代官山駅を出るとほぼそのまま数百メートルで山手線を高架橋でわたりそのあと直角にカーブし地上の渋谷駅終点に向かっているが、これが山手線の手前で高架でなく地下に潜りそのまま地下鉄と直結することになる。時間的に見れば地下部分はほぼ完成されていると思うが、問題は鉄道を止めることなく一夜のうちに地上から地下への切り替えを実施することになり土木工学的にはとても興味深い。通常は臨時のバイパス線を横に作りそのあいだに本線の工事をしておき最後に本線に切り替えるのが一般的だと素人は思うがここ代官山にはバイパスを作るような余地も距離もない。線路の2次元基本位置はほぼ変えずに比較的短区間のあいだを一瞬にして地上から地下線に変えることになりどんな技が使われるのか?
この高架橋の下の地下を走ることになる。
長年親しんだ地上ホームは廃止される。これが出来た時は独特のアーチデザインがとても斬新な印象があった。今度はこのほぼ真下に地下5階相当の深さの地下鉄副都心線のホームにつながることになる。地下鉄なのに一番高いところ(3階相当)を走っていると揶揄される銀座線との階差は8階ととなりこれからは東横線渋谷駅から銀座線に安易に乗り換えるのは控えることになりそうだ。
一方の横浜側はみなとみらい線地下鉄直通化により桜木町方面の線路は9年前廃止となったがそのガーター桁は東海道線をまたぐ部分を除いてそのまま撤去されずに残っている。害がなければ(橋の下に往来はなく仮に落下しても問題ない)不要な経費はかけないためか。
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ラッピング電車 新宿駅
103系50周年記念と書かれた全身うぐいす色の電車が走っていた。その昔鉄道の車両は茶色と決まっていた。高性能車両開発とともに各路線ごとにシンボルカラーが設定され山手線はうぐいす色の車体となった。その後現在は車体もステンレス材が主体となり保守、経済性の観点から、塗装は最小限になり窓下にそのカラーラインを残すのみになった。そんな中で最新の車両に昔風の全身塗装の電車1編成を1年間記念に走らせることになった。それに偶然乗り合わせることになった。
渋谷駅の改良工事で代官山近くから延々と板張りの工事通路を銀座線ホームまで歩きました。
車両はグリーンが既に主流になっていましたが、その後目蒲線に使用された木造車両も使われていて、混雑で毎日のようにガラスが割れたのを思い出しました。
そんな思い出から50年位で、懐かしい渋谷駅の姿ががらっと変わってしまうのですね。
青春時代の想いでがなくなり、残念なようなーー。