「世界は人間のとる二つの態度によって二つとなる。
人間の態度は人間が語る根元語の二重性にもとづいて、二つとなる。
根元語とは、単独語ではなく、対応語である。
根元語のひとつは、<われーなんじ>の対応語である。
他の根元語は、<われーそれ>の対応語である。
この場合、<それ>の代わりに<彼>と<彼女>のいずれかに置き換えても、根元語には変化はない。
したがって人間の<われ>も二つとなる。
なぜならば、根源語<われーなんじ>の<われ>は、根源語<われーそれ>の<われ>とは異なったものだからである。
(中略)
根源語<われーなんじ>は、全存在をもってのみ語ることができる。
根源語<われーそれ>は、けっして全存在を持って語ることができない。
(中略)
<なんじ>を語るひとは、<なにかあるもの>をもたない。否、全然なにものをも、もたない。
そうではなくて<なんじ>を語るひとは、関係の中に生きるのである。」
植田重雄訳 岩波文庫