悪性リンパ腫(癌)になってから色々思うこと

令和元年8月、43歳の時に悪性リンパ腫ステージ4の診断を受け治療、令和2年3月に寛解。
色々思うことを記録します。

大好物のパスタ

2020年03月06日 | 日記
癌が発覚してから、食事の見直しをしました。ゲルソン療法をベースに自分できることをやろうと思ってやりました。発覚してからでは遅いと思いながらも、明日やるより今日から始めた方が良いと思ってやりました。

食事療法は、今思えば楽しくなかったですね。白米はやめて、酵素玄米に。小麦はNGなので、大好きなパンもパスタもうどんも食べることができなくなりました。パンは全粒粉ならOKだったので、どうしてもパンが食べたかった時は全粒粉のパン買って食べました。調味料の制限もあったので、味付けが難しかったですね。塩分は極力少なく、そして砂糖は取りませんでした。珈琲や紅茶もやめて、もちろん甘いものは全てNGで、和菓子も、ケーキも止めました。どうしても食べたくなったら、焼き芋を食べるようにしました。お肉も基本は食べなかったですが、どうしても食べたい時はササミを食べていました。産地や農薬など、突き詰めて、できるだけ安全で健康なものを食べようと思っていました。ネットで調べて、いろいろと取り寄せたり、知り合いの無農薬野菜をわけてもらったりしていました。野菜中心の塩分控えめの食事がベースです。家族も同じものを食べるようになったので、子供達は大変だったと思います。

入院してからも家での食事と同じものを食べていたのですが、抗癌剤で気持ち悪くなり、食事制限どころではなくなり、制限を止めました。食べれるものを食べないと体力がなくなって死んじゃうんじゃないかなぁと思うぐらいの状況に落ち込みました。食べれなくなることは、本当に大変なことなんだなぁと身に染みました。

入院中もおもうような食事がとれずに苦しんでいました。一回目の入院が終わって家に帰った時に、妻が大好物のトマトソースのパスタを作ってくれました。食事制限をしていたので約2か月ぶりのパスタでした。食卓についてパスタが目の前に来た時に涙が出てきました。食べてから味に感動した涙ではなく、食べる前になんの感情もなく自然と泣いていました。食事制限の苦しい時期を経て、抗癌剤の治療に入り、食欲が一気になくなり食べれない日々が続き、ようやくリハビリのような食事ができるようになって食べれる喜び、家に帰って妻の料理を食べれる喜び、家族で一緒の料理が食べれる喜びなどが沸き起こってきた涙だったのかもしれません。

こんな経験ができたのも癌のおかげだと思っています。

癌の闘病生活と新型コロナウィルス

2020年03月06日 | 日記
今回の病は自分にとっては未知の経験で、暗いトンネルの中を手探りで痛みや苦しみを伴いながら進んでいる感覚でした。

先が見えない、灯りがない状況で気付いたのが『心の灯』です。

家族、友人、知人、仕事の関係者の応援や支援が、心に灯りをともしてくれました。
未知の暗く先の見えないトンネルを通り抜けることができたのは、心の灯のおかげです。みんなに、とても感謝しています。

寛解が出ても抗癌剤の影響がまだ残っており、新型コロナは私にとってはとても脅威です。白血球が少なく抵抗力がありませんし、自己免疫力が低下しているので、いろいろと治り難い身体になっています。私と同じ状況の方は大勢いると思われます。

特効薬がない今の新型コロナの状況も、未知の暗いトンネルの中と同じように感じます。色々な痛みや苦しみが伴いますが、みんなで心の灯をともして暗闇の中を進むしかないと思います。

大きな流れは逆らわず受け入れて、準備をしながらゲートが開くタイミングを待つ。

今できることをやるしかないですね。

治療中の感覚と今の状況がどこか似ているように感じます。

血液内科のドクターの役割

2020年03月06日 | 日記
私を担当してくれている血液内科のドクターをみていると、血液関係の病気、白血病や癌などの専門医であることと同時、メンタルケアのプロだなぁと感じました。

PETCTやMRI、血液検査などのデータを基に治療をしていかれるのですが、治療を受ける患者側からすると目に見えない敵との闘いになりとても不安になります。しかも抗癌剤治療がとてもキツく、途中でリタイアする人も多いそうです。身体のケアをするのと同時に、大切なことは心のケアだと感じました。

入院していると毎日様子を見に来てくれて、ひとこと、ふたことかけてくれます。その数分の間に身体の状況や心の様子を診てくれていたんだろうと思います。
一回目の入院の時は特に辛く話すのもしんどかったので、ドクターや看護師との会話を必要最低限に抑えていました。個人的には省エネモードに入っていたのですが、本来の私はよく話すほうだと思います。
そうこうして8日ぐらい経った頃だったと思うのですが、無口過ぎたのでしょうか、メンタルがやられそうだということで、外出や外泊を勧められ、精神安定剤を処方されそうになりました。とても心配してくれていたようです。治療が辛く自暴自棄や鬱になったりするケースもあるようなので、自分では省エネモードでいたつもりだったのですが、実は鬱の一歩手前だったのかもしれません。外出や外泊をして、病院外で家族と過ごすことが気分転換になり、病院内でのドクターや看護師との会話も増えていきました。

治療が長期にわたる苦しい闘いの中で必要なことは、抗癌剤や薬だけではなく『人の優しさ』だったんだと、気付かされました。専門技術を支え、活かすには、人間性や心の部分が必要だと担当してくれたドクターから教わりました。これはどんな職業でも同じことだと思います。私も子育てや仕事の時に心の部分を意識していきたいと思いました。

私は良いドクターに巡り会えました。