ミヒのピアノの演奏会は大成功のうちに幕を下ろした。サンヒョクとユヨルは満足そうな顔で会場を後にした。
「今日の演奏は良かったなあ。カリスマ性があるよなぁ。インタビューが待ちきれないなっ。でも、なんだか今日は顔色が悪そうだったぞ。体調がイマイチだったのかな?」
ユヨルは饒舌で話が止まらない。そんなとき、サンヒョクは会場に入ってきたミニョンを見つけた。ミニョンは誰かを探してキョロキョロしていた。良い音楽を聴いて、これからユジンとデートでいい気分なのにあいつはこんなところまで来るなんてどこまでもいけすかないヤツだ、とサンヒョクは苦虫を潰した顔をして会場を立ち去るのだった。
その頃ミニョンはミヒの楽屋に急いで向かっていた。ミヒが具合を悪くして倒れたと言う。ミヒの楽屋には、いつもアメリカでの長年の友人である、アン医師もかけつけていた。演奏会にたまたま来てくれていたようだった。ミニョンは慌ててミヒをおんぶして、宿泊先のホテルに運んだ。そしてベッドにミヒを寝かしつけると、アン医師にたずねた。
「大丈夫でしょうか。」
「ああ、大丈夫だろう。朝までゆっくり寝かせてあげなさい。ストレスで心労がたたったんだろう。」
ミニョンはアン医師を見送るために部屋を出た。アン医師は、ミヒがアメリカで知り合った韓国人医師で、精神的に不安定になった時に通院していた精神科医だ。何年か前に韓国に帰国したと聞いていたが、こんな形で会うとは奇遇だった。そしてミニョンのことも幼少期から知っていて、とても親切にしてくれた。
「先生がいらっしゃって、本当に良かったです。ありがとうございます。」
「私は精神科医だぞ。本当に重病じゃなくて良かったな。」
「とにかくありがとうございました。最近母は先生のお世話になっていますか?」
「うーん、帰国してからは一度も診察はしていないからだいぶ良くなったと思うよ。」
すると、突然ミニョンが改まった態度で質問をした。
「母と先生は昔からの知り合いですよね?」
「アメリカでずっと一緒だったからなぁ。」
「それでは聞きますが、母の子供は僕一人でしょうか。僕は本当にずっとアメリカで育ったんでしょうか。」
するとアン医師は狼狽した様子でミニョンを見つめた。
「おまえ、急に何を言いだすんだ?おかしなことを言わないでくれ。私は君がアメリカで生まれて育つのをずっと見守ってきたんだ。」
そう言うと、ミニョンの返事をまたずに、そそくさと立ち去って行った。ミニョンは腑に落ちない表情のまま、アン医師を見送るしかなかった。
サンヒョクはユジンのアパートで、ユジンにりんごを剥いてもらっていた。ユジンは母のギョンヒにサンヒョクと結婚しなさい、と言われてから、覚悟を決めたように明るく振る舞っていた。今もサンヒョクの目の前で八百屋のおばさんにりんごを🍎おまけしてもらった話を嬉しそうにしている。しかし、サンヒョクは全く話を聞いていなかった。先程カンミヒの演奏会会場にミニョンがいたことや、父親やミヒの不可解な態度がどうしても気になっていた。何か嫌な予感がして仕方ない。そんなサンヒョクに気がついて、ユジンも怪訝な顔をしている。
「ユジン、今日ミニョンさんを見かけたんだ。」
するとたちまちユジンの表情が曇り、下を向いてしまった。
「なんで私にそんな話をするの?」
「君が気にしてるかと思って。」
「何て答えてほしいの?まるでテストされてるみたい。わたし、テストが苦手なの知ってるでしょ?何が正解か教えて。せめてヒントをちょうだい。何も感じないと言えば嘘になるし、ドキッとしたと言えばあなたが傷つく、、、何て言えばあなたは安心するの?」
「正直に話してくれたから安心したよ。もう充分だ。もうこの話はやめよう。さあ、りんごを食べて。」
そう言うとユジンは、フォークに刺したりんごをサンヒョクに渡した。サンヒョクも笑顔でりんごをほうばって
「美味しい」
とユジンに微笑みかけた。しかし、ユジンが辛そうな顔で俯いているのを見て、気持ちが暗くなるのだった。二人の間になんとも言えない微妙な空気が流れ続けた。