自己の心理学研究のウィリアムス・ジェームスは「個」について下記のように述べています・
1、 全自己はいわば二重であって、半ば被知者であり半ば知者であり、半ば客体であり半ば主体であって、その中に識別できる2つの側面がある。この2側面を簡単に言い表すために一つを客我(me)、他を主我(I)と呼ぶことにする」と述べている。自己の認識を意識する知者(主体)と意識される被知者(客体)との2つに区分。James の立場は、その後の自己研究の基本的な枠組みとなった。
2、主我と客我の2つは日常経験では密接に結びついている。主我と客我の関係は、互いに独立あるいは並立するものではない。互いに含む・含まれるという関係にある。自己の発達を主我と客我によって分けて考察するのは、あくまで便宜的なものである。
3、社会心理学研究等では、従来客我が研究の主な対象とされ自己という概念がそのまま客我を指して用いられることが多かった。
「日本人らしさ」の発達心理学 高田利武 ナカニシヤ出版
下図は左一列目はウィリアム・ジェームスの主体(主我)がベースになっている考え方、真中列は客体(客我)がベースになっている考え方、右一列目はその考え方や理論の論者です。
ヨーロッパの心理学は主体(主我)と客体(客我)、客体(客我)でも意識と無意識の部分も視点を当てているのに対し、アメリカの心理学は上記3の指摘でもあるように客体(客我)で意識の部分で客観的、データで処理できる部分、すなわち行動面に視点が当てられている。そして企業研修に導入されている理論はアメリカの心理学がベースになっているものが多い。よって科学性(再現性)はあるものの、人間の無意識、内面にまでアプロ―チしていないので個々人の個性や主体性を考えるにはおのずと限界があると筆者は考えている。また脳の働きも主体と客体の働きの司る部分が違っている。よって主体、客体の両面からのアプローチが必要であると考えている。
意識・行為の主体としての自己(主我:I) |
対象として認識された客体としての自己 (客我:me) |
ウィリアム・ジェームズ 1842 – 1910 |
自我心理学(10の自我機能) 12の自我機能 |
ハインツ・ハルトマン 1842-1906 ベラックL |
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自我・超自我
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イド:快楽原理に基づいて、本能のままに「今すぐあれがしたい」「これがしたい」という欲求 |
ジークムント・フロイト 1856-1939 主に神経症 |
自我 意識(今気づいている自分)の中心
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自己:意識と無意識を合わせた心全体の中心を意味する概念 、 タイプ: 思考型、感情型、感覚型、直観型に 外向的、内向的に分けた8つのタイプ分類 コンプレックス、ペルソナ&影、個性化、自己実現 |
カール・グスタフ・ユング 1875-1961 主に精神分裂症(統合失調症) |
セルフ・意志 |
感情・知性・身体・サブ・パーソナリティ |
ロベルト・アサジョーリ 1888-1974 人間を病理的な側面だけではなく、自己実現などの健全な側面からも探求、特に意志に焦点を当てる |
欲求5段階説 エゴグラム(性格) エニアグラム(性格) |
アブラハム・ハロルド・マズロー1908-1970 エリック・バーン 1910ー1970 ゲオルギィ・グルジェフ 1910年代 |
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前頭葉(前頭前野皮質) 意図、洞察、計画の座 |
脳全体 間脳にある視床下部は摂食行動や飲水行動、性行動、睡眠などの本能行動の中枢、及び怒りや不安などの情動行動の中枢でもある。 |
前頭葉 神経科医 F・ティルニー 1928
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LIFO(行動)
ソーシャル・スタイル(行動)
DISC(行動) ハーマンモデル(全脳) |
ステュアート・アトキンス&エリアス・ポーター 1960年代初期
デービットメリル&ロジャーリード1960年代 ドナルド・シエパード ロバート・ボルトン&ドロシー・ボルトン ウイリアム・マーストン ネッド・ハーマン |
意志 *前帯状皮質 自我消耗 |
ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 2013 意志力=筋肉説 |
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