2021年、また偉大な作曲家が亡くなられました。
公式ホームページ「すぎやまこういちの世界」
http://sugimania.com/
ウィキペディア解説は
https://w.wiki/4cmN
お金がないから東大に進学して、
親の会社に入社したけどフジテレビに転職・・・
なんなんだ、このうらやましいプロフィールは!?
自分がもっとも古いすぎやまこういちさんのトークは、
1970年代後半、FM東京での土曜日午後の歌謡曲番組でしょうか。
たしかこの頃、CDシングルが出るまで定着していない「オリジナルカラオケ」を
「歌ってみようのコーナー」として流していたのを覚えています。
時間がないので、2曲だけ取り上げます。
すぎやまさんが手掛けたヒット曲は、やはり1960~’70年代が目立ちますが、
テレビの歌番組では今もなお歌い継がれています。
まずひとつは、ザ・ピーナッツで有名な「恋のフーガ」(1967)。
ピーナッツというと宮川泰(ひろし)先生のイメージが強いですが、
この歌の作曲がすぎやまこういち さんだったのですね。
恋のフーガ ザ・ピーナッツ 1967
歌詞:Uta-Net
https://www.uta-net.com/movie/1837/
もうひとつ、ザ・タイガースの「花の首飾り」(1968)。
どちらも作詞でなかにし礼氏が関わっていたのですね。何となくわかります。
ちなみに、カバーソング・ブームを作った井上陽水氏のカバーアルバム『United Cover』でも
この歌が重要な位置を占めていました。
ハープやオーケストレーションがただのGSでない格調高さを持っていました。
ザ・タイガース The Tigers/花の首飾り Flower Necklace (1968年)
ほかにも「学生街の喫茶店」(1972,ガロ)も有名ですが、
彼らにとっては不本意なヒットであり、解散まで尾を引いてしまいました。
自分の目指すものと売れることの葛藤、いつの時代もミュージシャンが苦しむ問題です。
その後、ゲーム音楽「ドラゴンクエスト(通称ドラクエ)」で新たな世界を拓いたことは
言うまでもありません。
謹んでお悔やみ申し上げます。
公式ホームページ「すぎやまこういちの世界」
http://sugimania.com/
ウィキペディア解説は
https://w.wiki/4cmN
お金がないから東大に進学して、
親の会社に入社したけどフジテレビに転職・・・
なんなんだ、このうらやましいプロフィールは!?
自分がもっとも古いすぎやまこういちさんのトークは、
1970年代後半、FM東京での土曜日午後の歌謡曲番組でしょうか。
たしかこの頃、CDシングルが出るまで定着していない「オリジナルカラオケ」を
「歌ってみようのコーナー」として流していたのを覚えています。
時間がないので、2曲だけ取り上げます。
すぎやまさんが手掛けたヒット曲は、やはり1960~’70年代が目立ちますが、
テレビの歌番組では今もなお歌い継がれています。
まずひとつは、ザ・ピーナッツで有名な「恋のフーガ」(1967)。
ピーナッツというと宮川泰(ひろし)先生のイメージが強いですが、
この歌の作曲がすぎやまこういち さんだったのですね。
恋のフーガ ザ・ピーナッツ 1967
歌詞:Uta-Net
https://www.uta-net.com/movie/1837/
もうひとつ、ザ・タイガースの「花の首飾り」(1968)。
どちらも作詞でなかにし礼氏が関わっていたのですね。何となくわかります。
ちなみに、カバーソング・ブームを作った井上陽水氏のカバーアルバム『United Cover』でも
この歌が重要な位置を占めていました。
ハープやオーケストレーションがただのGSでない格調高さを持っていました。
ザ・タイガース The Tigers/花の首飾り Flower Necklace (1968年)
ほかにも「学生街の喫茶店」(1972,ガロ)も有名ですが、
彼らにとっては不本意なヒットであり、解散まで尾を引いてしまいました。
自分の目指すものと売れることの葛藤、いつの時代もミュージシャンが苦しむ問題です。
その後、ゲーム音楽「ドラゴンクエスト(通称ドラクエ)」で新たな世界を拓いたことは
言うまでもありません。
謹んでお悔やみ申し上げます。