サイコシンセシス(精神統合)の創始者であるR・アサジオリーは「意志のはたらき」(誠信書房)の中で、人間の意志のはたらきには次の6つの局面、もしくは段階により構成されていると記述している。
1 評価、動機づけ、意図にもとづいた目的、ねらい、目標
2 熟慮
3 選択と決定
4 確言、命令、あるいは意志の言語的表明
5 ひとつのプログラムの計画と具体的立案
6 実施の指揮
そして、「この6段階は鎖の環のようにつながっており、意志のはたらきは鎖の環の一番弱い部分の強さと同じである。多くの場面ではこの6つのどれか一つの段階が中心的課題となり最大限の時間と努力が傾注されている」と指摘している。筆者は、アサジオリーの第1段階である評価とその他の内容を2つにわけ、7つの段階(1、意図の発生 2、熟慮 3、選択と決定 4、確言 5、計画 6、実行 7、評価)にしたモデルを研修で使用している。
1から7段階の自らの意志で行動する段階を主体的行動サイクルと称し、主体的行動を仕事に適応したものをビジネス・サイクルと称している。
図表1
このビジネス・サイクルを定義と具体例を紹介すると次のようになる。
各段階の定義
第1段階 意図の発生
まず何か問題を解決したい、課題を達成したい、何かを実現したいという着眼・意図、ひらめきが発生します。問題意識を持つ段階です意図の実現を想像したりイメージしたりします。意図は、動機(欲求)や価値に基づき発生します。この段階で重要なのは、あなたの動機や価値の洞察、チームとしての目的や使命を理解することです。
第2段階 戦略的思考
着眼・意図を実現するためのさまざまな方法、その実現可能性、欲求の度合い、実現後の結果などについて、あれこれと頭の中で思い巡らす段階です。
衝動的に、すぐに発言したり行動することを控え、熟考することが大切です。
この段階では、衝動的に決めたり行動したりしないで、多面的、多角的、戦略的に熟慮することが重要です。
そのためには、いくつかの選択肢を検討し、そのメリット・デメリットを考えます。
第3段階 選択・決定
この段階は「決める」ことが必要になってきます。やるかやらないかも含めいくつかの選択肢から選ぶことが多いようです。
決定するとは、いくつかの可能性の中から一つを選ぶという行為です。
選択・課題設定の優先順位にしたがってベストなものを一つ選択します。自分で仮説設定する段階です。あわせて結果の推理推測も行ないます。
成功するかどうか手強い位のレベルが一番大きな動機づけになります。
第4段階 確言・指示
そして、自分自身に「やるぞ!」といいきかせたり、実行する旨を公言したり、関係者に口頭や文書等でもって指示したりします。決意してはじめて実行に移すことが可能になります。優柔不断さ、決めることの葛藤への対応が重要になってきます。
第5段階 シナリオ構築
この段階は決定した方法を具体的にシナリオ化していく段階です。シナリオ化にあたっては、変動要素に対して複数のシナリオを考えておくことが大切です。
決意したことを実現するために時間がかかる場合や実現のプロセスが複雑な場合は計画表を作成するという作業を行ないます。
第6段階 実行
この段階はシナリオを実行していく段階です。具体的な行動、いつから行動するかを決めます。
自ら、スタートをきり、障害や問題を解決しながらシナリオ構築を実行して行きます。実行過程でシナリオをみなおす場合もあります。
仮説が実施される段階です
第7段階 評価・反省
この段階はビジネス・サイクル全体の振り返りです。
選択した課題や仮説が意図の発生の段階での、目的や価値に照らし合わせて最適なものであったかどうかの検証を行ないます。
また計画・実行段階における反省も行ないます。何が成功に繋がったのか何か不成功であったのかのポイントをも見極めることも大切です。
そして、反省評価から次の意図の発生や着眼につなげます。
各段階の具体例
段階 |
事例1 流通・小売店 |
事例2 技術・現業 |
1 意図の 発生・着眼 |
顧客にとって魅力のある 売り場作りをしたい |
職場の問題を解決したい 不具合を解決したい |
2.戦略的 思考 |
