2019年3月29日付訪問者数:502名様(!)
2019年3月30日付訪問者数:410名様
嘘ぉーーーっ?!
記録更新……なんてもんじゃない。
こんな数字、自分のブログに似合わない!
でも、ベスト1位が「課長サンの厄年」
2位が「傷だらけの天使」
4位・5位が「不惑のスクラム」
7位が「太陽にほえろ!」………そうか、なるほど、と言えるランキングだった。
まさか、まさかこの日が来るとは思いたくなかった……
東京新聞 2019年3月29日付「おくやみ」記事
萩原健一さん死去 『ショーケン』傷だらけの天使
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/obituaries/CK2019032902000183.html
「ショーケン」の愛称で親しまれ、
ドラマ「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」などに出演した
個性派俳優でミュージシャンの萩原健一(はぎわらけんいち)(本名敬三(けいぞう))さんが
3月26日日午前10時30分、消化管間質腫瘍のため東京都内の病院で死去した。
68歳。
さいたま市出身。
葬儀・告別式は近親者で行った。 喪主は妻理加(りか)さん。
1967年に五人組のグループサウンズ「ザ・テンプターズ」のボーカルとしてデビュー。
「神様お願い!」「エメラルドの伝説」などのヒット曲を出し、「ザ・タイガース」と並ぶ人気グループとなった。
グループ解散後は俳優としての活動に軸足を移した。
1972年から出演したドラマ「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事役で注目を集め、殉職シーンは大きな話題となった。
ドラマ「傷だらけの天使」(1974)では社会から疎外された若者を、
「前略おふくろ様」(1975)では板前修業中の若者役を好演。
「琉球の風」(1993)「元禄繚乱」(1999)などNHK大河ドラマにも出演し、地位を確立した。
他の主な出演作に、映画「青春の蹉跌」(1974)「八つ墓村」(1977)
「影武者」(1980)「誘拐報道」(1982)
「いつかギラギラする日」(1992)「居酒屋ゆうれい」(1994)など。
私生活では、大麻の不法所持や映画出演料を巡る恐喝未遂などの容疑で逮捕されるなど、
スキャンダルでも世間を騒がせた。
所属事務所によると、萩原さんは2011年から闘病しており、今年3月25日に自宅で倒れ、救急搬送された。
本人の強い希望で病名の公表を控えていたという。
-----------------------------------------------------------------
東京新聞 2019年3月30日付「筆洗」より
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019033002000161.html
長身で、けんかが強い先輩は「ダイケン」と呼ばれていた。
がらが悪いことで知られた高校の番長は「チューケン」。
同じグループの三人目の「ケン」はそのため「ショウケン」と呼ばれるようになる。
ショーケンこと俳優、歌手の萩原健一さん。
無鉄砲をくり返す東京の不良たちの中から出てきた人である。
「チンピラがチンピラを演技しているんだから、こりゃ、本物だと思うよ」。
かつて、対談の中でそう語っている。
『太陽にほえろ!』の刑事をはじめ、型に収まらないような役の数々はなつかしい。
アウトローのにおいばかりの俳優ではなかった。
表現への強い欲求とこだわりもまたこの人のものだろう。
純朴な若者を『前略おふくろ様』で好演する。
無口な若者の人物像に陰影を与える演技力は、やはり激しい人生の産物ではなかったか。
名声を得た後に、大麻不法所持の容疑で逮捕された。
悔いて、四国巡礼に打ち込むが、その後も事件やスキャンダルで、世間を騒がせている。
激しい浮き沈みを経て、
自著では、<おれは演じることでしか、世間様に罪滅ぼしができない>(『ショーケン』)と書いた。
最近もドラマで健在ぶりをみたばかりだった。
68歳で亡くなった。
突然の別れである。
褒められないことは数多い。
けれど、「ショーケンのような」と付けてみれば、不良の二文字、印象が違って見えてくる。
------------------------------------------------------------------------------
1972年に製作された松竹映画『約束』の製作現場に、助監督として参加。
しかし元の主演俳優が降板してしまったことを受けて、代役に抜擢される。
『約束』での岸惠子との共演は高い評価を得、これを機にバンド「PYG」の活動を続けながら俳優へと本格的に転身。
TVドラマ『太陽にほえろ!』の初代新人刑事=マカロニ役でその人気を決定付ける。
(ウィキペディア解説より)
予告編 約束 1972 斎藤耕一 岸惠子
まだ幼かった自分がショーケンを俳優として知ったのは、何と言っても“これ”でした。
太陽にほえろ! マカロニ刑事編 OP
あー、ボス・殿下・山さん・長さん……
そして、大野克夫と井上堯之バンドのテーマ曲。
なんて懐かしい(涙)。
あと、自分は幼かったから再放送組として知った「傷だらけの天使」。
まさか、アニメ「三月のライオン」にこんな影響を与えていたとは知らなんだ。
三角龍雪 VS 木暮修傷
ショーケンの役者としての面白味は、こういうCMにけっこうありました。
萩原健一CM集 with makotosuzuki
・ワンカップ大関
・日新製鋼
・サントリーモルツ etc.
オシャレ30・30 萩原健一 37歳
クローズアップ現代+ 「独自映像 “ショーケン”最期の日々」
嗚呼、ショーケン!
