新古今和歌集の部屋

雑歌上 岩田の小野のははそ原 岡崎宣持筆コレクション

やましろのいは田

のをのゝはゝそ原

  見つゝやきみが

  山路こゆらん


第十七 雜歌中
題しらず
  式部卿宇合
山城の岩田の小野のははそ原見つつや君が山路越ゆらむ

読み:やましろのいわたのおののははそはらみつつやきみがやまじこゆらむ

意訳:山城の石田小野の小楢が紅葉している中を見ながら、あの人は山路を越えている頃だろうか。

作者:藤原宇合ふじわらのうまかい694~737不比等の子。遣唐副使として唐に渡る。常陸守の時常陸風土記編纂に関係したといわれる。

備考:万葉集巻第九,石田;京都市伏見区石田。古今和歌六帖。八代集抄

万葉集巻第九1730
  宇合卿歌三首
山品之 石田乃小野之 母蘇原 見乍哉公之 山道越良武
山科の石田の小野のははそ原見つつか君が山道越ゆらむ


岡崎宣持
元和三年ー寛文十二年(1617-1672年)従三位。

藤本了因極

平成28年3月2日 壱點伍

コメント一覧

jikan314
地名と歌が一致しなくて
sakura様
新古今和歌集の歌で、万葉集歌である事は知っていましたが、石田(いしだ)と岩田(いわた)が一致しなくて、醍醐図書館に行った時に岩田だと知りました。そう言えば、石田、醍醐、小野、山科と地下鉄駅が並んでいるので、連想すればと後から思いました。
万葉集歌碑は、いろんな場所に有り、HPでも多数紹介されているのですが、順徳院の歌碑は、私が初めてではないかと。
この色紙も金泥下絵で、岡崎某は知りませんが、もしかしたらお宝では?と捕らぬ狐(お稲荷さんの裏手なので)の皮算用しております。(笑)
sakura
こんにちは!
これは、任地から都へ帰って行く知人が都に近づいていた時の様子を
藤原宇合が想像して詠んだ歌だそうですね。

石田といえば明智光秀を思い出します。
山崎の合戦で敗れた光秀は坂本城を目ざして逃げる途中、
土民に藪で刺されてあえない最期を遂げましたね。
昔、この明智藪を石田へ探しに行ったことがあります。
やっと見つけた「明智光秀の塚」は、宅地開発が進み分りにくい場所にありました。

この歌碑もお探しになるのにご苦労なさったのではございませんか。
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