顧客の動向を知る 競合他社(店)の調査を行なう 業界紙を読む 他のメンバーや関係者からの意見収集 |
問題に関連する情報の 収集 解決すべき問題を発見する |
3 選択・ 決定 |
複数の案を作成する 効果性・緊急性から案を絞る |
優先順位を決める
|
4 確言 指示 |
案を上司や関係者と相談し実行への腹決めを行なう |
関係者に指示する (自ら解決にあたる場合もある) |
5.シナリオ構築
|
レイアウト、什器備品、 販促物の調達計画を練る |
どのように解決すべきか の手順を考える 副次的に発生する問題の対策も検討する |
6 実行 |
シナリオ構築にそって 魅力ある売り場作りの 実施 |
問題解決にあたる
|
7 評価 |
計画通りできたかの反省 顧客数が増えたか 売上げが上がったかの検証 |
解決できたかの確認 再度同じ問題が発生しないかの検討を行なう |
従来のビジネス・サイクル(Plan・Do・See)とどこが違うか
従来のビジネス・サイクルやマネジメントサイクルは「Plan」「Do」「See」とか「Plan」「Do」「See」「Check」「Action」で一般的に表わされる場合が多い。
この「Plan」「Do」「See」は7つの段階の5.6.7段階である「シナリオプラニング」「実行」「評価」にあたる。従来プランには上位者や他のメンバーから「What」を指示されて「Plan」する場合と、自発的に「What」を発案し「Plan」を考える場合とがある。前者の例では「職場の人員計画を立てるように指示されプラニングする」後者は「自らが職場の人員計画を発案しプラニングする」がそれに当たる。現在、企業人に求められているのは自ら「What」を発案し回りを巻き込んで「How」に落とし込んでいく主体的な仕事の仕方である。この主体的な仕事の仕方を7つの段階で説明したのがビジネス・サイクルである。
ビジネス・サイクルの研修への展開
現在各企業の管理監督者層から若手社員の階層別研修、部下育成のためのコーチング研修と巾広くこのビジネス・サイクルモデルを採用している。採用の仕方は対象者や研修目的によって異なってくるが、多くの場合次のどれかに該当している。
1.自らの仕事のプロセスを理解する
このビジネス・サイクルを自らの仕事の進め方に照らし合わせどのようなプロセスで仕事をしているか再確認するよう研修で指導している。仕事の内容によって多少異なるが多くの仕事はこの7つの段階の流れで進めている場合が多い。ただし設備投資など初期投資が伴う仕事の場合、シナリオプラニングを行なってから選択決定を行なうように段階が逆転する場合もある。(1・2・5・3・4・6・7段階の順番)
また意図が発生すると選択決定・確言を行ない、とりあえず実行して評価してから7つの段階を丁寧にまわす、といった何回もこのサイクルをまわしていくような仕事の進め方も見られる。(1・3・4・6・7・2・3・4・5・6・7段階)
2.ウエイトの高い段階を知る
仕事の内容によっては7つの段階でウエイト(重要度・時間のかかるところ)のかかる段階が違う。たとえが経営企画などは2段階の戦略的思考の段階が重要であるし、現場作業者はマニュアル(プラニング)にしたがって仕事をする場合が多いので実行段階のウエイトがかなり大きくなっている。
階層的にみるとマネジャークラスは1-4段階の「What」を中心とした段階のウエイトが高くプレイヤーは5-7段階の「How」のウエイトが高い。
また発注の仕事は「What」の段階のウエイトが高く、受注の仕事は「How」のウエイトが高くなっている。
3.強みの段階を知り磨きをかける
仕事の強みには仕事や業務の知識・技能・態度といった能力と、仕事を進めていく能力がある。アージリスは知識・技能・態度といった能力をアビリティーと称し、仕事の習熟者(ベテラン)になるために必要な能力と指摘している。そして主体的に仕事を進めていく能力をコンピタンスと称し、組織の中で成熟者(組織期待に応える)になるために必要なものといっている。
この主体的に行動を進めていく上での強みとする段階を知り、より磨きをかけるように指導している。
