風鈴も 泡もない
空へ帰った

 みわたせる 平らかな道 歩むごと 水 流れゆき 雲 まだ遠く

風鈴のひびき ささやく泡の
灯籠を流してから あたたかな海に入る

金魚が あかりのように きらめく
ひとりでに のびた髪が 水面に ながく散り
いつまでも ゆれていた

手から はなれるとき 障子紙が
ため息のような 小さな音を立てたのを
想い返しているような

目のかげが 波間に いくつも またたいて

 來し方も 行く末も また 結ばれて はるか かなたを かがやき めぐる

 いまは昔 あめはれて 街灯ともる 帰り道
 真中歩める 蝉の子拾い 車にひかるるぞ と 塀の内へのせたる
 明くる朝 この辺りにて と 見上げし 塀のはるか上 われを待ち居し
 紗緑の羽 つぶらなる ひとみ 大いなる蝉 友なる歌い手

 待っていて 見せてくれたのね と 母の笑みたまひし

 蝉のあな あまた 大粒 雨入りて
 こもれび 湧きし 線香 めぐる

 塔婆 のぼり 空蝉 つどふ 葉かげ より
 声明の雨 天 舞い昇る

 夏水仙 八月半ばに 咲き初めし
 こぞ 十一月まで 咲きたれば

 薄紅の まぶた 唇 ほのひらき
 夏 ゆきしか と ささやきつ まどろみつ

 夏水仙の 噴井 泡巻く 昼顔へ
 百日紅 しぶき かげ散らす 蝉

 また こんなに きれいに 咲いて
 と 母のたたずみたまひし 手すりの
 上へ 下へ くぐりて咲きし 橙色の薔薇
 母を探し かをり 風にたづね 雨にきき
 ついに光のうちに 母を見つけし
 花の 笑み散る

 散る花の 母の手のごと やはらかき

 寄り添ひて しづけく朽ちゆく 花びらを
 風の ゆすりて 遠つ海 來る

波巻き白く うち寄せる浜
ひとり舞い 願う 詩仙のみたまへ
大海のふところ深く われを包み
帰らせたまへ 母なるみくにへ
いつか いつか いつか まだ まだ まだ

みこころに添ひ 眞実を尽くし
ありがたく すべてをうけ入れ
すべてをゆるし 持てるすべてを与ふ
いつなりと いつなりと いつなりと
いま いま いま

海原 はるか
いまはなき母 いまはなき子つれ
あまた舟に乗りゆく
月かげ さやか

涙かくし 楽しき話
励まし語る 託されし 人の子のため
涙こらへ 耳 澄まし
やがて笑む 見知らぬ 人の母のため

人のため 人は死ぬる
祈りの風 願ひの汐に 送られて

とことはのよろこび のみ待つ
とこしへにかがやく みくにへ舟はゆく

いつまでも いつまでも いつまでも
ともに ともに ともに ある ある ある

生きよ 生きよ 生きよ
いまも いつも いまも いつも いまも いつも

海鳴りが とどろく 浜に 人かげは もう ない

走り 涙枯れ 手をふり
われも乗せたまへ と 舟を追ひ
ついに その舟が
すべての かなしみと後悔の届かぬ
ところまで
人のため 自らのため 命の限り生きる
ところまで 走り続けさせてくれた
ことに気づき 立ち止まる

舟の上のひとり またひとりが 手をふる
手を 大きくふり返そうと 上げると
まばゆく 日が昇る
その中へ 舟は消えゆく
見えぬ どの顔にも 心からの笑みが 浮んでいる
ゆく顔の すべてに 送る顔の それぞれに


かぎろひ

2015年08月13日 | 散文詩
ほのくらき 高層ビルに かげ残し
あきあかね とぶ 上昇気流

つぎつぎと あえかなる羽 きらめかせ
いづくにか帰る 花火のしぶき

残照の摩天楼 透く まぶた ふたつ
羽ばたき ゆきぬ かげ あまた つれ

互いには 見えぬ手 たづさへ 果てしなく
去りゆく かげ と 光の 時空
(みちゆき)

薄明り かつて 鏡の ありし壁
見返す ひとみ 互いを 見知らず

淺き水 たまりし 淵を
のぞめし 巌
たなびく 編み橋 闇 飄飄
(べふべふ)

みわたせば 人けなき浜 月明り
おぼろ消えゆく 沖つ白波

(くつ) 音の 杳(よう)として消ゆ
水面 
(べふべふ)
さまよひて いつしか 忘る
眼差しの かくれ もつるる 波間より

満天の星 森閑と したたり
しづくに宿る まどかなる
虹 うち重なりて 沙
(すな) 渺渺(べふべふ)

いまはなき ビルの谷間をふき貫くる
同じ風 くづほれやまぬ 粉塵
垂るる おろちの口より 殷殷
(ゐんゐん)

遠雷わたる あめはれし夕
背後 不在が ゆくら ゆくり と 翼を ひらく

鏡 奥 たそがれ 街灯 風 おぼろ
紙袋 へこみ ながき 息はく
深更 籠中 すてし 歌より
遠く 明けゆく 泡 夢 波の
瓦礫より 空へと 帰る
眼差し ひとつ さか 流れ星

ねじ花の 散りて らせんの段 なくば
棹のみ 風とき 夢 ふき流す

すな浴びの 雀とどめし 眼差しを
上ぐれば 身注ぐ みん蝉 しぐれ

頂きに笑む 末子 ひまはり 昼の星
肩車す 炎熱の実 満つ されかうべ
ふり登り來し かみきりの
棹に とぎれし 暮れ夏の夢

目に痛し 白き入道 湧き寄せ 告ぐ
(な)が棄(う)ちし 夢の小雲の さまよひて
大海の畔 泡ふく蟹へ
小雨降らせて 消ゆるとぞ

光満つ 駅舎に響く いくへにも
深き森より さへずりの
しづけき かなた 列車あらはる
來し方より 行く末より