「中年というのは、野心の貝殻や、各種の物質的な蓄積の貝殻や、
自我の貝殻など、いろいろな貝殻を捨てる時期であるとも考えられる。
この段階に達して、我々は浜辺での生活と同様に、
我々の誇りや、見当違いの野心や、仮面や、甲冑を捨てることができるのではないだろうか。
我々が甲冑を着けていいたのは、競争相手が多い世の中で我々を守るためだったはずであり、
競争するのを止めれば、甲冑も必要ではなくなる。
それで我々は少なくとも中年になれば、
本当に自分であることが許されるのかもしれない。
そしてそれはなんと大きな自由を我々に約束することだろう。」
〜「牡蠣」より〜 吉田健一訳 新潮文庫