4.弱い段階を知り強化育成方法ならびに他者からの補完(支援)方法を知る
いくら強みがあっても仕事の成果に影響を与えるのが弱みの段階である。例えば2段階の戦略的思考がいくら得手で熟慮しても3段階の選択・決定ができなかったり遅れたりすると納期に間に合わないなど、仕事の成果に影響を与える。また6段階の実行が得手であってもシナリオ構築の5段階を割愛すると時間や人手など無駄なコストがかりパフォーマンスに影響を与る。
ボトルネックを知る手がかりとしては次のようなことがある。
1)チェックシートの低いところ(図表2)
2)日常の仕事でこの段階を注意したときには仕事の成果に影響があると実感できる段階
3)日常の仕事でこの段階を軽視したりないがしろにしたりすることによって成果に影響があると実感できる段階
ボトルネックは固定しているものではなく変化している、戦略的思考がボトルネックであっても多角的多面的な熟慮ができるようになると他の段階がボトルネックになる。またボトルネックは絶対的なものではなくサイクル全体の中での相対的なものである。
このボトルネックの考え方は物理学者エリヤフ・ゴールドラットのTOC理論(Theory Of Constraints制約条件の理論)と相通ずるものがある。彼は「ザ・ゴール」(ダイヤモンド社)の中で「TOCとは全体最適の思想である。組織の能力を短期間に、かつ最大限に高めるためには、組織で最も弱い部分を集中的に強化すればよい。各所でバラバラに行なわれている改善は部分最適にすぎず、部分最適の総和は必ずしも全体最適にはつながらない。米国メーカーはその真理に気づき、90年代を通じて着実に復権していった」と記述している。
5)7つの段階をアジル(迅速)に回すための補完(支援)体制を確立する
今日企業のおかれている状況は商品開発や納品など迅速さが求められている。したがって7つの段階を順次時間をかけて遂行していっても顧客や依頼者の期待に応えることはできない。いかにボトルネックを割愛することなく迅速に遂行していくかが大切になってくる。そのためには日頃から自らのボトルネックを補完するようなネットワークや支援システムを確立していることが大切である。
ビジネス・サイクルのデータ
以上説明してきたように、各自の強み、弱みを知り、自らの強みに磨きをかけたり、弱みを強化したり他者からの補完(支援)を得ることがより仕事のパフォーマンスを高めることを説明してきた。研修では図表2のビジネス・サイクルのチックシートを用い、自らの強み弱みの分析をしたり、部下の指導育成ポイントを把握したりしている。
図表2
ビジネス・サイクル各段階のレベル
段階 |
段階 名 |
レベル |
事 例 |
1 |
意
図
|
1 |
意図・発想・提案が少ない |
2 |
自ら意図・発想がない場合は関係者からの期待を聞いている |
||
3 |
意図・発想・提案が豊富 |
||
4 |
意図実現の目的・意味・価値なども考えている |
||
2 |
熟
慮 |
1 |
熟慮・戦略的思考が少ない |
2 |
一面的考慮に終わっている |
||
3 |
多角的・多面的に考える |
||
4 |
他者や専門家の意見も参考にしている |
||
3 |
選
択 |
1 |
あれこれ考えるがなかなか絞れない |
2 |
複数の選択肢(課題・目標)を考えている |
||
3 |
優先順位(決定基準)を考えている |
||
4 |
いくつかの選択肢から優先順位をもって選択する |
||
4 |
確
言 |
1 |
決意がなかなかできない(腹決めができない) |
2 |
できなかったときのことを考えて公言しない |
||
3 |
文書でもって公表したり口頭でもって公言する |
||
4 |
決意したことを他者や関係者に指示する |
||
5 |
シナリオ |
1 |
いつも計画を立てずに実行する(無計画に行なう) |
2 |
見通しは立てる |
||
3 |
いくつかの障害を予測したシナリオをつくる |
||
4 |
実行するとき必要があればタイムスケジュールを立てる |
||
6 |
実
行 |
