北海道に里帰りするとき、前の夫(そのときの夫)に、二人でうまくやっていくには、どうしたらいいのかを、私が帰るまでに考えてくれるように、頼んで行きました[E:airplane]
と、言うのも、うまくいかない関係に前向きな提案を、ずっとしてきたのですが、私一人の空回りでした[E:despair]
私は、実家に帰っても、ひたすら悶々としていたと思いました[E:typhoon]
そして、今の主人と6、7年ぶりに会い、夕飯を食べに居酒屋へ行って、そのあとファミリーレストランで深夜3時くらいまで、いろんな話をしました[E:cafe]
次に会ったときも、また居酒屋(なんの色気も無くて、ごめんなさい[E:coldsweats01])に行ったりしてました[E:beer]
東京に戻る前に、もう一度会って、ご飯を食べました。
その帰りに夜景を眺めれるところへ連れて行ってくれたので、車の中で話をしました[E:night]
心が向き始めていた私は
「まだ、わからないけど、もし離婚して戻ってきたら、出逢った頃の気持ちまで新しい気持ちに戻って、初めから向き合ってくれる?」と聞きました.。
「でも、離婚なんて、大変だし・・」との返答があり
私は、「仕事を始めて、お金を貯めて、すべて片付けて、二年くらいかかると思うけど、頑張って戻ってくるから、そうしたら初めから向き合ってくれる?」と、聞きました。
答えは、イエスでした。
そして、東京へ戻ってすぐに、前の夫にその後、考えていてくれたか聞きました。
回答は「うまくやって行きたい」でした。
ですが私は、どうしたらうまくやって行けるかを、考えていて欲しかったのです。
それが出来ないなら、いつも私一人で無理して頑張っていることに、気づきもしないだろうし
私が、ここにいて当たり前と思われて生活していくのには、疲れていました。
それを言うと、前の夫は
「そこまで考えていかないとならないなら、一緒にいたくない」と言いました。
やっぱり、この人は一人の方がいいんだな、と思いました。
「じゃあ、別れることにしていいの?」と、私は聞きました。
「いい」と、言うので
「じゃあ、私は離婚するつもりで、仕事を始めてお金を貯めるから、いいよね」と言い、話はすぐに決まりました。
それから私は、主婦業はするけど、寝室を分けたりして生活を変えて、派遣の仕事も復帰して頑張り始めました。
週休2日の休日は、狭い家に顔を突き合わせているのがキツクなり、衝突が増えたので、外出好きの私が独りで車で出かけて過ごしました。
協議離婚に至って帰郷できるまで、やっぱり二年かかってしまいました。
友達のいない土地で、いつも独りでいると結構辛くて、最後の方はよく今の主人に電話をしていました。
今の主人の方も、そのときの同棲相手と、やはりうまくいっていなかったのか、私が帰る日を決めはじめる前には、別れていました。
今、思い出しても辛い日々を過ごして、そうして親も出さずに、やっとの思いで身辺をきれいにして帰郷しました。
ただ、帰郷して私は心の整理をするのに、どれくらいになるか判らないけど、二ヶ月以上の独りの時間を欲しいと、今の主人にいいました。
でも結局、半ば強引に会うことになり独りでいれませんでした。
それで離婚後の心配をする親の目を欺くことにもなり、大変でしたけど
今思うと結果的に良かったです。私はすでに37歳になっておりマルコウまで時間も無く、子供を儲けるうえで親も喜び、本当に良かったです。
今の主人は運命の人だと、思うことがたくさんあります。
それは、また違う話で書きます。
これが、今の主人と一緒になるまでの、大まかな経緯でした[E:happy01]
私と主人は、よく話します。
「ここまで来るまで、本当に遠回りしたけど、お互いの存在に感謝し合えるためには、必要な時間と人生だった」と[E:good][E:shine]
「それがないと、お互いの存在の大切さに気づけないで、ただ一緒にいたかもしれない」
人生に[E:shine]宇宙に[E:shine]感謝をこめて[E:heart02]SAUDE[E:bar]乾杯[E:sign01]