今朝、夢うつつのなかで、
生かされているということばが、浮かんでは消え浮かんでは消えていた。
感謝しなくてはいけないとか
ありがとうって言っていると運がよくなるとか、そんなことではなく
目の前の事実を確認していけば
生かされているとしかいいようがないのだ。
一ミリも、私個人が何かしたから生きているわけではない。
呼吸は、誰に教えられたわけでもなく
産まれたら吸って吐いてがおき続けていて
心臓もかってに動いていて
血液も流れていて
赤ちゃんは、誰に教えられたわけでもなく
目も見えないうちから、おっぱいを探して
見つけると一生懸命吸って
生きようとか生きたくないとか関係なく
人は、生かされているんだなぁと思った。
生きていたいと思っているわけではないと思っていたこともあったけど
右手をあげたり、歩いてみたり、
何をやっても、どの行為も、自分がやっているのではなく
与えられているんだなぁと思うと
どんな時もどんな時も、生かされている
はかりしれない神の意志があるようで
生きとし生けるすべての存在は、生かされて
その事実をちゃんと観ていきたい。
そして、やつぱり、ありがとうございます。