器用な面
何故か 何でも出来る人だった。
そして物知りでもあった。
ただ、親父から教わったことは?
何故か 思い出せない。
お袋の気丈さが目立っただけに 影に隠れたのかも解らないが 余り大声を出すことなく静かな人ではあった。
親父の兄弟は男4人
長男は本家となる家に住んで結婚して4人の男の子を儲けた
親父は次男であって 本家から分家して(新屋)を親に建てて貰って5反余りの水田を分けてもったようだ。
三男四男につては余り記憶にない。
お袋が嫁に来たのは19才だったと言っていたけど昭和13年になるのかな? 新築の家を建てるにのに白木の桧に柿渋を毎日塗ったと言っていたけど 何処に住んでいたのだろう?結婚するまでに納屋が先にできていたのかも,,,
恐らく 何にもない畑に建てたのだろうから先に収穫したものを格納する納屋をつくってそちらに住みながら母屋を作ったのか,,,
ここで 第二次世界対戦に巻き込まれるとは想像もしなかったはず。
昭和16年12月真珠湾攻撃でそれは始まったのだから,,,
親父は敗戦後に戦地から帰ってきたが 本家の長男は南方で戦死したと聞く。
結婚して僅か7年で 本家と新屋の運命が別れた。
本家にも新屋にもそれぞれ幼い男の子が4人ずつ居るわけだが
本家にはおばあさん(親父のお袋)がいた。
跡取り息子を亡くし 悲惨な毎日であったと思う。
つづく
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