高畠華宵 《嫁ぐ日近し》
♠別れの日への甘い悲しみ
思いっきり飛び回って遊びたい・・・・など言われると、無理もないと思う一方、いつまでもこんなおハネさんではと、ちょっと気になりますが、やはり内定以来自覚とか心構えも出来たようです。
わずかの間に大人びて、子供が好きというよりも、末っ子のための手下がほしいらしくて、それがまた子供に好かれることになり、姪たちをいい相手に、たしなめられるほど時には大騒ぎしていた華が、この頃はあ客様のおあしらいにしても、ずいぶん気を遣っているな、と感じられます。何かにつけて、いままでのような無頓着さはなく、嫁ぐ日近い娘の風情が、日ごとに身に備わっているのを側に見ていますと、時折涙ぐましくなってきます。これは宮妃となる華だけでなく、三人の姉たちの時も同じように味わった思い・・・・母としての喜びと、近付く別れの日への甘い悲しみといえるでしょう。
その思いはむしろ父親の方により深いとも言われています。
「華は宮妃となれるようなしつけは何もしておりません。台所仕事から洗濯一切を自分でやってきた華がそれが出来なくなった時、とまどうのではないでしょうか」
主人がどなたかにそんな話をしているのを聞いて、ホロリとしました。
明るくて、良く働く可愛い末娘の華が、やがて宮妃となる・・・・すでに納采の儀を境に、華は皇族に準する扱いを受ける身となったのです。なんといってもこれから先は、自分の娘であって娘でなく、預かりものだと思わなければなりませんが、今後、扱いのうえだけではけじめをつけるにしても、心の上だけでは、いままでの通りの華にしてあげたい・・・・将来の修養や鍛錬も必要ですが、残されたあと半年足らずの間に、出来る限り気楽な気分を味わせてやりたいと思っております。
といいましても、華の将来への不安は、余り感じません。皇太子ご夫妻の重い立場に比べれば、義宮様のお立場は格段に違いでしょうし、宮様は思いやりのあるお優しいお方ですから、その点は安心しております。
ご結婚後は新宮家創立の運びとなるように伺っていますが呑気ものの華も、宮様をおたより申し上げ、皇太子様や妃殿下のお導きで何とか切り抜けられることを祈っています。美智子妃殿下には何から何まで教えを頂かなければなりません。
そしてご心労の多いお立場のお手助けが、少しでも出来るようになればと願わずにはいられません。
「お助けとまではいかなくても、せめてお話相手に出きれば・・・・」
口では殊勝なことをいいながら、華は、
「何でも妃殿下にうかがってやればいいんだ」と割合のんびり構えています。
義宮御殿へは、お召しがあれば伺います。平均週に一度位ででしょうか。妃教育のこと、御殿でかえったカナリヤのこと等が話題にのぼるようですが、さあ、私はついて参りませんので・・・・。
勉強の期間が終わったら、旅行にでも連れ出して、スタミナをつけてやりたいと思います。そして、昔話などをのんびり語りあっておきたい。
昨日の夕方、ふと気付いたことがありました。台所でサラダを作っていた華が特別甘い声で、「お帰りなさい」と誰かを迎えました。ネコのお帰りだったのです。つい四、五ヶ月ばかり前の、何ごともなかったよう我が家の夕ぐれ時のひとときがまだそっくり残っていたのでした。まだしばらくは、華をこのままそっとしてやろう・・・・しみじみと私は自分に言い聞かせませました。
学習院短期大英文科のクラス会に出席された華子様