さっき見たカエルは二度嗤う

ちょっと一言いいたい、言っておかねば、ということども。

●またカルビーがやってくれました

2006-10-11 20:57:48 | ●CM放談
カルビーというところはつくづく,CMがへたくそなんだなあ、と思いました。(そのくせ下手の横好きみたいにCM打つ予算は潤沢のようだ)
あの観ている方が恥ずかしくなってしまうポテトチップスの袋からジャガイモを出すCMが終わったかと思ったら、今度はジャガイモ畑で父と息子らしき?ふたりが並んで立っている。
お、今度は何かやってくれそうだなと予感、しかし甘かった。二人はおもいきりきばって、いっせいにジャガイモの葉と茎を持ち上げる。すると、土の中からジャガイモの代わりにポテトチップスのパッケージがいくつもぶらさがってきた……。なんともまたまた寒くなるようなおそまつなオチですが、幼稚園からせいぜい小学校低学年くらいまでは笑いをさそえるかもしれません。

その後、別の機会に女性が自らの膝小僧を見つめているCMをみかけたとき、膝小僧がジャガイモに変わったので、いやな予感がしたら案の定またまたまたしてもカルビーのCMで、もう救いようがないと思いましたが、さて、もうこれについては論評しませんが、よほどジャガイモにこだわりたいのだなと言う気持ちはわかりました。
ので、カルビーばかり責めるつもりはありませんが、こう次から次へと失敗作を流されると、一応公共の電波を使ってのことですから、ひとこと言わずにはおれません。
そうかといって、本当に貶すばかりでは申し訳ないので、今回はいかにしたらこのCMが救えるかということまで考察してみたいと思う、思います。

もし、カルビーがジャガイモにこだわってこだわってこだわり抜いているのはポテトチップスがジャガイモから出来ていることを伝えたいのであれば、ギャグは不要だ。じゃまです。あのまま二人して本物のできの良いジャガイモを掘り出せばよい。ただし、真剣なそれぞれのまなざし、力のはいる手元などのクローズアップをインサートするなど、本物感を狙う迫力を演出します。そして、そのいいジャガイモにカメラが寄っていく。一方スライスされたジャガイモを今しも油からあげているカットにだぶらせる。そして、さらにだぶりつつ商品パッケージになる、と。これで十分。というか、この方がよほど、品格も、おいしさもシズルも新鮮感もつたわるでしょう。

さて、もうひとつ、カルビーが拘っていることがありますね。それはギャグ、笑いです。毎度失敗して笑いそこなっていますが、もし、笑わせることで、ああカルビーという会社は楽しいことをやってくれる会社だなあと印象づけたいならば、こうしたらいい。
ふたりで一斉にふんばって、やや間をおいたら、親父が奇声を上げながら突如土の中へ逆に引っ張り込まれるのだ。それと同時に息子の方は逆にいきおい余って後ろに倒れるようにして引っ張り上げるが、ツルにつかまって飛び出してきたのは親父だった。そのまま背中から倒れ込んだ息子の上に土だらけの親父が覆い被さってきて、どうしていいかわからない二人は奇声を上げ続ける……「おおお、おやじィィィ!」「む、むむむむ、むすこォォォ!」……とかね。

パッケージは最後にぽんと2秒も出れば、十分でしょう。成熟商品なんだから、一生懸命ジャガイモやら商品やらを見せる必要はないのです。ポテトチップスがジャガイモから出来てることくらい、いまさら知らない人は居ないのですから。


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