表ボスクリア後、まもなくのお話です。短いです。
ほぼグレイグ様とカミュの会話形式です。
こんな拙いSSでも宜しければ下へスクロールしてご覧下さい。
<戻れない過去と騎士の証>
寒い夜や主に怪我をさせてしまった夜。
儘ならない事がある度、この数日、繰り返し観る夢がある。
グレイグは焚火が爆ぜる音にふと目を覚ました。
まるで小動物のように体躯を揺らし小さく呻く。
聴こえていないだろうか。
瞬時に上半身を起こし、隣に寝ている筈の幼い青年を見遣った。
まだ少年の域を抜け切っていない未成熟な主、勇者イザークは無垢な少女のように微かな寝息を立てて眠っていた。
グレイグは安堵して再度小さく吐息を漏らした。
焚火を囲むようにして眠る他の仲間達も気付いた者は居なかったようで、ただ火の当番だった青年が見てはいけなかったものを見てしまったようなばつの悪そうな顔していた。
グレイグは完全に眠気が飛んでしまったので、そのまま身体を起こし、丸太に座り直した。
観念したように一度深呼吸する。
「見苦しいものを見せてしまったようだな。済まぬ。皆には黙っていてくれないだろうか」
カミュはまるで妹を見るかのように微苦笑して返すと「イザークにも言わなくていいのか」と聴いて来た。
「無論だ。悩み事の多い彼を更に困らせるだけだろう。頼む」
イザークの想い人であるグレイグこそ彼を悩ませる根本だろうにとカミュは思うが、口には出さなかった。
ただ一言、「何の夢を見ていたのか教えてくれるなら」と条件を出した。
希望の失われた世界で英雄とまで謳われた彼が魘される悪夢。
イザークの話では、大樹は堕ち、民を失い、信頼していた友に去られた自分に護れる物などあるのかと苦渋に満ちた顔で生きていたグレイグ。
そんなグレイグが最後の砦を訪れたイザークと出逢い、諦めない自分の姿に徐々に希望を見出していったと言う。
勇者の仲間が揃い、皆の力を結束し、魔王を倒し次第に笑顔が増えて来た矢先、「忘れられた塔」にて知った事実がグレイグを苦しめていた。
「叶わない願いだと知りながら、願ってしまうのだ。友が…ホメロスが俺を見限る前に戻れたならと」
カミュは目を見張る。
其処に英雄は居なかった。
ただ、共に裏切られた哀れな男が居た。
悲愴な面持ちで足許の小枝を焚火に放っている。
その瞳は遥か過去の幻影を見ているようだった。
勿論過去に戻れるのは勇者だけで、戻れるのは一つの時間だけなので、再度ホメロスが世界を裏切る前に戻る事は不可能だ。
それでも、グレイグは後悔し続けているのだろう。
魔王の居城で魔将軍になったホメロスを倒した後も皆の前では平然としていたし、塔に行くまでは行く先々で歓迎され宿には困らず、各々に部屋を用意されていた為、誰もグレイグが一人、苦悩している事に気付かなかったのだ。
「これは俺が抱えるべき業なのだ。先に逝った友の為にも、過去へ飛ぶ、主の為にも」
カミュはまるで我がことのように顔を顰めた。
何でこの男はこんなにも自分を傷付けようとするのだろう。
魔王が復活したのも、ホメロスが闇に堕ちたのも、民が大勢死んだのも、全て自分の所為だとでも言うのだろうか。
それは余りにも哀しい生き方だった。
過去へ勇者が行ってしまえば、彼はまた一人残されるのだ。
其処に救いはあるのだろうか。
カミュは堪らず口を開いた。
「俺は、あんたが嫌いだった」
グレイグが顔を上げた。
カミュとまともに話したのは初めてかもしれなかったが、確かにカミュにはそう思われても仕方が無いなと思い遣る。
国宝であるレッドオーブを盗み出したにしても、牢から勇者と共に脱出した彼を世界中、執拗に追い回して来たのだ。
それに大樹が堕ちた後、彼が記憶を取り戻し仲間になった時に、当然のようにイザークの隣に居たグレイグに憮然としていたのを思い出せる。
カミュはイザークの相棒として、常に隣に居たのだ。
そう、自分とホメロスのように永遠にそれが続くと信じていただろう。
「でも、仲間になったって紹介されて、納得いかなかったけど、一緒に闘って、魔王を倒して、何でか知らないけど、イザークとあんたがいい感じになってて。段々強面だったあんたが笑うようになって、俺達に心を許すようになって来て、ホントにあんたがいい奴なんだって分かって、それで」
「…カミュ…」
「今じゃあんたのこと、ホントに仲間だと思ってる。…だから…一人で抱えるとか言うな。イザークが大事に想っているあんたを苦しめたままでいるのは、皆、嫌だと思うぜ」
「……カ……ミュ……」
「それに、ホメロスは前友(まえとも)、今友(いまとも)は俺達なんだから頼っていいんだぜ。年下の俺達が頼り無いならロウの爺さんや年近いシルビアがいるじゃないか」
きょとんとした顔はとても36歳には見えない。
彼は無骨ゆえに不器用で少年のような時がある。
そんな処にきっとイザークは惹かれたのだろう。
今ならカミュにも分かる。
相棒の全てを理解し、受け入れた今なら。
「……今…友……そうだな……。逝ってしまった者を想ってばかりでは、お前達に失礼だな……」
「そ。あんたには俺達がいる。皆で居ればきっと、乗り越えられる」
グレイグの瞳の中の炎が更に揺れている気がしたので、カミュは咄嗟に俯いた。
「……確かに。騎士として主を信じ、過去へ飛ぶ彼を支えねばならんな。バイキングであり盗賊のお前に教えられるとは、まだまだ俺も精進が足らんようだ」
カミュが明るい声で笑った。
グレイグも精悍な顔を崩し、口角を上げる。
そうやって笑うとホントにこの英雄様は、強面の癖に大きな熊のように優しい顔になるのだ。
「さあ。夜明けまで俺の番だ。まだ間がある。もう少し横になれよ。明日は山越えるからきついぜ」
カミュに畳んでおいた毛布を再度押し付けられ、グレイグは観念してそれを素直に受け取った。
「分かった。では、夜明けになったら起こしてくれ。姫様が朝食の当番だろう。味付けは俺がやらねばな」
「……確かに……この前のベリー入りのシチューは死ぬかと思ったからな……」
二人はこっそり笑い合った。
横になり、目を閉じるグレイグを見遣りながらカミュは小枝で薪を突く。
イザークはまだ過去へ飛ぶと決断を下して居ない。
だが、遅かれ早かれ彼は行くだろう。
長い時間悩んだが、もう迷わない。
彼の決定を受け入れる。そう決めていた。
一人では耐えられそうもない。
でも自分にはマルティナもロウもセーニャもシルビアも付いていてくれる。
それはグレイグだって変わらないのだ。
だからその時が来たら、あの塔の間で大きな背中が震えるのをそっと支えてやろう。
そして壮年の男だって泣いていいのだと教えてやるのだ。
<了>
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グレ主前提のグレとカミュです。
カミュは結局お兄ちゃん気質なので、泣く子を放っておけないのですよ。
可愛いカミュも好きですが、私にはカミュはお兄ちゃん属性なのです。
2017.9.6 追記。「その温もりだけを頼りに」の前日談と書きましたが、別物としてお読み下さい。
印象的に何だかグレイグ様が別人のようなのでご了承ください。
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