早いもので年末になり一年振り返ってみましたが、自然現象に関する出来事は強く印象に残っています。
自然災害によって、人間社会が順調に運営される前提そのものが覆ってしまうので、誰もがいつどうなるのかわからないリスクを抱えて生きている不確実性を突きつけられているように思いました。
自然現象は、人間の可知領域を超えた生命エネルギー活動なので、人間にとって都合よくあってほしいのなら、不可知領域を媒介する存在が必要になります。
野生動物はその媒体として機能しています。
野生動物を飼い慣らし人間社会に取り込むことで、不可知領域のエネルギーを人間の支配下に置くことを模擬的に実演しているのが動物園です。
つまり、人間は、自然をそのまま扱うことはできないので、野生動物の存在に助けられた上で、人間が生存可能な環境で共同体を構築することができているということです。
だから、動物園で飼育するなどして人間社会に不可知領域との媒体を引き込むならば、それは助けられている恩返しという意識で行い、動物が出来るだけ快適に過ごせるように配慮するべきで、世話をしてやっているとか、見世物にして収益を得るための商材という考え方は誤りです。
それを改めさせるために、災害という形で自然から警告を受けているのかもしれません。
そもそも人間のほうが、動物なしでは存在できないということです。
動物を、不可知領域との媒体としてきちんと尊重せず、杜撰な管理によって残酷に扱ってしまう人間の無知が、ネガティブなエネルギーを増幅し、自らに返って来るのです。
ロシアでは、今年11月、水族館に販売するために捕獲していたシロイルカとシャチが監獄から解放されたそうです。
ロシアでの大型動物の解放は他にも、プーチン大統領がアムールトラの保護活動を積極的に推進したりしています。
世界を見まわすと、富裕層がアフリカでトロフィー・ハンティングに興じたり、タイの寺院ではトラを劣悪な環境で虐待していたり、人間の残虐性に近年ようやく光が当てられ始めたようです。
2016年にはアメリカでは、動物園でゴリラが射殺されました。
誤って檻に入ってしまった男の子を救うための判断だったとのことですが、優先したのは命ではなく、責任者の立場です。
こういうシーンで、国家の品格が露呈するのだと思いました。
だから民主党は政権を維持できず、トランプ大統領が当選したのです。
日本は戦時下、行政から動物園に殺処分命令が下され、その2年後、敗戦しました。
動物園と同じ構造が、人間社会の情報操作にはあります。
スウェーデンの環境保護活動家グレタ さんの国連でのスピーチについて、プーチン大統領は、背後で誘導している大人とその構造について言及しています。
環境問題は、人間の罪を咎めても解決しません。
動物にとって快適な環境が、人間の生存を安心できるものにしています。