新古今和歌集の部屋

絵入り平家物語 巻第一 六、二代のきさきの事 蔵書


平家物語巻第一

  六 二代のきさきの事
昔より今にいたるまで、源平両氏てうかに召つかはれて、
わうくわにしたがはず、をのづからてうけんをかろんずる者
には、たがひにいましめをくはへしかば、代の乱はなかりしに、保
元に為義きられ、平治に義朝ちうせられてのちは、
末〃の源氏共、或はながされ、或はうしなはれて、今は平家
の一類のみはんじやうして、頭をさし出す者なし。いかならん末の
世までも、何事か有んとぞみえし。され共鳥羽の院御
あんかの後は、兵かく打つゞいて、しざい、るけい、けつくわん、ちや
にん、つねに行はれて、海内もしづかならず、せけんもいまだ
落居せず。なかんづく、永暦應保の比よりして、ゐんの

きんじゆ者をば、内より御戒有、内の近習者をば院より
戒めらるゝ間、上下おそれをのゝいて、やすい心もせず、只
しんえんにのぞんて、薄氷をふむに同じ。主上しやう
皇ふしの御あひだに、何事の御へだてか有なれ共、思ひ
の外の事共おほかりけり。是も世げうきにおよんで、人
けうあくをさきとする故也。主上院の仰をば、つねは申か
へさせおはしましける中に、人じぼくをおどろかし、世もつ
て大きにかたぶけ申事有けり。故近衛の院の后、太皇
太后宮と申しは、大炊のみかどの右大臣公能公の御娘也。
せんていにおくれ奉り給ひて後は、九重への外、このゑがはら
の御所にぞうつり住せ給ひける。前のきさいの宮にて、
かすかなる御有さまにてわたらせ給ひしが、永曆のころ
ほひは、御年廿二三にもやならせましましけん、御さかりも
すこし過させ、おはします程なり。され共天下第一の、び
人の聞えまし/\ければ、主上色にのみ染る御心にてひ
そかに高力士にぜうじて、下宮に引きもとめしむるにお
よびて、此大宮の御所へ、ひそかに御ゑん書有。大宮あへて
聞し召も入ず。さればひたすらはや、ほにあらはれて、后御
入内有べき由、右大臣家にせんじを下さる。此事天下に
おいてことなるせうしなれば、公卿せんぎ有て、各いけ
んをいふ。先ゐてうのせんしようをとふらふに、しんだん
のそく天皇后は、たうの大宗の后、かうそう皇帝の
けいぼなり。大宗ほうぎよの後、高宗の后に立給ふ、
事有。それはゐてうのせんぎたるうへ、別だんの事なり。
しかれ共我朝には、神む天皇より此かた人王七十四代に
いたるまで、いまだ二代の后にたゝせ給ふれいを聞ずと
諸卿一同にうつたへ申されたりければ、上皇もしかるべから
ざる由、こしらへ申させ給へ共、主上仰せなりけるは、天子
に父母なし。我十善のかいこうによつて、今萬ぜうの
ほうゐをたもつ。是程の事、などかゑいりよにまかせざ


るべきとて、やがて御入内の日、せんげせられけるうへは、上皇も力
およばせ給はず。大宮かくと聞し召されけるより、御涙にし
づませおはします。先帝におくれ参らせにし久寿の
秋の始、同じ野原の露共きへ、家をも出、よをものがれ
たりせば、今かかかるうき見ゝをば聞かざらましとぞ、御歎
有ける。父の大臣こしらへ申させ給ひけるは、世にしたがは
ざるをもつて狂人とすとみへたり。すでにぜうめいを下さる。子
細を申に所なし。たゞ速に参らせ給ふべき也。模皇子御
誕生有て、君も国母といはれ、ぐらうも外祖とあふがる
べき瑞相にてもや候らん。是遍にぐらうをたすけさせまし
ます、御孝行の御至りなるべしと、やう/\にこしらへ申させ
給へ共、御返事も無りけり。大宮其比何となき御手習のついでに、
 うきふしに沈もやらで河竹のよにためしなき名をや流さん
世にはいかにしてもれけるやらん、あはれにやさしきためし
にぞ人〃申あはれける。すでに御入内の日にもなりしかば、

父の大臣、ぐぶのかんだちめ、出車のぎしきなど、心ことにだ
したてまいらつさせ給ひけり。大宮ものうき御出たちな
れば、とみにも奉らず、はるかに夜ふけ、さよもなかばに
なりて後、御車にたすけのせられさせ給ひけり。御入内の
後は、れいけい殿にぞまし/\ける。さればひたすら朝政
をすすめ申せ給ふ御さまなり。かのししん殿のくわうきよ
には、賢聖のしやうじを立られたり。伊尹、てい五りん、ぐ
せいなん、太公望、かくり先生、りせきしば、手ながあ
なが、馬かたのしやうじ、おにのま、李将軍がすがたを
さながらうつせるしやうじも有。おはりの守をのゝ道風
が、七くはい賢聖の障子とかけるも、ことはりとぞみえし。
かの清涼殿のぐはとの御しやうじには、昔金岡がかき
たりし、遠山の有明の月も有とかや。故院のいまだ
幼主にてましませし、そのかみ何となき御手まさ
くりのついでに、かきくもらかさせたまひたりしが、有しなか



らに少もたがはせ給はぬを御らんじて、先帝のむかし
もや、御こひしう思しめされけん、
 思ひきやう身ながらにめぐりきて同じ雲井の月をみんとは
その間の御なからひ云しらず、哀にやさしき御事なり。



名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「平家物語」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事