僕は約束の場所に来た。
その建物を外から見上げ、何年もここには来ていなかったことに不思議さを
覚えた。
別に避けていたわけでもない。
彼女と直接約束したわけでもない。
ただなんとなく彼女の方が先に来ている気がした。
自分から言えばよかったのに。
言えなかったから何年もかかってここに来る事になった。
僕は言わなければならない言葉を
胸にドアを開けた。
社長の奥様が迎え入れてくれた。
「いらっしゃい。どうぞ上って。」
奥の間に通されると、直ぐに隣の部屋から髪の短い女性が入ってきた。
彼女は微かに微笑み会釈した。
別段緊張した趣きは無かった。
僕はそのほほえみを見て心の底から
ほっとした。
ここまでどれだけ長い道のりだったろうか。
彼女がここに来た経緯を思い
彼女に言わなければならない言葉を
手短に言った。
今のご時世、もはや5年一昔とさえも言わないのだろうか。
5年も連絡が途絶えれば忘れられて
もう名前さえも出て来なくなってしまうものなのかも知れない。
何年も風の便りさえも途絶えた人々
への私からの便りである
何処で見ていてくれたなら。