1 |
実行力に欠ける(計画だおれ) |
2 |
障害がないと実行できるが障害があると挫折してしまう |
||
3 |
一人でも他者と一緒でも実行できる |
||
4 |
障害があっても乗り越えて実行し結果を出す |
||
7 |
評価 反省 |
1 |
評価・反省をしない(やりっぱなし) |
2 |
計画や実行について反省している |
||
3 |
選択した課題や目標が当初の目的実現に最適なものであったか評価している |
||
4 |
次回に向けての意図や発想が生まれている |
図表3は、研修参加者がチエックした数字の一番高い段階(複数段階もある)、一番低い段階を集計したものである。このデータからいくつかの傾向をうかがい知ることができるのでまとめてみた。まとめにあたっては受講生の所感を参考にした。
図表3
データの特徴
1.弱みより強みが上回っている段階は選択決定、確言指示そして実行の段階である。強みと弱みの差が大きいのは実行の段階である。このことは日本人の仕事の仕方は実行段階に大きな意味を見出していることが伺える。
2.反対に強みより弱みが上回っている段階は戦略的思考、シナリオ構築、反省評価である。特に弱みの方が強みより大きく上回っている段階は反省評価である。
この反省評価の弱みが強みをはるかに上回っている理由としては次のようなことが考えられる。
1)仕事が請負的(受託)になっていて仕事の反省評価は委託者(組織・部門・上司など)に託されている。
2)仕事が忙しくて反省評価をしている時間的余裕がない。
仕事が終われば次の仕事がまっている。
3)反省は仕事のミスした場合のみに行なうもので、上手くいった場合その必要性がないという考えが根底にある。
4)実行にさえベストを尽くせば反省評価はさほど必要ないという考え方がある。
5)評価に時間を費やすことは誰かの責任追及になりかねない。したがって実行に努力すればそれですべていいいという考え方がある。
6)反省会とは仕事の反省より、慰労をかねた酒飲み会になっている。
しかし、反省評価の段階が強みが弱みを上回っている人もいる。そのような人はビジネス・サイクルの第3段階の選択決定はあくまで「仮説の設定」(合わせて「結果の推理推測」を行なう)で、実行することによってはじめて「仮説の検証」ができるといった仮説検証の仕事の仕方に徹している。そのような人は反省評価の段階を結果の推理推測に対して結果がどうであったかという「ラーニング(学習)」の段階としてとらえている。
3.企業によってデータ(強み弱み)は違う。(折れ線グラフの形が違う)
個人のビジネスサイクルに強みがあれば弱みもある。同じように企業も
各自のデータを集計するとその企業の強みと弱みが見えてくる。
一般的に親会社や顧客から請負、受託的な仕事形態の企業は選択決定、確言指示、実行の段階が弱みより強みが大きく上回っている。また情報発信、提案型企業は意図の発生や戦略的思考の段階の強みが弱みを大きく上回っている。
4.同一企業の階層別のデータ(強み弱み)は同じ傾向にある
興味深いことに企業毎に複数の階層での受講生のデータを取ってみると多くの企業で強み弱みの段階がほぼ同じ傾向にあることがわかる。3でも指摘したように企業の仕事形態が同じであると各階層とも同じ傾向になるのかも知れない。
ただし同一企業でも次のような違いは見られる。
1)管理者層と中堅社員層では確言指示の段階については違う。管理者層は確言したり指示できる権限があるので、確言指示の強みは中堅社員層より上回っている。
2)入社2年目と3年目を比較した場合、入社2年目は実行が強くシナリオ構築は弱い。3年目になるとシナリオ構築の強みを持った人は増えてくる。
このデータは3年目ではじめて自分でシナリオ構築ができるようになってくることが伺える。
3)仕事の内容でデータ(強み弱み)は違う
同一企業でも営業、企画、事務、技術、現業職によって強み弱みの傾向は当然異なっている。
「企業と人材」2004 八尾芳樹執筆より引用 一部加筆
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