まだ信じられない。
次回は、「シンガー編」をお届けします。
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こんな数字、自分のブログに似合わない!
でも、ベスト1位が「課長サンの厄年」
2位が「傷だらけの天使」
4位・5位が「不惑のスクラム」
7位が「太陽にほえろ!」………そうか、なるほど、と言えるランキングだった。
まさか、まさかこの日が来るとは思いたくなかった……
東京新聞 2019年3月29日付「おくやみ」記事
萩原健一さん死去 『ショーケン』傷だらけの天使
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/obituaries/CK2019032902000183.html
「ショーケン」の愛称で親しまれ、
ドラマ「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」などに出演した
個性派俳優でミュージシャンの萩原健一(はぎわらけんいち)(本名敬三(けいぞう))さんが
3月26日日午前10時30分、消化管間質腫瘍のため東京都内の病院で死去した。
68歳。
さいたま市出身。
葬儀・告別式は近親者で行った。 喪主は妻理加(りか)さん。
1967年に五人組のグループサウンズ「ザ・テンプターズ」のボーカルとしてデビュー。
「神様お願い!」「エメラルドの伝説」などのヒット曲を出し、「ザ・タイガース」と並ぶ人気グループとなった。
グループ解散後は俳優としての活動に軸足を移した。
1972年から出演したドラマ「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事役で注目を集め、殉職シーンは大きな話題となった。
ドラマ「傷だらけの天使」(1974)では社会から疎外された若者を、
「前略おふくろ様」(1975)では板前修業中の若者役を好演。
「琉球の風」(1993)「元禄繚乱」(1999)などNHK大河ドラマにも出演し、地位を確立した。
他の主な出演作に、映画「青春の蹉跌」(1974)「八つ墓村」(1977)
「影武者」(1980)「誘拐報道」(1982)
「いつかギラギラする日」(1992)「居酒屋ゆうれい」(1994)など。
私生活では、大麻の不法所持や映画出演料を巡る恐喝未遂などの容疑で逮捕されるなど、
スキャンダルでも世間を騒がせた。
所属事務所によると、萩原さんは2011年から闘病しており、今年3月25日に自宅で倒れ、救急搬送された。
本人の強い希望で病名の公表を控えていたという。
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東京新聞 2019年3月30日付「筆洗」より
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019033002000161.html
長身で、けんかが強い先輩は「ダイケン」と呼ばれていた。
がらが悪いことで知られた高校の番長は「チューケン」。
同じグループの三人目の「ケン」はそのため「ショウケン」と呼ばれるようになる。
ショーケンこと俳優、歌手の萩原健一さん。
無鉄砲をくり返す東京の不良たちの中から出てきた人である。
「チンピラがチンピラを演技しているんだから、こりゃ、本物だと思うよ」。
かつて、対談の中でそう語っている。
『太陽にほえろ!』の刑事をはじめ、型に収まらないような役の数々はなつかしい。
アウトローのにおいばかりの俳優ではなかった。
表現への強い欲求とこだわりもまたこの人のものだろう。
純朴な若者を『前略おふくろ様』で好演する。
無口な若者の人物像に陰影を与える演技力は、やはり激しい人生の産物ではなかったか。
名声を得た後に、大麻不法所持の容疑で逮捕された。
悔いて、四国巡礼に打ち込むが、その後も事件やスキャンダルで、世間を騒がせている。
激しい浮き沈みを経て、
自著では、<おれは演じることでしか、世間様に罪滅ぼしができない>(『ショーケン』)と書いた。
最近もドラマで健在ぶりをみたばかりだった。
68歳で亡くなった。
突然の別れである。
褒められないことは数多い。
けれど、「ショーケンのような」と付けてみれば、不良の二文字、印象が違って見えてくる。
------------------------------------------------------------------------------
1972年に製作された松竹映画『約束』の製作現場に、助監督として参加。
しかし元の主演俳優が降板してしまったことを受けて、代役に抜擢される。
『約束』での岸惠子との共演は高い評価を得、これを機にバンド「PYG」の活動を続けながら俳優へと本格的に転身。
TVドラマ『太陽にほえろ!』の初代新人刑事=マカロニ役でその人気を決定付ける。
(ウィキペディア解説より)
予告編 約束 1972 斎藤耕一 岸惠子
まだ幼かった自分がショーケンを俳優として知ったのは、何と言っても“これ”でした。
太陽にほえろ! マカロニ刑事編 OP
あー、ボス・殿下・山さん・長さん……
そして、大野克夫と井上堯之バンドのテーマ曲。
なんて懐かしい(涙)。
あと、自分は幼かったから再放送組として知った「傷だらけの天使」。
まさか、アニメ「三月のライオン」にこんな影響を与えていたとは知らなんだ。
三角龍雪 VS 木暮修傷
ショーケンの役者としての面白味は、こういうCMにけっこうありました。
萩原健一CM集 with makotosuzuki
・ワンカップ大関
・日新製鋼
・サントリーモルツ etc.
オシャレ30・30 萩原健一 37歳
クローズアップ現代+ 「独自映像 “ショーケン”最期の日々」
嗚呼、ショーケン!
まだ信じられない。
次回は、「シンガー編」をお届けします。