A2G2Mk2

脱線過多ですが在庫についてとか、アンテナに引っ掛かるガラクタまで、と言いつつ、柴犬となめこの話が多いかも(汗)

これ本当に自由研究で提出したら小学校の担任何て言ったかな・4

2011-08-20 22:58:42 | Weblog
タイトルに困ってるけど続いています(汗)

改めて画像を見て思いますが、このながめが旧国道151号の魅力を
集約しているのではないか、と思ったり。
長野県内の151号線で、未改良でも勾配はゆるやかな新野峠を除くと
最後まで残った一番狭かった険しい区間がここ。
(旧151号全般としてはこれでもごく普通の幅ですけれど)

2年ほど前にトンネルとループ橋でバイパスが迂回して
この区間は現役では無くなり交通量も激減しましたが、
かなり新し目の標識だけは健在
(そのまま残すんじゃなくて国道のマークを消してある事に
 今(!)気づきました・・・)
標識の大きさは普通の大きさですから(ヨコ3mくらいです)
道が狭い事は比較すれば一目瞭然。
多分平均的には全幅3.5mほど(画像の通りもっと狭い箇所も)
現役時代は退避用に広げた幅の部分を延ばし続けていましたが
それでも最後までこんな状態。

分岐点にはこういう手書きみたいな案内看板も無いと、
枝道と幹線の区別がつかなかったと思われます。
(このカンバンは狭い区間で結構見ました。みんなベコベコでしたけど)

この区間はトンネル化で違う場所を通ったのでこうして残っていますが、
新野側の半分以上はループ橋化する時にかなり地形を変えられてしまった箇所もあり
旧コースの全線通過はできなくなってしまいました。


この地点はループと旧道が共存できた地点。
旧国道の狭さ・険しさがこれで良く解ると思います。
これでも数年前まで10トン車が往来していたのです。
通るトラックドライバーの大変さは測り知れません。

そしてそんな、昼間でも一人だと心細くなるような山道を抜けてたどり着くのが
・・宿場町・新野。

総合食料品やさん、しいたけとお茶の店(地区の特産)
バイクと自転車と農機具の併売のお店が立ち並ぶ、
昭和30年代が止まったままのような心躍る商店街。
もちろんコンビニエンスストアはありません。

買い食いがしたかったら白いバンの止まった食料品屋さんの店先にある
アイスのショーケースみたいなやつをあさり(笑)ます。

新野は囲まれた谷と山からは想像ができないくらい長閑な小盆地なので、
昭和30年代の小学生の夏休みの気分を味わいたい人には
まちがいなくお勧めの魅力的な集落です。

昭和32年のカーグラフィックの、
編集長小林さんの紀行文に
(さすがにオンタイムでこれは読んでいません(爆))
 「富士精密のご厚意でスカイラインを借りだしたので
  車を使った天竜下りとしゃれこむ事に」的な内容で
新野が登場するのですが
(富士精密は後のプリンス自動車のこと。
 当時この付近の天竜川沿いには
 道路が無かったらしいです(笑))
その時の紹介(記憶ですが)がざっとこんな表現。

「天竜峡を出て南下する。
 普通車同士でも擦れ違いのできないような、
 暗闇の曲がりくねった未舗装道路で、ガードレールも皆無である。
 時折ヘッドライトが50m下の急流を照らし出す。
 未舗装の路肩は砂利が深く、少しでも気を抜くと
 砂利に足を取られて路肩から転落しそうにさえなる。
 対向車がある度にザッと砂利を鳴らして急停車。
 その都度どちらかが退避場所までバックでやり過ごす事になる。
 そんな事を15分に一度程度繰り返し、2時間も走っただろうか。
 やっと明りがちらほらと見えて来た。
 山間の集落、新野というところだ。」

今なら天竜峡からは30km、多めに見ても50分程度。
いかに50年前に、この新野まで来るのが大変だったか、
この文章に出逢って改めて気が付いたり。
(まだ佳境には至らず(自爆))

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