世の中七夕だからどうのこうのいうつもりはありませんが。
ただただ、これ以上静岡とか島根に大雨が降らないよう爺様はお願いしたい。
短冊に書いてお願いを吊るしたいくらいだ。
ただ、今年はこんなイベントをやっているか知らない。 5年前の写真を使っています。
七夕と全然関係なくて恐縮ですが…、よく覗きに行っているブログに満鉄のことが。
通っていた学校の前身が山水中学というところで。
山は陸、水は海ということで軍人の子弟を預かり教育した幼年学校で卒業すると士官、少尉だったそう。
いまだったら3等陸尉とか海尉、職業軍人です。 創設したのが山下亀三郎という方。
海運業(山下汽船)でしこたま儲けたようです。 この会社は現在では商船三井につながります。
私が輸出の仕事してた頃は商船三井(MOL)に散々コンテナを運んでいただきましたので因縁という細ーい糸は繋がっていたかもしれません。
あっ、FC東京のメインな株主様でもあります。 本当にありがとうございます。
創設者は私財(当時の1000万円)をなげうって財団を設立し、お国のためにお返しをしようという高尚な理念に基づいて云々。
どうもこの原資の多くが満鉄株だったそうで、学校の金庫には紙切れになった株券が山のように保管されていたという話を先生から聞いてます。 見せてもらえばよかったと今でも思います。
個人なら紙切れになった株券抱えてスッテンテンになっていてもおかしくないですね。
広大な敷地、校舎という不動産に化けてましたから、それを担保にすれば学校運営はできていたのでしょう。
満鉄には叔父が務めてましたが下級官吏でしたから鉄道の話は聞けても、概念とか全体像なんかはよく知りません。 私が鉄ちゃんになったのも小さいころ満鉄の大きな機関車の話(多分亜細亜号)を聞かされていたからが一因です。
満鉄はここまで。 大した話でなくすみません。
さて学校の理念は、
自主的態度を養う
他人を敬愛する
勤労を愛好する
なんていうのが教育方針。
上2つは良いとして、3番目は身に着かなかったなあ。
いかに手を抜くかを常に考えてました。
ラボ時代は如何に手を抜いて仕事を進めるかを考えると自動化、省力化ができ、成果が上がるという、それはそれで仕事になっていたという不思議な間接経費の労働者でした。
なぜか満鉄の文字を見てここまで引きずってこられるとは…
書くことないのですねえ。